第26話:我らだけで十分だ


 ミルムース村


「どう、グラント? 編成は順調?」


 アドニスが通りすがる村人達と挨拶を交わしながら、横を歩くグラントへとそう声を掛けた。


「ああ。兵力に関しては自警団もあるし、新しいサリル領主のエルギンから提供された傭兵団と私設部隊もいる。荒くれ者だが、話は分かる奴等だ。ちと殴り合ったら、仲良くなれたぜ」


 そう言ってグラントが豪快に笑った。その顔や身体には無数の生傷があるが、本人は生き生きとしている。


「あとは、ミノタウロス達も戦わせろってうるさいから亜人達で混成部隊を作っているが……こっちはちとどうなるか未知数だな」

「未知数?」

「まあ、見れば分かる」


 グラントがそう言ってアドニスを自警団の訓練場へと案内した。


 そこは一見すると、人と異形が混じって訓練を行っている異様な空間だったが、妙に士気は高かった。


 見ればミノタウロスと、それと同じぐらいの背丈の二足歩行する、豚に似た顔を持つ亜人――オークが武器を使って実戦形式で訓練を行っているが、それぞれが持っている武器は人間用の物で、とても扱いづらそうにしていた。


「ううむ……やはり小さすぎて使いづらいな」


 オークのリーダーであるトランがそう言って、いわゆる大剣と呼ばれる人間が振れる武器の中でも最も大きなものの一つを軽々と振りつつも、駄目だと言わんばかりに、地面に刺した。その斬れ味よりも丈夫さに重点を置いた刃は既にボロボロだった。


「同意。我ら亜人には人の武器は小さ過ぎる」


 ミノタウロスのリーダー、ゴンザも刃が欠けたバトルアックスを地面に置いてため息をついた。周囲にはそうやって壊れた武器がまるで墓標のように立っている。


「お前ら、鉄の武器はこの村では希少だから大事に扱えって言っているだろ」

「おお、グラント殿。いやなに、あの暴れ牛が手加減なしで打ってくるがゆえで、俺は悪くない」


 そんなトランの言葉を聞いて、ゴンザが鼻息を荒くする。


「ブモ!? 貴様だってノリノリで打ち込んできたではないか!?」

「あの程度はお遊びよ。俺が本気を出せば鉄の武器なぞ簡単に壊れてしまうからな」

「我だって本気を出しておらん! 本気で握ると柄が持たないからな!」


 そんな二人を見てグラントがアドニスへと、ほらな? と言わんばかりの表情を浮かべた。


「いや、マジで困ってるんすよ……せっかくエルギンさんに用意してもらった武器がどんどんなくなるんで……」


 そう軽薄そうな口調でアドニスに声をかけてきたのは、エルギンの部隊である傭兵と私設部隊の両方を束ねる、団長と呼ばれる男――バーギだった。


 砂色の髪には砂漠の民独特の布を巻いており、腰には三日月のように反り返った曲剣を差している。見た目は若いが、部下達からは慕われており実力者であることが分かる。


「あはは……訓練にはユグドラシル製の木製のやつを使えば持つだろうけど、彼等用に大きめサイズを作らないとな」

「まあ、あの膂力で振れば木製でも十分の破壊力はありそうですが。流石に彼等用の鉄製の武器はエルギンさんもすぐには用意出来ないでしょうし」

「鉄はあるんだけどなあ」


 アドニスは、サリエルドとの適性な取引をする上で、この村の主な産業である採掘業について色々と調べていたが、とにかく塩と鉄鉱石については潤沢にあった。


 鉄も塩も高値で取引されることを考えると、この村がこの規模のままで在り続けたことに関する違和感が大きくなる。これまでずっとサリエルドによって搾取されていたのだろう。


「鉄はあるが……それを精錬する技術も施設もないしな」


 グラントの言葉に、アドニスが少し思案すると口を開いた。


「ちょっと相談してみるよ。こないだヨルがちらりとそんな話をしていたから、何とかなるかもしれない」

「また竜か?」

「うん。火の竜がどうもそういう職人気質らしいからね」

「でもこないだ土の竜を召喚したばっかだろ? 大丈夫なのか? 一気に呼ぶとマズイってカレッサが忠告していたんだろ?」


 グラントが心配そうにそう言うが、アドニスは笑顔を返した。


「ヨルに関しては僕もそうだけど、スコシアが良くしてくれてるみたいですっかり懐いてしまっているよ」

「ああ、そういえば最近はずっとべったりだな」

「うん。だから多分大丈夫。ただ、ティアマトが火の竜は気難しいって言っていたから……注意はするよ」

「これで、鉄の加工もできはじめたら……ははは、いよいよこの国も凄いことになりそうだな」


 グラントが嬉しそうにアドニスの肩を叩いた。


「そうだね。まあまだ国と呼ぶには色々と足りないけども……形にはしてみせるよ。それと共に――兄とは決着をつける」

「ああ、そうだな。まだまだ後ろには殴らなにゃならん奴等が控えているからな」

「うん」


 そうやって話していると、羽ばたく音と共に、奥の弓用の射的場から一人の亜人がやってきた。人と同じぐらいの大きさの身体は全身が羽毛で覆われており、顔は鶏そのもので、両腕も翼になっているがその先に鱗に覆われた手と鋭いかぎ爪があり、器用にそれで弓を持っていた。


 彼はこの村における三つ目の亜人種であるコカトリスのリーダー――ケイニだった。


「すまないが、我が主君よ。是非とも我らコカトリス用の弓についても検討して欲しい。人用の武器は我らには向いていない」

「そうだね。コカトリス用の弓も検討するよ。それまでそれで我慢しておくれ」

「構わないとも。これでも百発百中だからな。だが、ちゃんとした物があれば一矢で五人は狩れるぞ」


 そう言って、ケイニが不敵に笑った――ようにアドニスには見えた。


「亜人用の武器の開発が急務だな。奴等がまともに戦えるようになれば、戦力が倍どこか五倍近く増えるぞ」


 グラントの言葉に、バーギが頷く。


「っすね。あと竜の眷属を馬に見立てた騎士部隊やらなんやらも用意してますが……形になったら世界に類を見ない軍隊になりますぜ」

「今は、タレットやエルギンさんに時間稼ぎをしてもらってるから……今のうちに戦力を整えないとね。竜達本人の力はなるべく戦闘に使いたくないんだ」

「……だな。あれは国の戦力とか力とかそういうのを超越してしまっている。あれで向こうを潰滅させたところでドラグレイクの名は良い意味で広まらない」


 グラントの言葉にアドニスが同意とばかりに首を縦に振った。


 今必要なのはドラグレイクの軍隊で、相手を打ち破ること。そして、それと共にドラグレイクの独立を勝利と共に高らかに宣言することだ。


「ま、万が一負けそうだったりしたら彼女達にも動いてもらうけど……」


 そのアドニスの言葉を聞いて、グラントも、バーギも、そしてゴンザとトランとケイニも――全員が口を揃えてこう言ったのだった。


 〝必要ない――我らだけで十分だ〟、と。


 その頼もしい言葉に、アドニスは微笑むと同時に、早急に武器問題を解決しようと決意する。


 始まりと終わりの象徴――火を司る竜の召喚をアドニスはすることにしたのだった。

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