第11話 アダムvs盗賊 (イブ視点)




side イブ・アダムス


 街道出る頃には、アダムに裸を見られた羞恥心は消え去っており、アダムのオーラは常人とは違うと、まざまざと見せつけられた。街道を歩く女性達はアダムの顔を見ては頬を赤らめ、ヒソヒソと何やら話しているようで、


(……やっぱりモテるよね……)


 と小さな嫉妬に心を焼かれながらも、せっかくアダムといるのだから、楽しまないと!と自分の心を殺しながら、周囲の景色を堪能した。


 乾燥した空気。行き交う人たちの息遣い。遠くにみえる茶屋からは茶菓子の甘い香り。舗装の傷みや人々の表情。


 荒野に入ってからは、私の心の中のモヤモヤがすーっと景色に溶け込んで、消えていった。広大な自然は初めてで、ただただ圧倒されてしまい、自分が旅をしているんだ!と実感が湧いてきて嬉しくなり、馬車の中からではわからない景色は、そのどれもがリアルだった。


 私は初めての旅に感動しながらも、まるで冒険者仲間のようにアダムと昼食をとれて、今ではすこぶるご機嫌だ。


 馬の乗降りの時には必ずアダムが手を差し出してくれるようで、(たくさん休憩して、たくさん手を握りたい!)と思ってしまう私は、何だか変態みたいだなと苦笑してしまう。


 また歩みを進めると、「声」が聞こえる。



「イブ〜? もうちょっとで誰か来るよ〜! まぁ全然大丈夫だけどねぇ〜!」



 唐突に聞こえた「神の言葉」に狼狽えてしまう。神の言う「大丈夫」は当てにならないのは18年間の付き合いでわかっているつもりだ。


 私が12歳の頃、他国に攫われそうになった時も「大丈夫」だと言っていたが、私を護衛していた人達が大怪我を負ってしまってから、「神の『大丈夫』は信じない!」と決めている。


「アダム! 人が来るって!」


「……ん? 『来る』?」


 アダムは少し驚いたように首を傾げ、私の次の言葉を待っている。全く焦った様子も、慌てる様子もなく、ただ私の言葉に少し驚いたといった感じだ。


「神様が『もうちょっとで誰か来るよ〜』って……」


「……なるほど。大丈夫だ。人が『いる』のはわかってる」


 アダムが強者であるのは間違いないと思うが、アダムが戦っている所を見たことはない。


(怪我しないといいんだけど……)


 と少し不安に駆られながら、アダムの無事を祈る。私がバレないようにした事で、アダムを危険な目に合わせてしまっている事に罪悪感が募る。


 アダムは呆れたように笑いながら、私の頭にポンッと触れ、


「今はイブの護衛だからな。安心しろ。殺しはしないから」


 と言った。フードの隙間から赤髪をチラつかせ、漆黒の瞳は微笑んだ細い目の中で存在感を放っている。今朝見つけた目尻のホクロに色気を感じ、きめの細かい綺麗な肌は思わず触れてしまいたくなる。


(何これ!! かっこよすぎでしょ!!??)


「け、怪我しないでね?」


 と返すだけで精一杯で、心臓の騒がしさに息苦しさを感じながらも深呼吸をして懸命に堪えた。


「ヒャッハーー!!」


 後ろでアダムではない人の声に(ヒャッハーー?)と困惑しながらも振り返る。もう既に馬から降りているアダムの後ろ姿と5人の人相の悪い人達がいた。


「そこの女を連れて行く!! 抵抗はしない方が身のためだぞ? 兄ちゃん!」


「お前らも今だったら見逃してやるけど?」


「何言ってんだ! ヒャッハハハハッ!」


 と騒ぎ出す5人組。私は慌てて馬から降り、アダムの背に隠れる。面白がっているかのようなアダムの口調に不安になりながらも、全く動じないアダムの頼もしさに、また一つ胸が高鳴る。


(お願いだから、怪我はしないで……)


