第13話:怒る


 ミルムース村。


「あ、アドニス皇子!!」


 毎朝、水竜船でやってくるアドニスを待っていたルックが船から降りたアドニスへと駆け寄る。


「何か問題でも?」

「は、畑と噴水が!」

「――行きましょう」


 ルックと駆け足でまず村の中央にあった噴水へと向かった。そこには、ティアマトが水で削った岩で造り上げた噴水があったのだが――それが無惨に壊されていた。更に見れば――肥料として溜めていた、ここの村で飼っていた家畜の糞尿がぶちまけられていた。


 噴水からは、汚れた水が水路を伝って村中へと流れていた。


「飲んだ者は!?」

「数人いたみたいで、今スコシアさんが治療してくれている……くそ、なんてことを!」

「――ティアマト」

 

 アドニスの言葉と共に、背後に水の塊が徐々に生成され、それが美女の姿になっていった。


「清浄化できるか?」

「もちろんよ~。ついでに噴水も直すわ」


 ティアマトが手を動かすと、汚れた水だけが分離され、それは村から離れた場所へと飛ばされた。同時に、水流が渦巻き、壊された噴水が一回り小さくなったが、元の形に近いものに戻った。


「これで良し、畑は?」

「こっちです」


 既に、アドニスは、どうなっているかは想像がついたが、それを実際に見ると――


「酷いな」


 試験的に栽培させていたソルカムが全て――踏み潰されており、更に畑全体に白い結晶が振りまかれていた。


「これは……塩か」


 アドニスがその白い結晶を拾い上げ、ペロリと舐めた。


「はい……貯蔵していた塩です。貯蔵庫の鍵も壊されていました」

「このままだと、塩害が起きてここで作物を育てるのは難しそうですね……」


 畑に塩を撒くというのは、何よりも農民にとって侮辱的な行為なのだ。それを知っている知識としてアドニスは知っていたが――実際に自分が少しでも従事したことに、こういうことをされると――いくら温和な彼でも怒りを感じていた。


「犯人は――間違いなくラルドです」

「でしょうね。目撃者は?」

「それが……おそらく真夜中の犯行なのか、誰も……」


 後からやってきた、グラントがばつの悪そうな顔で頭を下げた。


「すまねえ、アドニス王子。警備はまだ必要ないと思って……俺がいながら、こんなことになってしまってすまない!!」

「いや、頭を上げてよグラント。いきなりここまでの強硬手段を取るとは僕も思わなかった……僕の、失態だ」

「そ、そんなことはありません! あいつの性格を考えたらやりかねなかった。俺が気付くべきでした」


 ルックまでもがしょげてしまう。


 集まった村人達も不安そうな顔をしていた。


 せっかく良いムードだったのに、ここに来て、本当に大丈夫なのかという不安が出てきたのだろう。


「どうやら、僕の予想以上に……奴らは外道のようだ」


 その声に、怒りが混じる。


「グラント、村の有志を集めて作った自警団を本格的に運用させる。グラントは彼らに最低限戦える手段を教えてやって欲しい」

「ああ、だが武器はどうする」

「それなら、ユグに造らせる。木剣でも、硬さがあれば十分武器になる」

「分かった! 任せてくれ! 次は絶対にこんなことはさせねえ」


 グラントが息巻いて早速、村の若者を集めはじめた。


「これからどうしましょう?」

「この畑については今は置いておいて別の場所で栽培を再開させましょう。その場所の選定をお願いします。あとは、村人達のフォローを。不安を抱えているでしょうから、そこはじっくりと話を聞いてあげてください。要望や意見があれば全て僕に報告してください」

「分かりました。それで――アドニス王子はどうされるのですか?」

「――勿論。借りは返すつもりです」


 ルックは、かつないほどに――アドニスが怒っていることに気付き、無言で頭を下げたのだった。



☆☆☆



 ドラグレイク――大樹の館、執務室。


「ユグ、塩害のある大地でも成長する葉の分厚い植物があるはずだ。葉の表面にまるで氷の結晶のような物が浮かぶもので、地中の塩分を吸い上げて結晶化させているとか。分かるかな?」

「あー、あれかな? うん、それなら多分分かる」


 アドニスの言葉に、ユグドラシルが天真爛漫な笑顔で答える。


「じゃあ、それを例の畑で生やして欲しい。それと――木剣を二十本ほど。槍や盾もあると良いな。自警団の装備にする」

「了解だよ! でもそれだけ?」


 物欲しそうな目をするユグドラシルにアドニスが苦笑する。


「みんな揃ってからだよ」

「はーい。って、あ、来たよ」


 そのユグドラシルの言葉と共に、ティアマトとタレットが入室した。


「お待たせ~」

「遅れて申し訳ございません」

「構わないよ。それで、どうだったサリエルドは?」


 アドニスの言葉に、タレットが頷くと淡々と報告を開始した。実は、使者が来る前からアドニスはタレットをサリエルドへと送りこんでいたのだ。


「検問が強化されていました。おそらく、王子がサリエルドに逃げてきた場合にすぐに分かるようにということでしょう。それ以外は特に、変わりはありません。ただ、北と南を結ぶ大街道で問題が発生しているそうで、交易が滞っているようです」

「問題?」

「なんでも――魔物が発生しているとか」

「魔物……まさか本当に、活性化している?」


 その言葉に、ティアマトとユグドラシルが頷く。


「だって、【竜王】持ちが生まれたから~。世界は――否が応でも動かざるを得ないわ~」

「【竜王】のスキルのおかげで、この周囲は問題ないけど、それ以外の場所はこれから大変だよ!」

「魔物対策もこれからは考えないとか」

「そうね~。この辺りでは発生しなくても、よそで発生したものがやってくる可能性はゼロとは言えないわね~」

「そうだな……警戒網を作るべきだね。魔物はまだ先だろうけど、おそらく――サリエルドの軍勢がやってくる。奴らがこのままこの村と僕を放置するとは思えないし、もし僕の生存を王都に報告すれば、必ず僕の討伐命令が出る」


 その言葉に、部屋の中が一気に緊張感に包まれた。


 それは目に見えずとも――膨大な殺気であることに、アドニスは気付いていた。


「――ラルドをあの時点で殺しておけば良かったのでは?」


 ティアマトの言葉にアドニスは否定する。


「使者をいきなり殺すのは流石にマズイよ。僕が生きているのが王家に伝わるのは時間の問題だし、そもそもあの使者があそこまで愚かだとは思わなかった。交渉の余地があると……思い込んでいた」


 結局、どう足掻いても、王家には自分が生きていることはバレてしまう。そしてバレてしまえば当然、自分を処刑しようと刺客なり戦力なりを送ってくるだろう。本当なら、あと数ヶ月ほどそれを送らせたかったが、毎月ドハウ領主の使者が視察に来る以上は、隠すことは難しくなる。


「じゃあどうするの?」

「堂々とやるさ。だって僕は、王命でここにいて、その通りにやっているだけだから。そして不当な武力行使には――もちろん


 その言葉に――ティアマトも、ユグドラシルがそれはそれは嬉しそうに笑った。タレットは無表情のまま、しかし目を暗く光らせたのだった。

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