第11話:試験農園
ドラグレイク――岩の館改め〝大樹の館〟近辺、〝試験農園〟
「アドニス王子……これは……」
村人の投票によってミルムース村の新村長に選ばれた青年――ルックはそれ以上の言葉が出なかった。
「これが――この地方の天候でも育つ野菜や穀物を実験的に栽培している農園です」
そう言って、アドニスが笑顔で両手を広げた。彼の向こうには、中央の湧き水から網目状になった水路によって水が供給されている畑が広がっていた。
何より特徴的なのが、畑の外枠を囲むように一定間隔で木が立ち並んでおり、そこから伸びた枝葉がまるでアーチを描くように反対側に伸びて畑全体に覆い被さっていた。それは自然に出来た、柱と屋根――にルックには見えた。
おかげで、照り付ける日光がその天然の屋根によって和らぎ、中の温度は砂漠の真ん中とは思えないほど適温だった。
そしてその畑には様々な種類の野菜や果物、そして穀物らしき植物が植えられている。
それは、干ばつや日照り、何より水分不足に悩むミルムース村の者にとっては信じられない光景だった。
「だって……まだ一週間も経ってないですよ」
ルックは、試験農園についての話は事前にアドニスから聞いていた。しかし、それも一週間前の村長就任の際で、まさかこんなに早く結果を見せられるとは思わなかった。
心のどこかで、まだこの王子について信じ切れていなかったルックだが――王子が本気でこの不毛の地を開拓しようとしていることがようやく実感出来た。
「僕の部下は働き者でして。現在、どの種類が最も生産に適しているかを研究していますが……これは流石に時間が掛かります。ですが、一部の種類は既に量産を開始しても良いと考えています」
そう言って、アドニスはとある植物の稲穂をルックへと見せた。それは小麦のようだが、もっと一つ一つの粒が小さく、一つの穂に粒が沢山なっていた。
「これは……?」
「ソルカムと呼ばれる穀物です。滅大陸の砂漠地方に自生する植物で、このドラグレイクの環境でも育つ、丈夫でかつ栄養価も高い植物です」
それは、スコシアの知識とユグドラシルの力で再現できた植物だ。滅大陸とは、このエーリャ大陸の南方に位置する大陸だが、その過酷な環境と、全く違う価値観と文化を持つ亜人種達によって、人類の進出を拒んでいた。
人々は、神が滅した土地という意味で――滅大陸と呼んでいた。そこに関する知識を持つ者は極々少数であり、希少な文献の収集家であるスコシアがいなければ、そこに自生するソルカムについて知る事は出来なかっただろう。
「この土地でも育つ穀物ですか!?」
驚くルックにアドニスが頷く。
「はい。これも部下の力のおかげです」
アドニスは今回の研究を通して、少しだけだが、竜の特性のような物について少し学んだのだった。彼女達は確かに強大な力を持っているが、どこか
試しにユグドラシルに、この土地で育つ穀物はあるかと聞くと、〝あると思うけど、名前も特徴も分からないので再現できない〟という返答があった。だが、スコシアの知識で得たソルカムについて話すと、すぐにそれを目の前で生やしてくれた。
アドニスは、竜の力は万能だが使い方次第であり、こちらに能力がないと彼女達を使いこなせいという事実を改めて実感したのだった。
なぜか、自分に対する敵対行為にだけにはやたらと自主的に動くのは不思議だが……。
「そういえば、ミルムース村は穀物やその他食糧に関しては全て、このサリル地方の領主から買い付けていますよね?」
それは、グラントとタレットがこの一週間で調べた、ミルムース村の食糧事情の一つだ。
「はい……なんせこの土地は農作物が殆ど育ちません。辛うじて村の周辺は家畜の飼料となる草程度なら生えますが、それも自給自足する程度で、産業と呼べるほどではありません。なので我々は村の近くにある塩鉱や鉱床から発掘した塩や鉱石を領主に売って、代わりに穀物などの食糧を購入しています」
「ですが、相当足下を見られているとか」
それもまたタレットを通してアドニスが手に入れた情報だ。村の代表として毎月この地方の領主が住む都市、サリエルドへと行く商人が、酒を飲みながら愚痴っていたそうだ。市場価格の半値以下で塩と鉱石を買い取られて、倍額以上の値で食糧を売り付けられていると。
「はい……そもそもこんな辺境の地にある村なのに、サリル領主やら、クロンダイグ王都からの干渉がやたらと厳しいのです。以前、こっそり別の土地で塩を売ろうとしたら――すぐにバレてしまい酷い目に合いました」
ルックが思い出したくないとばかりに首をふるふると横に振った。
「前の村長や歴代の村長がそうであったように、この村は王家にとっては都合の良い場所だったようです。だから発展させも衰退させもせず、飼い殺しにしていた。ですが、僕は違います。このドラグレイクを中心に、ここに一大都市を築く予定です。そして、当然ミルムース村がその礎になって欲しいと思っています。しょせん……僕らはよそ者ですから」
「それは……夢のような話ですが……可能でしょうか。以前、領主に逆らっただけで村人が何人も見せしめに処刑されてしまいました。また同じ事が起きるのではないかと思うと――正直怖いです」
ルックの不安を見て、アドニスが顔を引き締めて、こう宣言したのだった。
「任せてください。この土地もミルムース村も全て僕達が守ってみせます。だからもうサリル領主から、いやクロンダイグ王国から――
その力強い言葉に、ルックは泣きそうになるのを堪えながら、無言で頷いた。
もう搾取されるだけの生活は嫌だ。
それがこのミルムース村に、いやこの土地に住む者全員の願いだった。
そしてそれは近い将来――アドニスの手によって叶うことになる
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