第33話 勇者一行、二日目の夜



 草原が広がる王都北門。アリステラの啜り泣く声と、ハンナの衝撃的発言から、4人はようやく重い腰を上げた。



 王宮への帰路は惨めな物だった。


 北門の兵士には、


「壮絶な訓練だったご様子……。大変お疲れ様でございます!」


 と逃げ帰った事など何も知らずに尊敬の視線を向けられ、王都に入ると、


「すごいわ! きっと幹部をやっつけてきたのよ!」


「勇者様一行はこの国の宝だー!!」


「魔王討伐も時間の問題だわ!!」


 などと、称賛の嵐だった。それらの声援にエドワード、ハンナ、ブルックは曖昧な笑顔でそれ応えたが、アリステラに至ってはずっと下を向き、極力誰とも目を合わせないように帰路に着いていた。




 ブルックはこの先どうすればいいのか? を懸命に考えていた。ブルックの中ではアダムに帰って来て貰うのが1番だと思っているが、それをどう切り出せば良いのかわからず、とぼとぼと歩く事しかできなかったのだ。


 周囲の声援は本当に惨めで、自分が培って来た物全てが崩れ去って行く感覚を味わった。転移結晶が魔物に渡り、いつ、どこで、どれだけの魔物がこの国になだれ込むのかを考えただけで、足がすくんでしまう。


 予言の巫女様が王都にいない事を知っているのはおそらく自分だけであるし、もう万策尽きている事を悲観する事しかできない。


(もう……どうしようもない……。俺達はもう……)


『心が悲鳴をあげている』


 ブルックは絶望的な心中に最適の言葉を見つけた。いまの自分の状態を一言で表すなら、きっとこの言葉がいいだろう。きっと「友」を信じず、蔑ろにしてしまった罰が当たったのだ……とブルックはアダムの姿を思い浮かべた。


 まだ2日ほどしか経っていないのに随分前の事のように感じる……。


(アダム……どこで、何してる……?)


 心の中でそう呟いているとまた王都の人達から声援が上がった。




「あの国賊が消えて、また一段と頼もしくなった!」


 冒険者の装いを身に纏った若い男の声だった。ブルック、ハンナ、下を向いていたアリステラでさえ、その言葉に顔を上げ顔を顰めたが、エドワードだけはそちらに視線を向けなかった。


「国賊……?」


「…………どうゆうことだ?」


「………」


 3人は三者三様の動きを見せる。


「エ、エド、国賊って……?」


 ハンナは震える声でエドワードに問う。エドワードの黒茶色の瞳から色がなくなったのを見て、ハンナは体を強張らせた。



「おい! そこの! 国賊ってのは?」


 ブルックは声を上げた冒険者風の男に話しかける。男は「ん?」と首を傾げ、驚いた表情を浮かべている。


「ブ、ブルック様……? 調整者アダム・エバーソンの事ですよ? ……あっ。覚える価値すらないと言う事ですね! わかりました! あの臆病者の事など記憶から消しておきます! 安心なさって下さい!!」


 男は合点がいったように自己完結し、だんだんと声を張り上げた。その言葉に賛同し、感服する民意……。


「ふざけるなぁーーー!!!!」


 ブルックの怒号は周囲に沈黙を与えるには充分すぎた。アリステラとハンナは言葉を失い、まるで別の世界での出来事のように思考を遮断する。


 怯える男を至近距離で睨み倒すブルック。アダムがいない事をまざまざと見せつけられたばかりのブルックには「友」を侮辱する言葉は堪え難いものがあった。その男に、「勇者パーティーの1人」である自負など消え去り、憤怒を隠そうともしない。


「もう一度言ってみろ……」


 メンバー1の巨躯の誇るブルックの低い声に男は困惑し、戸惑う事しかできない。


 それもそのはず、ことの発端は自分達を統べる者、『勇者』エドワードなのだから。




 エドワードは肝を冷やす。アダムが去った事で揺るぐはずのなかったメンバーの絆が、いとも簡単に崩れ去っていく音が聞こえたのだ。


(なんで……?)


 エドワードは心で呟き、自分の行動の全てが裏目に出ている事を嘆きながらも、この状況から抜け出さなければ! と口を開く。


「貴様!! かつての仲間を愚弄する事は許さないぞ!」


「えっ……? エドワード様? あなたが…」


「貴様の戯言に付き合っている暇はない!!」


「……勇者様が、アダ、」


「行くぞ! 戯言に付き合う暇はない!!」


 周囲に集まった人々の頭の上には疑問符が舞っている。何とも言えない空気が辺りに充満する。


 歩き始めるエドワードに付いていく者は勇者パーティーには存在しなかった。


 突きつけられる「孤独」にエドワードは絶句する。


(何で俺が……?)


 エドワードは必死に思考を開始するが、答えは見出せない。


「エドワード、どう言う事だ……?」


 先程の怒気のまま言葉を紡ぐブルックの声が聞こえる。


(…………俺は『勇者』だぞ……?)


 エドワードは懸命に自我を保とうとするが、湧き上がる何とも言えない感情に飲み込まれる。胸の中の黒い霧が渦巻き、自分の内側から食い破って来てしまいそうだ……。


「エド、何で……? どう言う事なの……?」


 ハンナの声はもう遠くに聞こえる。


(俺は関係ない……アダムが……アイツが……全部……)


「エ、エド?」


 王都に入ってからずっと沈黙を貫いていたはずのアリステラまで声をかけてくる。


 周囲からは刺すような視線。信じ合えていたはずのパーティーメンバーの嫌疑の視線……。灯ったばかりの街灯すらも自分を責め立てているかのようだ……。


 黒い霧は収まる所か、更に勢いを増している。知らずのうちに荒くなる呼吸に立つことさえおぼつかない。


「え? どうゆう事だ?」


「国王に進言したのは勇者様では……?」


「何がどうなってるんだ……?」


「アダム・エバーソンは国賊なんだろ……?」


 周囲の人々が次々と疑問を口にし始める。


(なんで……。なんで俺が……。『アイツ』が消えて2日だぞ……?)


 エドワードは何一つとして上手くいかない現状の責任をアダムに求める。それは確実に逆恨みであったが、憎悪に歪むエドワードはその事に気づかない……。


(もう……死んじまえよ……アダム……)


 エドワードの身体から黒い霧が顕現し、エドワードを包み込む。黒い霧に包まれるエドワードに目を見開きながらも、ブルックは咄嗟にハンナとアリステラを守るように聖盾を構えた。

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