第15話:〝黒蠍の尻尾〟
ミルムース村、村外れ。
「氷結草……ですか」
ルックが塩を撒かれた畑に、種を植える村人達を見ながらそうアドニスへと問いかけた。
「はい。地中の塩分を吸い取って葉の表面に結晶化させる植物で、その葉も茎も食用に適しています。見た目も良いことから、貴族達に高値で売れますよ。これもまた滅大陸の植物ですね」
「なるほど……流石ですね」
「この氷結草が育たなくなった時は、ソルカムに切り替えてください。その頃には土壌の塩分も無くなっているでしょうし、ソルカムも問題なく育ちます」
「なるほど! 便利な植物がいるものですね」
「ええ。自然は偉大ですよ」
二人はしばらくその作業を見たのちに、その隣に出来た、自警団用の訓練場へとやってきた。
「良いか! 難しいことは考えるな! 相手の攻撃を盾で受け、その後、槍で突く! ただそれだけで良い! 剣は槍の間合い以上に近付かれた時だけ使え!」
グラントの声が響き、村の若者達が真面目な表情で、ユグドラシル製の木剣や槍の素振りしていた。
「アドニス王子、来てたのか」
アドニスに気付いたグラントが汗を拭いながら、駆け寄ってくる。
「うん。順調?」
「ああ、みんな筋が良い。それに流石、採掘業に従事しているだけに、根性も力もある。付け焼き刃であるが……形にはなりそうだ」
「うん。そもそも村の中まで攻め込まれないようにするつもりだけど、備えはあるに越した事はない」
「だな。よし――みんな実戦訓練をやるぞ! 二人一組になってくれ!」
グラントが再び訓練に戻っていく。
「皆、やる気に満ちあふれていますねルックさん」
「ええ。なんせ、ここにいる者は殆どが私と同じように、先のドハウ領主による制裁で家族を失った者達ですから」
「なるほど……」
道理で皆、鬼気迫る勢いで訓練をしているわけだ。アドニスはその理由に納得し、ルックと共に村長宅へと戻った。
「今後の塩と鉱石の売却先についていくつか候補があります。リストに挙げていますので、ルックさんも確認してください。間違いなくこの資源は、この村の強みになります」
「もうそこまで手を回していたのですか?」
「ええ、優秀な部下がいるもので」
それはタレットがサリエルドで密かに商人達と接触し、得た情報を元に精査したリストだ。その全てがクロンダイグ王国外の商会や貴族、もしくは領主であった。その理由はシンプルで、クロンダイグ王家の息が掛かっていないところが望ましいからだ。
「分かりました、すぐに確認します。ところでアドニス王子……」
ルックが少し、言い淀むようにそうアドニスに声を掛けた。
「……? どうしました?」
「いえ、その……アドニス王子はドラグレイクを開拓して、この村と共にクロンダイグ王国から独立をさせるつもりですよね?」
「ええ。その通りです」
「であれば……もはやこの村もアドニス王子の物であると同義なので……なんというか私じゃなくて王子が村長をやった方が良いのかなと……少し思ってしまって」
ルックがそう言って、頭を掻いた。この真面目の青年なりに精一杯考えたのだろうと、アドニスは察した。
「ルックさんが村長で助かってますよ。村人達からの信頼も篤いですし、行動も早いです。僕はあくまで、開拓の指揮を執る立場ですから。おそらく独立するとなると当然、国となって全体を治める存在にはなるでしょうが……少なくともこの村に関しては――これからもルックさんにお任せしたいと思っています。情報や知識、それを行う手段などは出来る限り助力しますが……それをどうするかはルックさん次第です。治世として、それが一番正しいかと思います」
「……分かりました。期待に応えられるように頑張りますよ」
笑みを浮かべるルックを見て、アドニスが力強く頷いた。
「そのためにもまずは――ドハウ領主をなんとかしないと」
アドニスは、そろそろだと感じていた。おそらく間もなく――サリエルドから戦力が送られてくるだろう。
「守り抜きますよ、ルックさん」
「はい!」
二人の青年が、決意と共に堅く握手したのだった。
そしてアドニスの予想通り――翌日、戦いが始まった。
☆☆☆
ミルムース村より西方に広がる荒原を、武装した男達を乗せた馬が五騎並んで駆けていた。
彼等全員が
「たかが、あんな村如きに俺らを出すなんて領主は気でも狂ったのか?」
「しかも、俺らだけでなく傭兵連中にも声を掛けているらしい」
「大袈裟だな」
彼等は〝
傭兵上がりや元騎士、暗殺者など、後ろめたい過去を持つ者ばかりであるが、その腕は確かであり、ドハウに逆らった、いくつもの街や村を落としてきた実績を持つ。
彼等の出動はつまりそれだけドハウが本気であることを示しており、サリエルド内では、ミルムース村が一体何をやらかしたのかで話題は持ちきりだった。
「しかしラルドの野郎も指揮官ぶって、斥候を出すとか言いやがって。まずはあいつから殺してやろうか」
そう言って、先頭を走る男が愚痴る。彼等は斥候として駆り出され、こうやって渋々村の様子を偵察しにきていた。本隊は後方で陣地を築いており、その本気具合に全員が辟易していた。
たかが小さな村を潰すだけのわりには――あまりに大仰する規模の軍事行動だと誰もが思っていた。
「仕方ない。今回の作戦はラルドに指揮させろって領主が言っているからな。お頭も渋々奴に従っているが、まあ戦闘が始まれば――
「かかか……違えねえ。そもそも戦闘にすらならないだろ。俺達だけで終わるんじゃねえか?」
侮蔑したような笑い声を上げる男達はしかし、気付かなかった。
今しがた通り過ぎた地面が僅かに盛り上がっていて、その下には――この辺りではまずないはずの太い木の根が通っていたことを。
そしてそこから内側は、
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