 そんな事を思いながらアダムのコートの裾を握った。


 人相の悪い人達はアダムの態度に苛立っているようだ。顔を赤くして憤りを募らせているように見える。


「さっさとその女を渡せ! お頭が待ってるんだ」


「お頭がいるのか……?」


「俺たち『暴牛盗賊団』の名を聞いたことくらいあるだろ!? ヒャッハハ!」


「………いや、知らん。イブは知ってるか?」


 アダムは呆れながらも笑顔で私の方に振り返り、顔を覗き込んでくる。思ったよりも近い距離に『暴牛盗賊団』の事を忘れてしまいそうになる。


「……ごめんなさい。知らないよ」


 私の発言にさらに激昂した盗賊団の5人はプルプルと震えながら、さらに顔を赤くする。


「ヒャッハハハ! どうせ、すぐにわからなくなるから関係はない! 女の方は二度と忘れない名前になるだろうよ!」


 笑い方が気になりながらも、抑えきれない不安にどうすればいいかわからないなる。私が捕まれば、アダムに危害は加えないのかもしれない……と思いつつも、せっかくのアダムとの旅を初日で終わらせる事を選択できない。


(私はズルい……)


 自分の身勝手さにさらに泣いてしまいそうになった時、「今はイブの護衛だからな」と言ったアダムの笑顔が脳内に現れた。


 罪悪感に沈んだ気持ちは戻らないが、アダムが守ってくれるなら、それを信じようと決心し、コートを掴む手に力を込めた。



「暴牛盗賊団って……その名前恥ずかしくないのか?」


「……お頭がここにいない事を有り難く思うんだな!」


「お頭、呼べよ? どういうつもりでそんな死にたくなるような名前つけたのか気になる」


「き、貴様ーー!! 『剛腕』!!」


 わざと相手の怒りを煽っているかのアダムの言動に困惑しながら、腕の筋肉が肥大化した盗賊団の1人の姿にギュッと目を瞑り、(私のせいで、ごめん! アダム)と心の中で叫ぶ。


「『豪脚』!!」


「『腕刃』!!」


「『炎鎧』!!」


「『影分身』!!」


 他の4人のスキル発動に、(こんな事になるなら、アダムと旅なんてしなければよかった! さっきの時点で私だけが捕まればよかった!)と後悔が滲む。


「驚いて言葉も出ないか!!?? 今更後悔しても遅い!!」


 盗賊の声にさらに後悔が募る。確かにもう遅い……。大切な人を傷つけるくらいなら……と覚悟を決め、アダムの前に出ようと足を踏み出すと、


「いや、別に後悔はしてない。……っていうか、一々スキルの名前を叫ばないと使えないのか? 恥ずかしいやつらだな……」


 と何の焦りも不安もない、穏やかに微笑むアダムの顔が目に入った。「何の心配もないよ?」と言ってくれているかのようなアダムの表情に、全身の震えが止まるのがわかった。


「き、貴様ーーー!」


 腕が肥大化した人が叫びながらこちらに向かって走ってくる。


「ア、アダム!」


 思わず、名前を叫ぶ私にアダムはチラリと私の顔を見て微笑んだ。もう、すぐそばまでやって来ている相手など一切見る事なく、


「大丈夫だ。俺はイブの護衛だから」


 と私の肩を抱く。相手は大きな腕を振りかぶり、何の躊躇もなく振りかざしてくるが、私はアダムの漆黒の瞳から目が離せない。


 ドンッと大きな音がしたかとそちらに目を向けると、腕が肥大化した人は遠くに倒れていた。


(……えっ? なんで……?)


