第21話:迷いは消えた
クロンダイグ王国東端、サリル地方――城塞都市サリエルド。
古くから交易の要として使われていた都市だけあり、中は活気で溢れていた。通りには、様々な国の商人が露店を出しており、また扉が開けっぱなしの酒場から、昼間から男達の喧騒が響き渡っていた。
「なんかこうやって人の都市を歩くのは久々かも! 大体いつも、プチッと潰しちゃうから」
そう言って、緑髪の少女――ユグドラシルが目を輝かせながら、その街並をキョロキョロと興味深そうに見つめていた。
「うん、僕もこういう街は好きだよ。王都はとても静かだからね」
その隣を歩く、フードを目深に被ったアドニスが柔和な表情でユグドラシルに答える。
アドニスは街が好きだった。孤独で、いつも誰かから蔑みの視線を浴びる王宮内と違って、街中では誰も自分を気にしない。それが――何とも心地良かった。
もちろんドラグレイクに行ってからは、そういう視線はなくなり、逆に期待や尊敬、畏怖などといった感情に触れるようになった。だけど、気恥ずかしさと、自分はそこまでの人物ではないという気持ちがあって、やはり落ち着かなかったのだ。
「でも、お兄様はすっかり魔王扱いだね! 竜王だって訂正しないと」
それはサリエルド内の何処に行っても話されている噂だった。ドラグレイクの地に魔王が降臨したというその噂を最初聞いた時、アドニスは驚き、そして苦笑した。確かに、傍から見ればそう感じるのも無理はない。
「まあ、その辺りはおいおい……。さて、領主がどう出るかだけど……穏便に済むと良いんだけど」
「無理だろうね~。タレットの報告だと、子飼いの軍隊を全滅させられたことについて
まるで――そうしてくれと言わんばかりにユグドラシルが目を輝かせた。
アドニスは知っている。彼女が本気を出せば、おそらく一人でこの都市を完膚なきまでに潰滅させることが出来ることを。
「はあ……開拓しているだけなのだから放っておいてくれたらいいのに……」
「殴られたら殴り返す。それしかないよ」
「そうなんだけどね」
既にこの手はべったりと血で汚れている。そんな事は分かっているが、やはりどこかで、自分は致命的な間違いを犯しているのではないかと、思ってしまう。
今、こうしてサリエルドにこっそり来ているのも、ドハウ領主を完膚なきに降伏させるためだ。それはアドニスとタレットが両者で話し合い出した結論であり、それが正しいことも分かっているのだが……。
どこかで、モヤモヤしている自分がいた。それが何によるものなのか分からず、少し苛立つ自分がいるのが嫌だった。
そんな風に思い悩むアドニスをユグドラシルが見上げる。そして彼女はアドニスの手を握ると、街の中央部へと続く階段の方へと引っ張っていき、そこに座った。
「どうしたのユグ? 疲れた?」
相手が竜であることを忘れ、そんなことを言ってしまうアドニスだったが、ユグドラシルはまっすぐに彼の目を見つめた。
「お兄様。お兄様は――
「ん? いや、ドラグレイクの地を開拓して……」
「開拓して……ミルムース村を領主の搾取から救って……独立させて……国を作るの?」
「……必然的にそうなるね。勿論そうなったら父上は怒り狂うだろうから……その対策もしないとだし」
「お兄様は、本当にそれを望んでいるの? 全部――
ユグドラシルの言葉に、アドニスが目を丸くした。
「……へ?」
「ユグは、何人もの竜王を見てきたけど……アドニスはなんだか無理をしているように見える。理屈や効率、論理的にそうすべきだからそうしているってだけで……本当はどうしたいのか、何を考えているのか分からないよ。それがなんだか……見ていてユグは辛い」
その言葉に、アドニスは何も返すことができなかった。
「開拓なんて本当はしたいの? 独立して国を作る理由はそれだけ?」
「それは……」
アドニスはそこでようやく――自分の内にあるモヤモヤの正体について分かったのだ。
そうか……僕は全部――やらされていただけなんだ。その中で最適解であったりなんだりを選んできたつもりだった。ただ、それだけだった。
「別にね、開拓なんて投げ出して旅に出たっていい。王や他の王子がムカつくなら、ユグやティアマトの力を使って復讐したって良いんだよ? だからね、お兄様は――本当はどうしたいのかなって」
「どうしたい……か。そういえば、そんなこと考えたことなかった」
息の詰まる王宮での生活があまりに長すぎた。唯一、賢者との語らいが一番楽しい時間だったが、それももはや叶わぬ夢だ。
「竜王の力は否が応でも世界を動かす。世界が動くと沢山の命が消える。それに責任なんて感じなくても良いけど……せめて――他者を動機にするのは止めた方が良いとユグは思う」
「ああ……そうだな。その通り、その通りだよ、ユグ。僕は全部……誰かのせいにしていた。どこか他人事だった」
だから、きっと……何も感じなかったのだ。初めて人を殺めたことも――大量の兵士を殺したことも。
何かの、誰かの為という言い訳をしていた。
「それじゃあ、駄目だな。全然駄目だ」
「それでもっかい聞くけど――お兄様はどうしたいの?」
「僕は――」
その言葉の先には色々な思いがあった。父や兄達が憎いのは確かだった。そして村へと水路を引いた時や、サリエルド軍を退けた時の村人達の笑顔。
グラントやスコシア達の献身。
そういう色々なものが混じり――そして言葉として出てきた。
「僕は――自分が相応しいか分からないけどやっぱり……
「うん」
「父や兄やこの国が憎い。だけど、決してそれだけじゃない。僕の、いや竜の力は決して破壊をするだけの為にあるわけではないはずなんだ。だから――国を作る。僕と竜の力によって、全ての民が平等に、平和に暮らせるそんな国を作り、それを護る。それがきっと僕にこのスキルが与えられた意味なんだと思う」
「うん!」
ユグドラシルが笑顔になっていく。
「それが、混じりけのない僕の本意だ。父達に直接復讐をって気持ちはないと言ったら嘘になるけど、そこまでの気持ちは正直今はないかな。だから戦わずに済んだらそれに越した事はないけれど……そうではないのなら容赦はしない」
その迷いが消えたアドニスの顔に、ユグドラシルが頷いた。
「じゃあ、もう大丈夫だね。お兄様はもっと堂々と、好き勝手やれば良いんだよ。心配しなくても、
「ああ。ありがとうユグドラシル。おかげで――吹っ切れた」
そうしてアドニスが立ち上がると、前髪を掻き上げて、後ろへと撫で付けた。
「さあ、領主の下に行こう。場合によって……この街を制圧する」
「了解! 心配しなくても、ちゃんと無関係の人とか建物とかには傷一つ付けなくやれるから」
「心強いよ、ユグ」
そう言って、アドニスがユグドラシルの頭を撫でた。
彼のその目から――既に甘さと迷いは消えていた。
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