第17話:第一次ミルムース防衛戦その1


 ミルムース村、運河終点。


「お前ら、本気か?」


 グラントがそう聞くと、彼の前にいた自警団の面々が力強く頷いた。


「剣や槍はまだまだだが……弓なら自信あるんだ! 俺らにも戦わせてくれ! これは弔い合戦なんだ!」

「いや、しかしだな……村の外は竜とその眷属がだな……それにこの〝水竜戦船〟もまだ訓練用として作ったのであって……」


 そう言って、グラントが視線を、運河の上に浮いている一艘の船へとやった。それは、人を乗せるスペースがあるが、船の両側に矢避けが立ててあり、矢を射る為の穴が空いている。


 それは、船上から矢を射る為に作った船であり、水路や運河を使った攻防で役に立つかもしれないと一艘だけ作った物だった。


「あらー、良いじゃない。守る為に戦うという意志は大事よ~?」


 そう言って、運河から出てきたのは、ティアマトだった。その姿に、自警団が歓声を上げる。短い期間だが、ティアマト達は村人達に受け入れられていた。


「……ティアマトか」

「私の持ち場にこの船でついてこれば良いわ~それならグラントちゃんも安心でしょ~?」

「それは……まあそうだが……」

「じゃあ、みんな行きましょうか~。我が主人様の地を踏み荒らす逆賊に、制裁を」

「制裁を!!」


 ティアマトの扇動と共に、弓に自信ある者達が水竜戦船へと乗り込んでいく。既に水妖竜が位置について、いつでも動かせるとばかりに、一鳴きする。


「じゃあ、ティアマト任せたぞ。俺は他の連中と村を守る」

「そこまで敵が辿り着くことはないと思うけどね~。ただ、想定よりも敵の数が多いみたいだから~」

「らしいな。まあ、お前らとアドニス王子がいれば、なんとでもなるだろうさ。頼んだぞ」

「はい~」


 そうしてティアマトと共に、水竜戦船が前線へと向かった。


「さて……どうなるやら。お前ら行くぞ! 村の門を守る!」


 グラントは他の自警団のメンバーと村の入口を守るべく、駆けた。


 一方、村長宅。


「という感じの状況みたいだよ~」


 ユグドラシルがこの村周辺一帯に張り巡らせた木の根から手に入れた情報をアドニスへと伝える。アドニスは広げたら地図に、木の駒を設置していく。


「ティアマトと一緒なら安全だろうさ」


 アドニスはティアマトの姿を模した駒と、船の駒を村の西方――唯一水路に橋が架かっている街道――へと置いた。


「おそらくここが一番の激戦地になるだろうね」

「じゃあ、ユグはスコシアと一緒に包囲をしようと回り込んでくる南側に行くね!」


 大きな樹を模した駒と杖の駒を南側に設置し、そして最後に王冠の駒を北側に置いた。


「僕は北へと向かう。村の指揮は――ルックさん、頼みましたよ。事前に決めていた通りに対処すれば何の問題もありません」

「分かりました! お任せください!!」

「それでは――守りましょう、この村を」

「はい!」


 アドニスが賢者の杖を持つと、そのまま村長の家から出てユグドラシルの眷属である、ツリーウルフの群れの中でも最も身体が大きいものの背中へと乗った。それはまるで狼のような形を樹であり、背中がまるで鞍のようになっている。


「さあ、行こうか」

「ヴォフ!」


 ツリーウルフが一鳴きすると――そのまま地面を蹴って疾走。その後を、ツリーウルフの群れがついていく。


 こうして、ミルムース村側の全戦力が配置についた。


 

☆☆☆


 ミルムース村――西方。


 サリエルド軍の先鋒は、早くも崩れかけていた。


「なんで魔物が!? 表皮が硬くて刃が通りません!!」

「魔術を使え!!」

「ぎゃああ、魔力を感知するとそいつを優先して狙ってくるぞ!!」


 彼等に対し、複数の樹木がまるで意思を持っているかのように襲いかかっていた。それぞれが三メートルもあるそれは腕のような枝を一薙ぎするだけで、十人以上の兵士が吹き飛んだ。更に、根をまるで足のように動かし、魔術の気配を感じるとそちらを優先して狙ってくるので、希少な魔術要員が次々と死んでいく。


