第12話:領主の使者(使者視点)
「ちっ……何で毎月毎月、わざわざこっちから出向かねばならんのだ」
馬車に乗った一人の中年男性が護衛へと愚痴る。馬車は間もなく、ミルムース村に到着予定だ。
「仕方有りません。ドハウ領主はこの村について重く見ていらっしゃいますから」
「ちっ。どうせ、行っても行かなくても変わらんのに、無駄なことをさせる」
その男性の名はラルド。このサリル地方を治める領主である、ドハウの部下であり、毎月視察と称してミルムース村にやってきていた。
彼の仕事は相変わらずミルムース村が貧しく飢えているかを確認し、少しでも村に上向きの兆しや希望があればそれを
だが、そんなことの為にわざわざこんな辺境の地に、毎月足を運ぶのはなんと無駄なことかと常々思っていた。
どうせ先月と、先々月と、いやもっと言えば十年以上前から――この村は変わってない、いや、変われないのだ。
そのはずだった。
「――おい、あれはなんだ?」
村について早々、ラルドは異変に気付く
村の中央広場に、
「なぜ水がある!?」
「分かりません! ここは年中乾燥地帯で湧き水なんてないはずです!」
「村長にすぐに会う! それになぜ迎えが来ない!?」
普段なら村長含め、村人達が恭しく出迎えてくれるはずなのに、なぜか村人達はこちらに気付いていながらも、まるで空気とばかりに扱っている。
「おかしい……何かがおかしい!!」
ラルドが護衛を連れて、大股で村長の家へと向かう。
「サリエルドより参ったラルドだ!! 村長、これはどういうことか説明してもらおうか!!」
ラルドが扉が壊れる勢いで、蹴り開けるとそう叫びながら家へと入ってくる。
「――こちらですよ、使者さん」
廊下の先の部屋からそんな若い声が聞こえてきて、ラルドは更に違和感を覚えた。おかしい。あの村長の声はこんなに若々しくなかった。
そしてラルドは怒りの表情のまま、部屋に入り一声。
「貴様、これはどういうことだ!! 無礼にもほどがあ……」
しかし、ラルドの語気が萎んでいく。
村長が使う椅子には、確かこの村のまとめ役であるはずの青年が座っていた。だが問題はそこではない。
その横に、座っている人物が問題だった。
黒髪に、深い赤みを帯びた茶色の瞳に、柔和な笑顔。着ている服も態度も、明らかに平民ではない。
なにより、その顔には見覚えがあった。なぜなら――その人相書きと共に、もしサリエルドにやってきたらすぐに報せるようにという、勅令があったからだ。だからドハウ領主もこれにはピリつき、都市の出入りの検問を強化させたほどだ。
だから当然ラルドもその人相とその人物の正体を知っていた。
「アドニス王子……なぜ」
「おや、僕のことをご存知でしたか」
「ええ……それは勿論」
「そうですか。まるで――
その柔和なアドニスの笑顔に、硬い表情を浮かべながらラルドは、どうすべきか思案する。
正式な伝達はなかったが、アドニス第三王子がドラグレイクの開拓を命じられたことは当然サリエルドにも届いており、そしてそれがつまり実質的な追放――そして処刑であることをドハウ領主と共に知っていた。
だからこそ、既にあの勅令が出てから数週間経って、まだ存命であることに驚いていた。
「そ、それで……村長は?」
「ええ、前村長は不慮の事故で亡くなられたので、急遽このルック氏が新村長となり、それを私が認めました」
「な、なるほど……」
ラルドはそれに対し、反論は許されなかった。なぜなら実質的には追放でも、アドニスはいまだ立場としては第三王子であり、国王直々の開拓命令を受けていることは事実なのだ。
本来であればとっくに処刑されているので、それで問題ないはずだったのだが――生きていてしまっているとなると話は別だ。
そしてこの段階で、ラルドは――それを王家が把握しているのかどうかの判断がつかなかった。
もしまだその開拓命令が有効であれば、この王子に逆らうことは、王に逆らうことになる。
「さて、ラルドさん。改めて、ミルムース村の新村長のルックです。私とこの村は、アドニス王子の開拓に全力で協力することになりました。よって、今後はドハウ領主との関係性も改めさせていただこうと思いまして」
淀みない言葉と自信に満ちたその態度に、ラルドは面食らう。この青年――こんな堂々とした男だったか?
