第23話:七竜召喚【土】


 ドラグレイク――〝大樹の館〟、執務室。


「んー。となると……このままだと少し難しいか」


 アドニスは、執務机の前に立つスコシアの言葉を聞いて、目の前にあった試験農園についての報告書を読みながら、唸る。


「はい。ユグちゃんの力とティアマトさんの力を借りればほぼ全ての種類が栽培可能ですが、それだと魔力を含み過ぎてしまいます。食用にするにはやはり自然の力で育てないと」


 現在、試験農園では竜の力を借りていくつか種や苗を現在育てているが、難しい問題に直面にしていた。


 それは、ユグドラシルの力で成長を促進させた物が全て食用に適さなかった件についてだ。その条件についてスコシアに調査してもらっていたが、やはり少しでも手を加えると、変質してしまうようだ。


 ただ不思議なのが、竜の力で育てた食用に向かない作物を家畜の飼料として使った場合――なぜか家畜たちが巨大に育つようになり、肉質や乳の質が格段に良くなった上に食用しても問題なかった。


 これについては別途研究が必要であるとアドニスは考えているが、この分だと畜産業に重点を置いても良いかもしれないと考えていた。


「しかし。魔力が多いと人体に悪影響を与えるか……。栽培する環境を整えるまでは良いけども、生育自体に魔力を使うと駄目ってことだね。ユグの力があれば食糧問題が一気に解決すると思ったけどもそうは上手くいかないみたいだね」

「その通りです。そしてそうなると、困るのが――。水や温度については上手く水路や木を使った屋根で何とかなりますけど。こればっかりは……」

「土か。ここら一帯は土が痩せているからなあ」


 アドニスが、検査用にと半透明のガラス器に入れた石混じりの砂を手で触った。このドラグレイクの土壌は痩せ細っており、このままではとてもではないが通常の作物を育てる力はなさそうだった。


「そうなんです。なので、いくら水と種や苗があろうとも、このドラグレイクの土壌で自然に育つ植物は限られてきます。ソルカムも、本来よりかなり実りが少なくなることが分かりました。更に同じ種類の作物を植え続けると土壌の栄養分も偏ってしまいます。現在、別の作物でソルカムと交替で育てられるようなものがないか調べてはいますが……」

「そうか……土かー」


 こればっかりはよそから持ってくるわけにはいかない。


 なんて話を、アドニスの膝の上でニコニコ聞いていたユグドラシルがここで初めて口を開いた。


「土なら、ヨルちゃん喚べば解決すると思うよ?」

「ヨルちゃん?」

「そ! ――ヨルムンガンド! そしてユグの双子の妹だよ!」


 その言葉に、アドニスとスコシアが顔を見合わせた。


 両者の顔には――竜にも双子とか家族とかいう概念があったのね、という表情が浮かんでいた。



☆☆☆


 大樹の館より東方――通称〝亡き人砂漠〟


「ヨルちゃんは控えめだからそんなに警戒しなくても……」

「そうよ~。あの子は私達と違って弁えている子だから~」


 アドニスはティアマトとユグドラシルを連れて、周りには砂と岩しかない場所へと来ていた。


「……僕は信じないぞ」


 アドニスは早速、竜を喚び出そうと考えたのだが、現在、館の周りには色々な施設を試作中であり、万が一それが破壊されたら嫌なのでこうして周囲に何もないところにやってきたのだ。


「むー」

「残念だわ~」


 拗ねる二人を放っておいて、アドニスは杖を握り直すと、早速召喚を始めることにした。


「〝地を支えし円環の蛇よ、その霜つく巨体で大陸を囲いし者よ〟」


 アドニスの言葉と同時に、右手の甲にオレンジ色の紋章が浮かびあがっていく。


「〝四と一つの盟約に基づき、我が呼び掛けに答えたまえ〟」


 手の甲を通して光が杖の先から溢れ――


「〝七竜召喚……顕現せよ――ヨルムンガンド〟」


 光が止むと同時に――


 周囲の大地が隆起し、アドニスの立っている目の前の地面に亀裂が入り、まるで獣が口を開くが如く、裂けていく。


 そしてそこから伸びたのは二本の巨大な腕だった。鋭いかぎ爪に、土色の鱗に覆われたその腕はまさに竜のそれであり、そして腕の後に――ティアマトの本来の姿と形は似ているが、良く見れば、いつか見たユグドラシルの本体の顔とそっくりの大蛇が顔を出した。


 見えている部分だけで既にティアマトよりも巨大であり、亀裂の奥に潜む残りの部分が果たしてあとどれだけの長さがあるのかすら、アドニスには想像がつかなかった。というかやっぱり派手に周囲を変化させたじゃないか! と心の中でアドニスはティアマトとユグドラシルへと叫んでいた。


「やっほー、ヨルちゃん。久しぶり」


 ユグドラシルの声に、その巨大な蛇が反応する。


「……お姉ちゃん?」


 それはやはり見た目とは似つかわしくない幼い少女の声だった。


「そうだよ~。そしてこっちが今回のお兄様の――」

「アドニスだよ、よろしくねヨルムンガンド。とりあえず、人間化してくれるかい?」


 そんなアドニスの言葉に、大蛇がこくりと頷くと光に包まれ――


「よろしくお願いします……」


 恥ずかしそうに顔を俯けながら、そう控えめに挨拶したのは、ユグドラシルと同じ顔の少女だった。ただし、髪色は茶色で、着ている服も、砂漠の民のように肌を露出しながらも全体を透けて見える生地で作ったローブで、格好だけで言えばユグドラシルとは違っていた。


「よ、ヨルと呼んでください……あの、嫌でなければでですけど……」

「勿論嫌じゃないとヨル」


 そう言ってアドニスはにこりと笑いかけた。


「あ、ありがとうございます!」


 それを見て、顔を真っ赤にしたヨルムンガンドが恥ずかしそうに手を身体の前でブンブンと振った。その様子を見て、ティアマトがニコニコとしており、アドニスは、双子のわりに随分と性格が違うのだなあという感想を抱いていた。


「じゃあ、僕達の拠点に案内するよ。ちゃんとヨルの部屋も用意してあるんだ」

「あ、ありがとうございます……」

「ユグと同じ部屋だよ!」

「お姉ちゃんと一緒だったら……安心」

「うふふ……二人は仲が良いのよね~。流石の私も前回は二対一で負けちゃったもの」


 そんなティアマトの言葉に、ヨルムンガンドがか細い声で、ごめんなさい……とだけ呟いた。


「良いのよ~。前は前、今は今だから」


 その話を深く聞いて良いのかどうか分からず、アドニスは沈黙する。何となく……前の竜王持ちの話は聞きにくかった。


「……みんな仲良くね」


 そういう他なかったアドニスだった。


 こうして、彼は新たな仲間、大地を司る竜――ヨルムンガンドを仲間にし、それに伴い右手の甲にはヨルムンガンドを表す紋章が刻まれた。


 そしてまた新たな覚醒スキル【竜纏い】が発現したのだった。

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