「こんなの聞いてないぞ!!」

「撤退しようぜ!」

「馬鹿野郎! 命令もなく撤退なんてしたら容赦なく矢を射られるぞって、ぎゃああ!!」


 先鋒の部隊へと――火矢が降り注いだ。


 それは西、つまり自陣から放たれていた。


「かはは、なんで魔物がいるか知らねえが、樹なら燃えるだろ。ほら、もっと撃て。あと適当に火炎魔術をブチ込め」


 それを指揮していたのは〝黒蠍の尻尾ジャグラ〟の頭領であるガシンジャだった。


「み、味方を巻き込みますが」

「あん? どこに味方がいる? あんな動く木如きに苦戦するような奴等は足手纏いであり、味方ではない。よって討って良し」

「は、はい!」


 部下がそう言って、魔術師と弓部隊へと伝令を伝えていく。


「さて。なんで魔物がいるかわかんねえが、幸い、数は少ねえな。あいつらを囮に突破するぞ。俺は北へと回るから、ラルド、お前は南へと回り込め」

「お、お前が俺に指図するな! なぜ素直に真っ直ぐ攻めない!?」


 ラルドが憤慨するが、ガシンジャがため息をついた。


「だから、馬鹿を指揮官に置くのは嫌なんだよ。どう考えたって奴らは西にある入口を守るのに必死になるだろうさ。そこに素直に行く必要はねえ。王子は必ず南か北から逃げるはずだから、そこを俺かお前で叩く。以上だ」

「な、なるほど! 分かった!」

「じゃあ、達者でな」


 そう言って、ガシンジャが配下の部隊を引き連れて、北へと駆けていく。


「お前らついてこい! 南に回るぞ!!」


 ラルドがそう言って、渋々といった感じの様子でついてくる部隊を率いて南へと馬を走らせた。


 そして残った本隊は、先鋒部隊を囮に樹人トレントの横をすり抜けて真っ直ぐ進軍していく。


 彼等の目には――前までなかったはずの水路と、それに掛かるアーチを描く石橋が見えてきた。


「水路だと!? だが橋があるなら問題ない!」

「待ってください! ふ、船があります! 更に橋の上に人影が……なんといか、武装もしていない女です」


 先行する、目の良い兵士がそんなことを本隊を率いる〝黒蠍の尻尾ジャグラ〟の副頭領であるビスという禿頭の男に報告する。


「――女? 適当に掠っとけ。それより船って……あれか」


 ビスの目に、矢避けらしき木の板が張られた船が見えた。そしてそれと同時に橋の両側から長い首の怪物が顔をこちらへと向けていた。


 同時に――船から無数の矢が飛んでくる。


「っ!! 盾を構えろ!! 馬鹿な、魔物と人間が協力している!?」


 正確にこちらへと飛んでくる矢は間違いなく人が放ったものだ。そしてそれが飛んできた船は、魔物が牽引している。それは――歴戦の戦士であるビスですら、見たことも聞いたこともない光景だった。


 盾が間に合わなかった兵士が矢によって次々落馬していく中、ビスは考えられる可能性を口にした。


「くそ、まさか、ミルムース村の連中、魔物を従えているのか!?」

「有り得ませんよ!!」


 部下の言葉に、ビスが頷いた瞬間――怪物が口から細い白い線状を吐き、それを薙ぎ払った。


「は?」


 それだけで、最前線を走っていた兵士と馬が全員切り裂かれていた。


「っ!! まずい! さっさと橋を渡りきるぞ!!」


 ビスは、その二体の怪物から放たれた水のブレスで部隊が半壊していくなか、馬の速度を上げた。ここで反転したり、逆に逃げたりしたら確実に全滅してしまう。ならばまだ人数がいるうちに橋を渡りきって水路から離れるほかない。


 矢と水のブレスによって、確実に人数が減っていくが、ビス率いる本隊が橋へと迫った。その橋に佇む美女はしかし、何をするでもなく、ただ迫り来る騎馬を見つめるだけだった。


 ビスはその美女を一瞥するも、今はそれどころではないと――それを無視して橋の上を駆けて、そしてそのまま西へと疾走。数騎を引き連れて村の門へと向かう。


「あらら~。その判断は正しいわね~。さて、あんまり行かせすぎるとグラントも大変だろうから……これぐらいね」


 美女――ティアマトがそう言った瞬間、橋の上で水柱が立った。橋の上を通っていた兵士や騎馬がその激流でバラバラに引き裂かれていく。


「じゃあ、グラントの出番も作ったところで……


 そう言ってティアマトが両手を掲げた瞬間――大量の水が水路から噴き上がり、それは水壁となってサリエルド軍の前に立ちはだかった。


 のちに、運良く生き残ったその兵士はこう、その景色を証言したそうだ――


〝荒原で……〟、と。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る