第10話 アダムvs盗賊



 誰かは知らないが、荒野の岩陰に隠れているつもりだろうけど、俺には丸わかりである。勇者パーティーに入ってすぐに「創造」した「絶対感知」にめちゃくちゃ引っかかっている。


(5人か……)


 どんな隠密スキルでも俺の前では無力だし、ただ姿を隠しているだけなど話にならない。俺の「イブを見られるのが嫌だ!」という、あまりに子供っぽい嫉妬のせいで、イブを巻き込んでしまったと少し反省した。



「アダム! 人が来るって!」


「……ん? 『来る』?」


「神様が『もうちょっとで誰か来るよ〜』って……」


「……なるほど。大丈夫だ。人が『いる』のはわかってる」


 誰にも聞こえない「神の声」がイブには聞こえる。これがイブの「神代スキル『予言者』」か……。話には聞いていたが、実際目の当たりにするのは初めてだ。『万物』を創造できる俺の「森羅万象」だが、「神代スキル」だけは「創造」できないので、俺の知り得ない情報を知っているのも納得だ。


 不安そうなイブの顔に罪悪感が募る。街道をそのまま進んでいれば避けられた事案だろう。


 何もして来なければ、放置するつもりだったが、向かってくるなら容赦はしない。ここでの俺は「無能どもの成長を促さなくていい」のだ。それに、イブを不安にさせたのも俺ではなく、向かってくるバカ共のせいだ。


(バカなやつらだな……)


 と心底呆れながら、イブの頭をポンッと撫で、


「今はイブの護衛だからな。安心しろ。殺しはしないから」


 と言った。急速に真っ赤になるイブは、


「……け、怪我しないでね?」


 と呟いた。(ふふふ。なかなかイケメンだったんじゃないか?)と思いながら、真っ赤になったイブに満足する。


 俺は(もうすぐ『来る』ってどれくらいで?)と困惑していると、感知しているバカ共5人組が動き出した。


「ヒャッハーー!」


 と元気よく現れた雑魚キャラ5人衆。(ヒャッハーーって……)と笑いそうになりながら、唇を噛みしめ、馬を降りる。


「そこの女を連れて行く!! 抵抗はしない方が身のためだぞ? 兄ちゃん!」


「お前らも今だったら見逃してやるけど?」


「何言ってんだ! ヒャッハハハハッ!」


 と騒ぎ出す5人衆。イブは怖いのか俺の後ろに来て、俺のコートをギュッてしている。


(こんなバカ雑魚でも使いようだな)


 とキュンキュンしながら、アホ面5人衆に感謝する。


(殺さないようにするためにはどうすればいいだろうか?)


 どうせなら魔物とかだったらよかったのだが、人間相手は力加減が難しい。どの程度痛めつけていいものかわからないからだ。


「さっさとその女を渡せ! お頭が待ってるんだ」


「お頭がいるのか……?」


「俺たち『暴牛盗賊団』の名を聞いたことくらいあるだろ!? ヒャッハハ!」


「………いや、知らん。イブは知ってるか?」


「……ごめんなさい。知らないよ」


「…………。ヒャッハハハ! どうせ、すぐにわからなくなるから関係はない! 女の方は二度と忘れない名前になるだろうよ!」


 イブはまた俺のコートをギュッとする。(もう堪らんぜ。巫女様……)


「暴牛盗賊団って……その名前恥ずかしくないのか?」


 俺はイブが可愛くて必要以上に煽ってしまう。


「……お頭がここにいない事を有り難く思うんだな!」


「お頭、呼べよ? どういうつもりでそんな死にたくなるような名前つけたのか気になる」


「き、貴様ーー!! 『剛腕』!!」


 バカの1人がスキルを発動し、腕の筋肉が倍以上に変化する。イブはさらに俺のコートを強く掴む。


 違うバカ達もスキルを発動させる。


「『豪脚』!!」脚力強化。


「『腕刃』!!」腕を刃に変換。


「『炎鎧』!!」炎の鎧を纏う。


「『影分身』!!」2人になる。


 イブは両手で俺にしがみついている。流石に怖がらせすぎたかな?と反省するが、気分はすこぶる良い。


 かなりの雑魚キャラかと思ったが、スキルはそれなりに強力のようだ。影分身は便利だなと感心し、後で「創造」しておこうと思った。


「驚いて言葉も出ないか!!?? 今更後悔しても遅い!!」


「いや、別に後悔はしてない。……っていうか、一々スキルの名前を叫ばないと使えないのか? 恥ずかしいやつらだな……」


「き、貴様ーーー!」


 腕のやつがこちらに向かってくるが、あまりにノロマで笑いそうになってしまう。


「ア、アダム」


 怖がるイブに思わず頬が緩んでしまう。俺にこんな一面があるとは思わなかった。


 俺はいつも「眠そう」だとか「つまらなそう」などと言われて来た。まぁ俺の見た目も理由の一つであるだろうが、スキルを手にしてそれは拍車がかかった。


(でもどうだ? 1人の女性、いや、イブの一挙手一投足に俺は感情を動かしているぞ?)


