第22話:交渉決裂(ざまあ)


 城塞都市サリエルド――領主の館。


「……困りますな! 急に来られても!」


 迎賓室で、肥満体の男――この街の長でありサリル地方の領主であるドハウが非難するようにアドニスとその後ろに控えるユグドラシルへと視線を向けた。特にユグドラシルにはそれとは別に濁ったような目で舐め付けるように見つめていた。


「事前にお伝えすると、会ってくれなさそうでしたから」


 アドニスが悪びれる様子もなくそう言い放ったため、ドハウが眉間に皺を寄せた。


「追放された元王子如きが調子に乗りおって。俺は……誰だと思っている!」


 ドハウが怒りのままに椅子の肘掛けを殴り、破砕。その様子を見て、アドニスは冷静に分析していた。


 自前の軍が完膚なきにやられたのにもかかわらず、随分と余裕のある態度に見える。なんやかんや言いながらも全面降伏してくると踏んでいただけに、少しだけ嫌な予感がする。


 出来れば穏便に済ませたい、それがアドニスの本音だった。


「このサリル地方の領主であり、サリエルドを治める……ドハウ様であることは承知ですよ。ですが、ミルムース村に対する搾取とも呼べる一方的な契約、そして使者による破壊行為。挙げ句の果てには正当な理由もなく軍の派兵までした貴君には――ドラグレイクの代表として多大なる不服と賠償責任を言い渡す」

「契約は代々続いているもの! 貴様のような物の分からない小僧は口を挟むな! そしてそれらは全て――ラルドが独断が行った事だ!。俺は関係ない!」


 この後に及んで責任すら取ろうとしないドハウにアドニスはあきれ果ててしまう。こんな人間が、長年この辺境を支えてきたと言われる交易の要を牛耳っていたかと思うと、いかに地方が腐敗しているかが分かる。


