第24話:家畜たちの反逆


 ドラグレイク――試験農園。


「素晴らしいわね……竜の力は偉大だわ」


 スコシアがその光景を見て、深く感動していた。目の前には、格子状に分けられた小規模な畑がいくつもあり、それぞれの土の色が微妙に違っていた。


「こ、こんなことでいいの……? 街を丸ごと砂に埋めたり、軍を大地の裂け目に落としたりとか……そういうのは?」


 ヨルムンガンドが自信なさげにスコシアを見上げた。ただ種類の違う土を生成して畑ごとに分けるという、良く分からないことをスコシアに依頼されてすぐにそれを行ったのだが、それが何を意味するのか分からずに彼女は不安になっていた。


「いらないわよそんなの。ヨルちゃんもそのうち、そういうことをやらされるかもしれないけども。良い? 偉大なる力はね、本来、他者に向けるものではないのよ」

「そうなんだ……」

「そ。私もそりゃあ魔術とかを使って自衛したり、攻撃に使ったりはするけども……それはあくまでオマケ。火の魔術も水の魔術も土の魔術も、戦争や戦闘の道具としてではなく人の為に使うべきだ! ってのが私の主張でね。まあ、甘い考えだってのも分かってはいるし、誰も賛同してくれないんだけどね」


 一人を除いて……とまでは言わずスコシアは微笑んだ。いつか似たような話をした時に、とある王子はその言葉を幻想だと切り捨てた。破壊して、殺してしまうことこそ力であり、魔術の本質であると。


 悔しくて反論したら王家反逆罪で処刑されそうになったので、今でもそいつの事は大っ嫌いなのだが……。


 その時に、唯一自分の味方になってくれたのがアドニス王子だった。


「ヨルは……お姉ちゃん達と違って戦うのあんまり好きじゃないから……こういうことやる方が好きかも」

「気が合うわね。さて……次はどういう土質を生成してもらおうかしら……」


 分厚い手製の本をにらみ付けるスコシアを見て、ヨルムンガンドが微笑む。


「ヨル、頑張るね」

「ええ、一緒に頑張りましょう。まずは竜の力で生成した土で育った作物が食用に適するかどうかね。私の予想では、問題無いと思うのだけど……ちょっと不安材料があってね……」

「そうなんだ……ヨルのせい?」

「まさか。どうにも魔力の性質ってのが分かってきてね。まあまだまだ検証段階だけども」

「そっか……そういえば、お兄ちゃん達は?」

「ああ……うん。ちょっとね――退


☆☆☆


 ミルムース村郊外の牧場。


「ブモオオオオ!! 愚かなる人類に鉄槌をおおおお!!」


 そこには――後足で立つが数体が怒りを露わにし、その太い腕を振り回し木製の柵を破壊していく。


 見れば、耳にはなぜか管理用の札が付いている。


「……なんじゃありゃあ」


 その光景を見ていたグラントが、あんぐりと口を開けっ放しにしていた。


「それが……昨日までは普通だったんですが、今朝来たら急にこんなことになってまして」


 牧場を管理する村人の言葉を静かに聞いていたアドニスが、口を開いた。


「……そういえば最近、飼料を変えましたよね?」

「ええ。これまでは備蓄があったのでそれとスコシア様から提供された農園の作物を混合していたのですが、ここ数日は全て――スコシア様の物のみにしておりまして。すみません、報告してませんでした……」


