第14話:防衛線


「村の中は村人達に守ってもらうけども――僕らはその更に外側に、防衛線を築く」


 そう言って、アドニスが地図を広げた。それはスコシアとユグドラシルの協力で作った極めて正確なこの周囲一帯の地図だった。そしてミルムース村とこの拠点を含む広い範囲が線で囲まれていた。


「まずは、一番外側に――ユグによる警戒線を作ってもらう。具体的に言えば、この線上に根を張って欲しいんだ。そしてその上を何かが通ったらすぐに分かるようにして欲しい。できる?」

「出来るよ! この大樹の根をそこまで伸ばして、この線通りに張ればいいんだよね? あとは上を何かが通った時の振動を感じた時に報せがここに届くようにしてみる。ユグがいれば、どんな奴が通ったかまでも分かるよ」

「完璧だ。次に、この線の内側に水路を一周させたい、ティアマト、できるね?」


 今度はその線の内側に、拠点とミルムース村がすっぽりと収まるように水路が描かれていた。


「もちろんだわ~」


 ティアマトが当然とばかりに笑顔を返す。


「そこには、水妖竜ルサールカを周回させる。こちらが指定した敵対勢力に関しては容赦なく反撃してもらっていい。街道沿いには橋を作っておこう」

「石橋であればすぐに掛けられるわね」

「頼んだよ。あと、ユグの眷属で戦闘に使えそうかつ、普段は植物か何かに擬態できるような奴はいるかい?」

「それだったら――樹人トレントが適任かな? 普段は木みたいに立っているけど、いざとなったら動けるし、人間如きは絶対に負けないよ」


 自慢げに語るユグドラシルにアドニスが首肯する。


「じゃあそれを怪しまれない程度に、警戒線と水路の間に分散させて待機してもらおう。村の中や周囲にも十数体、念の為に擬態させておこう」

「分かったよ、ユグに任せて!」


 その言葉に笑顔を返し、アドニスは思案する。おそらくこれでよほどの戦力でない限り、跳ね返せるはずだ。


「でも、つまんないなあ。眷属だけにやらせるの~」


 そのユグドラシルの言葉に、ティアマトが同意する。


「勿論――もし奴らが攻めてきたら、二人には動いてもらうよ」


 その言葉に、二人が目を怪しく光らせた。


「それで……攻めはどうされるのです?」


 タレットの言葉に、アドニスがにやりと笑った。


「タレットは再びサリエルドへと潜入してもらう。ラルドとドハウ領主をしっかりと監視して情報を集めてほしい」

「暗殺は?」


 さらりと物騒なことをいうタレットにアドニスは苦笑しながら首を横に振った。


「今はいいよ。そして場合によっては僕自ら、サリエルドに向かう可能性もある。その時に準備をして欲しい」

「かしこまりました。お任せください」

「ドハウ領主に直接交渉する方が早い可能性もあるしね。そしてその時は護衛として――ティアマトとユグを連れていく。場合によっては……つまりそういうことだ」


 その言葉を聞いて、全員がその意図することに気付き頷いた。


「サリエルドは北と南を結ぶ大街道の中間地点で交易も豊かだ。今後のドラグレイクにとっては――重要な都市となる」


 そう言って、アドニスが地図の上にあるサリエルドへ――竜を模した木の駒を置いたのだった。



☆☆☆



 サリル地方――城塞都市サリエルド、領主の館。


 サリエルドは古い都市であり、周囲には荒原が広がっていた。その都市を囲む城壁は高さ三十メートルに及び、不落の都市として名高かった。そしてその都市は元々荒原にポツンと立つ岩山に築かれたせいか、中央にいくほど高くなり、その最も高い位置に、領主が代々住む館があった。


 その館は絢爛豪華であり、煌びやか装飾が外装にも内装にも施されていた。


 そんな館の中の領主室で、ひとりの肥満体の男が、脇に侍らせている半裸の少女に果物を剥かせて、その実を自分の口へと運ばせていた。


 そしてその前にはひざまずく男――ラルドがいた。


「……運河に、噴水、それに穀物ねえ」


 口から果実の汁をしたらせながら、肥満体の男――このサリル地方を治める領主である貴族ティラス・ドハウがねちっこい声を出した。


「はい! ですが、破壊工作をしましたのでご安心を」

「お前も悪い男だ。おそらく地面を掘って地下水を湧かせたのだろうに……それに糞尿を混ぜるなどと……下手したら村が全滅するぞ?」

「奴らは、ドハウ様に逆らう気です! 追放された王子がバックについたからと強気になって……あんな青二才、無能だから追放されたくせに」


 その言葉を聞いて、ドハウがその太い指を少女の身体に這わせながら、笑った。


「珍しく怒っているな。落ち着け、ラルド。奴らには何も出来やしない。あの地は不毛だ。何も育たぬ。植物も……人も……野心も」

「ですが……! 売買契約を破棄すると一方的に!」

「……? なんだそれは。そんな話は聞いていないぞ」


 ドハウの言葉に、感情がこもる。横にいた少女がそれを察しってスッと、その場から離れた。


「あ、いえ、それは直接申し上げようと……その……報告には入れておりませんでした……」


 そのラルドの言葉にドハウが答えずに立ち上がった。その肥えた巨体は、立つだけで威圧感を周囲に与えている。


 そして彼はその太い足を――ひざまずくラルドの頭へと乗せ、そのまま地面へと押し付けた。


「アッ……がっ!」

「――もう一度言え。我がドハウ家と代々結んできた契約を――?」

「がっ……け、契約を……は、破棄すると……塩と鉱石は別のところに売って……食糧は自給自足するので必要ないと……」

「ふ……ふ、ふざけるな!!」


 ドハウが激昂すると共に、足を振りあげ――ラルドのすぐ横へと振り下ろした。


 それだけで部屋が揺れ、床石が砕けた。その飛び散った破片がラルドの顔へと刺さるが、彼は身動きすら取らない。


 ちょっとでも反応すれば――今度はあの足が頭へと振り下ろされることを分かっているからだ。


「契約を破棄だと……? たかが辺境の村が、たかが追放された王子を抱えたからと言って……そんな不遜が許されてたまるか!」

「……はい!」

「〝黒蠍の尻尾ジャグラ〟を呼べ! ミルムース村を領主反逆罪として! 」


 その言葉と共に、ラルドがそそくさと退室していく。


「アドニスめええ……!! まさか生きているだけに飽き足らず、人の商売の邪魔をするなんて……!! ただでは死なさんぞ!!」


 ドハウの叫びが、館中に響いた。


 こうして、のちにドラグレイクとアドニス王子の名を一躍有名にすることになる――第一次ミルムース防衛戦が始まるのだった。

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