「改めるとは……?」
それは使者として決して聞き捨てならない言葉だ。それが何を意味するのか、しっかりと聞いて報告せねばならない。
「まずは、そちらとの塩及び鉄鉱石の売買を全て白紙にさせてもらいます。なんせ、ぼったくりみたいな価格で食糧を買わされていましたから」
「な!? ふざけるな! あれはこの村とサリエルドで代々受け継がれた契約で、貴様のような若造が一方的に白紙に出来るものではないぞ!」
「ですから、そのふざけた契約を――破棄すると言っているのです。こちらの物を適正価格で購入し、かつ食糧を市場価格で売ってくださるなら、それはそれで改めて契約を結ばさせてもらいますが」
「調子に乗るなよ小僧……お前、このラルドを、サリエルドを敵に回す気か!? それに食糧はどうする!?」
ラルドが怒気を込めて言葉を吐いた。しかし、視界に入る無言のアドニス王子の存在が邪魔して、イマイチ強気に出られなかった。
「食糧なら、アドニス王子の協力で、試験的にとある穀物を村外れで栽培中です。おそらくこの村程度でしたら賄っていけるほどの量を生産できると考えています。よって――不当な価格でそちらから買う必要性はなくなりました。当然そうなると塩と鉱石も、高値で購入してくれる先へと売ります」
「アドニス王子! 一体これはどういうことですか!? 領政干渉ですぞ!?」
その言葉に――アドニスはただニコリと笑った。
「――知っているかは分かりませんが……僕は父からこのドラグレイクを開拓せよと命じられており、それはいまだ有効です。それを、行っているまでですが? 更に不当な売買契約はいくら領主とはいえ、許されないでしょう。なんせ無辜の民が苦しんでいるわけですから」
「そ、それは……」
たじろぐラルドへと、ルックが告げる。
「今後、ミルムース村はアドニス王子と共にこのドラグレイクの開拓を行います。つまり王命に協力しているわけです。そしてその障害となるものは全て排除する――それが王子と私が出した結論です。どうか――この言葉をそのままドハウ領主にお伝えください」
「――くだらん!! 貴様、俺を! ドハウ様を! 舐めるなよ!! ふん、追放された王子がなぜ生きているかは知らんが、どうせすぐに王家に潰されるのが目に見えている!! そんなやつを味方につけたからと、たかが辺境の村の村長が一丁前の顔をして俺と交渉をしようなんて決して思うなよ!! 不愉快だ!」
ラルドが怒りのまま言葉をぶちまけた。もはや王子なぞ知ったことか。どうせ、追放された王子だ。王命があろうが、関係ない。
怒りが、ラルドを浅慮にさせた。
しかしルックもアドニスも涼しい顔をしたままだ。
「――以上です。どうぞ、お引き取りください」
「言われなくても帰らせてもらう! 貴様、ここまで俺をコケにして、この村、ただで済むと思うなよ!? 五年の前の処刑、忘れたわけではないな!?」
その言葉で、ルックがぴくりと眉を動かした。
「五年前のことはよーく覚えています。なんせ父が殺されましたから。あんた達を許す気は一切ない」
「ほざけ! もういい! アドニス共々、全員串刺しの刑だ!! 覚えておけ!!」
ラルドがそう叫ぶと、村長宅を大股で出て行く。
「ら、ラルド様?」
「すぐにサリエルドへ戻る!! 急げ!」
「はっ! それと……村の外れに、なぜか穀物畑が……それに運河らしきものまで」
護衛の報告に、ラルドが少し思案すると――にやりと笑った。
「ああ、そうだ。お前ら、村を出たあとにこっそりと戻って――こうしろ」
そうして、ラルドは部下の護衛達に、とんでもないことを命じたのだった。
のちにそれは――アドニス達を激怒させることになる。
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