 アダムは何もしていない。私の肩を抱いていたし、スキルを発動させた雰囲気すらなかった。ただ、相手を確認して薄く微笑んでいるだけだ。


 至近距離のアダムの顔に見惚れながら、必要以上に強く脈打つ胸を見て見ぬふりする。


「アダム、何したの?」


「……相手の力を跳ね返しただけだよ? もう大丈夫!」


 ニッコリと私を安心させるように言ったアダムは少し照れ臭そうに頬を染めていて、肩から離れたはずの手の感触は残っていて、熱を帯びていた。


 もう情報がありすぎて、何もわからない私は思考すら放棄して、アダムの顔を眺める事しかできない。


「なっ……何をした!!??」


 炎を纏った人が叫び、他の人達は沈黙し、全員がアダムを恐れているような雰囲気だ。アダムはゆっくりと相手に向き直る。


 その背中が逞しくて、頼もしくて、立っていられないほどの安心感と、狂おしいほどの恋情に飲み込まれてしまう。


 私は先程とは全く違う種類の震えに、しっかりと地面を踏み締め、座り込んでしまいそうになる足を叱咤する。


「別に。そこのバカみたいになりたくなかったら、もう構うな。さっさと帰れ」


「くそがぁーーー!!」


 アダムの言葉に次は腕を刃に変えた人が左右に移動しながらこちらに向かってくる。刃は日の日差しを受け、妖しく光っており、斬れ味の良さに疑いの余地もない。


 アダムは向かってくる相手をゆっくりと目で追いながら、まるで子供が戯れて来ているのを楽しそうに笑っているかのような笑みを浮かべている。


(…………かっこいい……)


 私は、先程の街道で見た女性達のように、ぽーっとした顔をしているのが自分でもわかり、何だか恥ずかしくて、唇を噛み締めた。


 アダム目掛けて振りかざす刃に、思わず手を伸ばしそうになるが、相手は自分の身体に切り傷をつけながら、先程と同様に後方に飛んで行った。


 出血量の多さに(死んでしまったのでは?)と不安になりながら、アダムに人を殺させてはいけない!と声をかける。


「アダム、殺しちゃダメだよ?」


 私の言葉にアダムは少し苦笑を浮かべて、倒れている2人に歩み寄る。(大丈夫かな……)と一連の動作を見つめていると、


「おい。これ使ってやれ! で、もう帰れ!」


 とアダムは残りの3人に向かって、回復薬らしき物を投げた。どうやら2人とも息はあるようで安堵する。何事もなかったように、涼しい顔をしているアダムをジッと眺めながら、


(こんなの、みんな好きになっちゃうよ……)


 と理不尽だが、アダムに助けられる女性がいない事を少しだけ願ってしまった。


 荒野にサーっと風が吹く、アダムのフードが取れ、綺麗な赤髪が日の光を受けて輝く……。花一つない荒野に真っ赤な薔薇が咲き誇っている。


 どれだけアダムを好いているつもりでも、知れば知るほど募ってしまう気持ちに、(きっともう私はアダムがいなければ生きていけないだろう……)と直感的に理解した。


 アダムは残り3人の元に物凄いスピードで移動し、何かを話していたようだが、私は先程の薔薇の残像を眺めていた。


 残った3人は慌てて、2人に回復薬をかけ、私達の前から去って行く。悠然と荒野を闊歩するアダムの姿が一枚の絵画のようで、私はその景色に見入ってしまう。


「終わったよ? 行こうか?」


「……か、かっこいい……」


 眼前にまで帰って来たアダムの顔を見て、思わず心の声が漏れてしまった事を理解し、顔に熱が集まってくる。


 アダムは「ん?」と首を傾げ、少し照れたように顔を赤らめ、微笑んだ。


(無事でよかった)


 と心から安堵しながら、


「ありがとう、アダム。ごめんね? 私のせいで……。い、行こっか!?」


 と言うと、アダムは何やら考えている顔をしながら顔を歪ませ、


「あぁ……無事でよかった……」


 と呟く。お互いが「無事でよかった」と思っていた事が嬉しくて、嬉しくて、どうしようもなくて、私は頬を染める事しかできない。


 アダムは私の手を取り、馬に乗るのを促した。言葉とスマートな所作にもう顔が爆発してしまいそうになりながらも、「面倒な女だ」と思われていないようで、心底安心した。


 離された手を惜しみながら、私は熱が逃げないよう握りしめる。アダムは颯爽と馬に跨り、私を見て軽く微笑み、馬を歩かせた。


 少し乾燥した荒野に2頭の馬の足音が空に溶けていく。まるでこの世界に2人しかいないかのような錯覚に陥ってしまいそうな自然の中で、私は真っ赤な薔薇の背を追いながら、(いつかその髪に触れてみたい……)と淡い期待に胸を躍らせた。

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