 迫り来る「剛腕」を背にしてイブの肩を抱き、


「大丈夫だ。俺はイブの護衛だから」


 と呟く。ノロマな亀は大きく腕を振りかぶり、巨大な拳が俺たちを襲うが、振りかざした張本人は反動で吹っ飛んでしまう。


 俺が「殺さない」ように選択したのは「反射スキル『自業自得』」。相手のあらゆる攻撃を相手に跳ね返すスキルだ。


 このスキルの前ではどんなスキルも意味をなさない。自分が敵意を持って攻撃したのだから、自分の攻撃が跳ね返って来たところで自業自得だろ? 我ながら良い考えだと思う。


 吹き飛んだ「剛腕」はすっかり伸びている。イブには「殺さない」と言ってしまったが、殺すつもりで向かって来たのなら、死んでしまっても仕方がないと思うのは俺だけだろうか?


「アダム、何したの?」


 自然に肩を抱いてしまっていた事に気づき、少し焦りながらもイブの華奢な肩の感触に今朝のイブの裸体を思い出し、顔に熱が集まるのを感じた。



「……相手の力を跳ね返しただけだよ? もう大丈夫だ」


 イブは俺の顔を見てパチパチと瞬きをしている。本当に何が起こったのかわからないといった表情だ。


「なっ……何をした!!??」


 炎を纏ったバカが叫び、他のヤツは沈黙している。一々説明するのもかったるい。


「別に。そこのバカみたいになりたくなかったらもう構うな。さっさと帰れ」


「くそがぁーーー!!」


 と走り出したのは「腕刃」。無駄にジグザグに走りながら俺たちに向かってくる。滑稽すぎて、また笑いそうになってしまう。


 腕刃は振り上げた刃を勢いよく振り下ろすが、斬り傷を浮かび上がらせながら、「剛腕」同様、吹っ飛び血がダラダラと流れている。


「アダム、殺しちゃダメだよ?」


 イブは困ったように、少し泣きそうになりながら俺に言う。正直、もう本当に『自業自得』だと思うが、たしかに殺してしまうのは後味が悪い。


 俺は倒れている2人に近づき、まだ生きている事を確認する。「腕刃」の方はまぁまぁヤバそうだ……。


「おい。これ使ってやれ! で、もう帰れ!」


 俺はそう言いながら回復薬を「創造」し、残りの3人に投げる。絶句しているマヌケ面3人衆。


 まぁイブの『コートをギュッ』も体験できた事だし、命くらい助けてやってもいい。イブの元に帰っていると風が吹き、俺のフードが取れてしまう。


「あ、赤髪……」


 3人の震える声を聞き、(身バレは後々めんどくさい事になりそうだ)と思い、「身体強化」し超スピードで3人の元に行く。急に目の前に現れた俺に3人は怯えきった表情を浮かべる。


「……。誰かに言ったら殺す。また俺たちの前に来ても殺す。悪い夢だったと忘れろ。わかったな?」


「「「は、はい!!!!」」」


 3人は倒れている2人に回復薬をかけ、そそくさと帰って行った。去って行く背に苦笑しながら、今度こそイブの元に向かう。


「終わったよ? 行こうか?」


「……か、かっこいい……」


 イブはうわ言のように呟いて、ハッとしたように顔を赤らめる。特にこちらから攻撃していないし、あまりカッコいいとは思えない戦闘だったが、イブがそう思ってくれたなら嬉しい。


「ありがとう、アダム。ごめんね? 私のせいで……。い、行こっか!?」


「……あぁ……無事でよかった」


 そもそもは俺のせいだが、(俺の嫉妬のせいだから)とは言えない。いや、でも……。などと考えていると、まだ赤いイブと目が合い、俺はイブの手を取り、馬に乗るのを促した。すると、イブはさらに顔を染める。


(まぁカッコ良かったみたいだし、めちゃくちゃ照れてるし、結果オーライかな?)


 と心の中で呟きながら、俺も馬に跨る。


 少し乾燥した荒野。馬の蹄は硬い地面を叩き、カツッカツッと音を立てる。俺たちは視界の端に見える街道に沿って、冒険者の街「アルム」へと歩みを進めた。

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