 スコシアが提供した物はユグドラシルによって成長させた作物類であり、つまりそれには――


「……魔力の含まれた飼料でこうなったのか」

「は? どういうことだよ」

「ほら、魔力の含まれた飼料を混ぜたら生育が良くなって立派に育つようになったでしょ? それが行き過ぎた結果――ああなった」


 アドニスの視線の先で、牛達が円陣を組んで叫んでいた。


「ブモオオ!! 家畜にも人権……いや牛権を!!」

「人類はその身勝手な行為に対する天罰を喰らうべきだ!!」


 その様子を見て、グラントがため息をついた。


「成長というか進化じゃねえかあれ」

「スコシアが聞いたら喜びそうだね……。とにかくこのままだと村を襲いかねない」

「――倒すか?」


 グラントがそう言って、手を腰の剣に伸ばす。


「いや……僕に任せて」


 そう言って、アドニスがスタスタと牛たちの下へと向かっていく。


「……!! 権力の気配を感じるぞ!?」

「権力に立ち向かえ!!」


 牛たちが敏感にアドニスの気配を察知し、鼻息を荒くする。


 彼等は立った時点で三メートルはあり、筋骨隆々のその姿はもはや家畜ではなく――まさに魔物そのものなのだが、アドニスは恐れず向かっていく。


「ブモオオ!! 圧政を敷く権力者には反逆の角を突き立てろ!!」

「ブモオオ!!」


 牛たちが頭を下げ、角を向けた状態でアドニスへと突進。その速度は尋常ではなく、まともに喰らってしまえば鉄板ですらも簡単に貫いてしまうだろう。


「新しい覚醒スキルを使ってみようか――【竜纏い】」


 アドニスがそう言って右手の甲を光らせた。すると身体から赤いオーラが立ち昇る。


「圧政に屈するな! ここは我が一番槍に!!」


 先頭を走る牛が叫びながらそのままアドニスへと突進。


 それに対して、アドニスがしたことは――杖を持っていない方の手を差し出すことだけだった。


「アドニス王子! 危ねえ!!」


 見ていたグラントが思わずそう声を出してしまう。いくら竜の力を魔術的使えようと、アドニス自体は普通の青年程度の身体能力しかない。


 牛の突進を喰らえば、ひとたまりもないだろう。


 だが――


「……は?」


 その光景は、あまりに異常だった。


 巨大牛による、突進が――ピタリと止まっていた。


「ブ……モ!?」


 牛の角を片手で握っているアドニスは涼しい顔で、ジッと目の前にいる怒れる牛を見つめた。


「馬鹿な!? 我らがリーダーであるゴンザの爆牛突進が片手で止められた!?」


 後ろにいた他の牛達も突進を止め、ザワつく。


「ば……ばかな!? そんなひ弱そうな身体で……なぜ!?」


 角をアドニスに掴まれた牛――ゴンザが驚いたような声を上げるので、アドニスがにこりと笑ったのだった。


「スキルの力ですよ。一時的にですが、竜の力を纏うことで身体能力を飛躍的に向上させることが出来るスキルなんです。というわけで――はじめまして。僕はこの村を含むこの周囲一帯を治めるアドニスです。出来れば――お話がしたいのですが」

「笑止!! 我らと語らおうと思うならば力で示――ブモオオ!?」

「そう言うと思いました」


 気付けばゴンザは――宙を舞っていた。


 人の十倍以上の体重があるはずのゴンザの巨体がまるで小石か何かのように上へと投げられた様子を見て、アドニス以外の全員が、目を見開いていた。


「ぶもおおお!? すみませんでしたああああああ!!」


 ゴンザの悲鳴が鳴り響き、そして……。


「分かってくれれば良いんですよ」


 アドニスがそう言って杖を振った。すると地面に蜘蛛の巣状に蔦が張り巡らされ、そこにゴンザの巨体が落ちた。

 下の地面を操作して空洞にすることで、落ちた際の衝撃を蔦のたわみで吸収、ゴンザは傷一つなく着地できたのだった。


「ブモ……我を宙に投げるとはなんという力だ……更に力のみならず魔術を使え、何より慈悲がある……アドニスよ、貴様は圧政者ではないのか?」

「……違いますよ、ゴンザさん」


 ゴンザの前へと再び立ったアドニスからは既に赤いオーラは消えていた。


「そうか……ならば我は貴様を主君として認めよう」

「ありがとうゴンザさん」


 二人が握手する姿を見て、グラントはずっと開けっぱなしで、カラカラに乾ききっていた口をようやく閉じた。


「……和解しちまったよ……」

「あの……ところで牛達は元に戻るのでしょうか」


 村人の言葉に、グラントは力無く首を振った。


「多分……無理だろ。また新しい牛を買うしかない。次は飼料に気を付けないとな……」

「はい……」


 そうしてゴンザ達と仲良く戻ってきたアドニスの下に、別の牧場を管理している村人が焦った様子で駆け寄ってきた。


「あ、アドニス様!! うちで飼っていた豚と鶏が急にでかくなって、しかも喋ってます!!」


 その言葉を聞いて――アドニスとグラントは同時にため息をついたのだった。


 こうしてミルムース村の住人に――のちに、〝ミノタウロス〟、〝オーク〟、〝コカトリス〟と呼ばれる亜人種達が仲間入りすることになったのだった。


 結果としてミルムース村の住人は増加し、労働力や兵力が大幅に増強されたのであった。

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