「責任者は貴方ですよ。例え部下が独断で行動しようが――その行動に貴方の責任はあります」

「くどい! 良いか、貴様のせいでこちらは甚大な被害が出た! こちらこそ、その賠償を請求させてもらいたい!」


 その言葉に、アドニスはため息をついた。もはや交渉など不可能だろう。


「仕方ありません。交渉は決裂ということでよろしいですか」

「当たり前だ! 追放された無能王子と交渉することなんざ何一つない!」

「特に訂正する気はありませんけど……もう僕は王子ではありませんよ」

「では……なんだと言うのだ小僧」


 そのドハウの言葉に、アドニスがゆっくりと口角を上げた。


「ドラグレイクの地で独立した新国家――〝ドラグレイク竜王国〟の王――と名乗るつもりです」

「愚かな……まさかクロンダイグ王国から独立し、反旗を翻す気か!?」

「その通りです。そして――このサリエルドは是非とも我が国に迎え入れたいと考えていまして。もしドハウ様が協力してくださるなら話は早かったのですが」

「ふざけるな!! 国という物はそんな簡単に作れるものではない! それにここを迎え入れるだ? 馬鹿も休み休み言え!」


 アドニスの言葉に激昂したドハウが立ち上がった。


「簡単な道ではないのは分かっています。ですが、一歩踏み出さないと……夢は夢で終わってしまう!」


 アドニスが一歩も引かず巨体のドハウを睨み付けた。


「貴様の行為……クロンダイグ王国に対する反逆とみなして――領主権限で処刑する!」

「処刑? 貴方自らがやるのですか?」

「くくく……例えどんな力で魔物を操ろうが……貴様さえここで殺せばそれで話は終いだ!! 時期に王国から討伐軍もやってくる! 貴様はもう終わっているんだ!!」


 ドハウが手をパンパンと鳴らした瞬間――ドハウの背後に気配。それは、黒いフードを被った暗殺者らしき姿だった。


「くくく……俺が無策で貴様を招き入れるとでも思ったか!」


 ドハウは万が一の為に刺客を潜ませていた。話がどうなろうと――アドニスはこの場で殺す気だったのだ。


「言葉を返すようですが……僕が無策でここに来るとでも?」


 ドハウの背後でどさりと何かが倒れる音がして、彼が振り向くと――床の上には、その暗殺者が事切れて横たわっており、その横に血塗れのメイドが立っていた。


「――練度が甘すぎますね。この程度の伏兵で良い気になるのは百年早いかと。アドニス様、この館内の戦力は全て――


 そのメイドの無感情な言葉に――タレットの言葉にドハウが怒りのあまり顔を真っ赤にする。


「ば……馬鹿な!?」

「ご苦労様。ついでに、証拠集めもしてくれた?」

「もちろんです。こちらを――」


 ドハウが瞬きしたと同時に、タレットが消えており、気付けばアドニスのすぐ横に彼女は立っていた。


「あ、ありえん!?」

「ふむふむ……なるほど。ドハウ様……これらの会計書類や手紙はなんでしょうか? 派兵に関する会計やミルムース村を潰す旨が貴方のサイン入りの直筆で書かれてありますが。おや、村人は皆殺しにして、女子供だけは生かして性奴隷として売る算段も立てていたのですね。更に塩鉱や鉱山を丸々奪うつもりだったと。随分と非効率的で……最低なやり方だ」

「な……! そ、それをどこで……」

「これが決定的な証拠になりますね。そしてあまり荒事は好まないのですが……いい加減僕もお前のような外道と話すのも嫌になってきた」


 アドニスが怒りを滲ませた言葉を吐いた途端――ドハウがその腕を振りあげた。


「死ね!! 俺を舐めるな!!」

「――ユグ」

「はーい」


 ドハウが腕をアドニスへと振り下ろそうとした瞬間――その腕に無数の蔦が絡まっていく。


「なに!? なんだこれは!?」

「だから、無策でここに来るわけがないと言ったのに」

「な……やめろ……!!」


 蔦がドハウの巨体を包んでいく。


「やめ……! 助け……」


 そこには既にドハウの姿はなく――巨大な植物の集合体が生えていた。


「……死んだのか?」


 アドニスがそう聞くと、ユグドラシルが首を横に振った。


「殺してないよ? 宿り木の養分として生かしてあるからね」


 さらりと恐ろしいこを言うユグドラシルに、アドニスが笑って良いのかどうか分からなかった。


「……生きたまま植物の養分にされてるか……」

「あれだけ太ってたら……死ぬまで十年は掛かりそうだね」

「部屋の中だと邪魔だからあとで適当な場所に植え直しといてくれ」

「はーい!」


 ユグドラシルの元気な声にアドニスは頷くと、さてどうするかと思案した。どうせ、こうなることは織り込み済みだ。アドニスは既に邪魔する者を排除することに躊躇いはなかった。とはいえ、相手が外道であれば……だが。


「タレット。新しい領主候補は?」


 アドニスは、ドラグレイクの地を開拓することで手一杯だったし、いきなりこんな大きな都市を治めるのは難しいことは分かっていた。なので。このサリエルドに関しても表向きはまだクロンダイグ王国に所属している風に見せかけ、代わりに話の分かる領主へとすげ替えることにしたのだ。


「能力があり、かつ王家の影響が少なく、道理の分かる人間となると限られてきますが……このサリエルドの商人ギルドのマスターが適任かと思います。能力は申し分なく、住民や商人からの信頼はドハウよりも高いです。利で動く男ではありますので、交渉すれば問題ないかと」

「ならば、彼にお願いしよう。そのための根回しは」

「少しだけ御時間いただければ――」

「ありがとう、タレット。頼むよ」


 アドニスの言葉に、タレットが頭を下げた。

 

「かしこまりました。また領主が決まり次第、ドラグレイクへと挨拶に向かわせます」

「そうだね。さっきちらっとドハウが言っていたけど、討伐軍? がやってくるそうだけど……」

「それに関しては情報を仕入れていますが、おそらく一ヶ月近くは動きがないかと思われます。更に大規模な派兵となると、このサリエルドに到着するのにも一週間以上は掛かるでしょう。それまでに根回しは済ませておきます」

「よろしくね。じゃあ、ユグ、戻ろうか」

「うん!」


 こうしてサリエルドは静かにだがゆっくりと、ドラグレイク竜王国へと取り込まれていくのだった。


 そして街の中央広場に出現した謎の植物オブジェも、最初は気味悪がられていたが、やがて住民に受け入れられ、数年後にはすっかりに街の風景に馴染んでいた。


 まさか、中に元領主であるドハウがいることを知る者は――誰もいなかった。

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