第16話:線を越えたらさようなら(サリエルド軍視点)
〝黒蠍の尻尾〟の斥候として五人の男達が荒原を馬に乗って駆ける。
「……妙だな」
「何がだ?」
「いや、この辺りは何度か来た事あるが――あんな木が生えていたか?」
先頭を行く男が、まばらに生えている妙な木に違和感を覚えた。この荒原には背の低い草が生える程度で――少なくとも三メートルにも及ぶ木が生えるわけがなかった。
「そうか? 木なんてどこでも生えてるだろ?」
「そうか……まあたかが木だな。」
「もうめんどくせえし村についたら始めちまおうぜ。とりあえず女は残して他は皆殺しで」
「かはは、良いねえ。串刺しにした親の前で娘を犯そうぜ」
やがて彼等は生えている木へと迫る。
「おい、お前ら、アドニス王子の捕縛を忘れるなよ?」
「それはお前に任せるよ。俺らは虐殺を楽しも――へ?」
それは彼等のうち、後方を走っていた二騎が生えている木の横を通り過ぎようとした瞬間だった。
「っ!」
「なっ!?」
突然、木がその枝をまるで腕のように薙ぎ払うと、二人の男の頭があっけなく吹っ飛んだ。その余りの速さに、断末魔を上げることも許されず、先を行く三騎はそれに気付かない。
そしてその三騎がしばらく進むと、前方に横たわる水路へと辿り着く。水路の幅は四メートル以上はあり、馬で越えるのは不可能だった。
「おいおい! こんな所に水路なんてなかったぞ! なんで水があるんだ!?」
「橋もねえし、渡れないぞこれ」
「どうすんだよ。おいお前ら、一旦戻るぞ――ってあれ? あいつらは?」
そこで三人はようやく、後ろにいたはずの二人がいないことに気付いた。
「いや、確かに付いてきていたはずだが……」
そうやって後方を見ていた三人に、背後の水路で水が跳ねる音が届く。
「あん、何のお……と……っ!!」
「ま、魔物だと!?」
「なんじゃありゃ!!」
その水路の水面から首を伸ばしていたのは、角の生えたトカゲのような顔の化け物だった。青い鱗に覆われたその首と顔、そして何より血のように赤く光る目が、決して野生動物の類いではないことを物語っている。
「魔物がいるなんて聞いてないぞ!! 撤退だ!!」
「お、おう!」
「あいつらは!?」
「ほっとけ!」
三人が馬首を返し、来た方向へと戻ろうとした瞬間、何かが噴き出す音が響く。
そして彼等のうちの一人が――
「は?」
生き残った二人が横目に見たのは、縦に走る白い斬撃だけだったが、地面を見ればその軌跡が濡れていた。
「み、水か?」
「逃げろ!!」
馬を走らせる二人だったが、たまたま後ろを振り返った男が、絶望する。その首の長い怪物が口から細い線状の水を放っており、それを首を使って――
シュン、という音と共に、白い斬撃が地面と水平に払われ――男達の胴体と馬の首が綺麗に切断される。
その死体は走った勢いのまま地面へと落ちて――沈黙。
水路の怪物――
こうして、斥候はあっけなくアドニスが敷いた防衛線を越えることなく全滅したのだった。
☆☆☆
ミルムース村より西方。
サリエルド連合軍――仮設指揮所。
「おい、斥候は何をしている!? ガシンジャ、お前の部下はどうなってるんだ!?」
いつまでも帰ってこない斥候五騎に苛立ち、今回の作戦の総指揮を務めるラルドが声を荒げた。
「知らねえよ。あいつらのことだ、先にやっちまってるかもな」
それに対して素っ気ない返事をしたのは〝
彼はゆっくりと煙草をくゆらすと、肩をすくめた。
「ふざけるな! 何の為の斥候だと思っている!」
「そもそもよ。あんなチンケな村を襲うのに、俺らだけに飽き足らず、傭兵共まで集めてやがって。まるで戦争じゃねえか。全部で五百人はいるんじゃねえか? 目敏い商人共や娼婦までついてきてやがる」
カシンジャの言う通り、その仮設指揮所の周りには陣地が出来ており、更に商人達が露店を始めるなど、ちょっとした規模のキャンプになっていた。
「黙れ! 万が一でも失敗は許されないんだ。特にアドニス王子の捕縛はドハウ様の厳命だぞ!」
「分かってるさ。たかが王子で、護衛も騎士と魔術師が一人ずつだけって噂だろ? それに対してこの数は……常軌を逸してねえか?」
「ドハウ様が望まれたのだ。文句を言わずにさっさと斥候をもう一度送――っ!!」
その言葉の途中でガシンジャが腰に差していた三日月刀を抜刀。ピタリとそれをラルドの首へと突きつけた。
「あんまりぐちゃぐちゃと俺に命令するなよ、
そう言ってガシンジャが刃を戻した。
「……言われなくてもやってやるよ。ちっ、おい、進軍だ! さっさとあんな村潰して王子を捕縛するぞ。万が一逃さないようにも包囲作戦でいく」
「ったく……小物らしい作戦だよ」
そう言いつつもガシンジャが部下へと包囲する旨を伝えていく。
「さあ、ネズミ狩りだ。ついでに虐殺としゃれ込もうか。かはは……弱い者いじめって最高だよなあ! ラルド!」
ガシンジャの狂気の表情を浮かべ、笑い声を上げた。
しかしその余裕はのちに、一切なくなるのだった。
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