第45話:竜を喰らうは……


 〝崩壊の日〟から数日――ドラグレイク領、サリエルド。


「タレット!」


 アドニスが正門にタレットがやってきたという報せを受けて、すぐに駆け付けた。


 彼が到着するとそこには、全身に怪我をして血塗れのタレットが横になって応急治療を受けていた。


「アドニス様……すみま……せん……私が間違って……いました……」

「喋らなくていい! すぐに治療院に運んでくれ!」


 アドニスがそう指示を出すと、タレットがアドニスの腕を掴んだ。


「待っ……てください……アドニス様……」

「どうしたタレット」

「すぐに……うっ……報告しな……いと……いけないことが……」

「後でいいよ、タレット。今は治療に専念するんだ!」

「シエ……ンについて……話さな……」


 その言葉の途中で、タレットが気絶する。


「早く治療しないと……そいつ死ぬぞ。そいつの言いたいことは私が把握してる」


 そんな声がアドニスの背後から掛かってくる。彼は素早く杖を抜いてそちらへと向けた。


「敵じゃない……一体誰がその死にかけのメイドをここまで運んだと思っているんだ?」


 そこに立っていたのは――あの王都の東門で出会った褐色の少女だった。


「君は……!」

「私はグラッサ。砂老国の使者でもあるから……丁重に扱ってほしいね」

「……案内します」


 アドニスはタレットの治療について指示を出すと、砂老国の使者であるグラッサをサリエルドの領主の館へと案内した。


「良い館だな」


 少女がふてぶてしい態度で、来客用の椅子に座り、出された紅茶を啜った。


「それで、貴女は……何者なんでしょうか」

「砂老国の使者だと言った。正確に言えば、守人だけどね」

「守人?」

「ああ。砂老国は古い古い歴史を持つ国でな。私はその歴史と知識と……を守る者として選ばれた」

「……なぜ、あの時王都に?」


 アドニスが慎重に質問していく。聞きたい事は山ほどだった。


「あんたを密かに監視していたからだ。本当に……竜王に相応しいかどうか」

「なぜ……助けたのですか」

「お前に死なれたら……いや死ぬという表現は違うな……そう、お前に本気を出されたら、まだ困るからだ」


 グラッサがそう言って、ぐいっと紅茶を飲み干すと、おかわりを要求した。


「良い水を使っているな。お茶が美味い」

「ありがとうございます。僕が本気を出すと困るというのは?」

「……全部説明するのがめんどくさいが、一つだけ言えることは、クロンダイグを滅ぼし王城を乗っ取った奴等は、この大陸……いやにとっての大敵だ。そしてそれを倒す為にはお前の力がいる。だが、力を出すべき時期は今ではなかった。だから助けた」


 アドニスはその言葉の意味が分からないながらも、理解をしようと努力する。とにかくキサナギのやったことは……決して人の所業ではなかった。


「奴等とはキサナギのことですよね?」

「それは上辺に過ぎないよ。あれらは、桜舞帝国キサナギという皮を被った……バケモノだ。放っておくわけにはいかない。奴等の討伐、それが君と竜姫に与えられた役割だ」

「つまり砂老国も……彼等――とりあえずここでは帝国と呼びますが、彼等を危険視していると」

「その通り。特に今回の【天魔】は厄介だ。明らかに暴走している。こんなに早く大陸に侵略してくるなんて……」


 グラッサがため息をつく。


「まるで……こんなことが何度もあったかのような物言いですね」

「実際にあったからだよ。歴史書には載っちゃいないけどね。良いか竜王。この星に、こうして天魔と竜王が現れたのは――今回を合わせてだ」


 その言葉に、アドニスが驚くと共に納得もした。かつて竜王が何人もいるのは知っていた。


「良いか、天魔はこの星にとっては異物だ。見ただろあいつらを? 明らかに異質な存在と力を有している。奴等に対する抑止力として竜姫は生み出され、そしてそれを束ねる者として竜王が生まれた。それらを砂老国はずっと中立的な立場で見守ってきたんだ。だが、今回はあまりにこれまでと違い過ぎる。だから私の判断で中立を破り、君に加担した」

「……なぜ、敵と分かっているのに、これまでは中立だったのですか?」

「我らにも理由はある。今、話すことではないが、それが我らの罪であり罰である」

「分かりました。僕としては味方は多い方が良い。砂老国の協力は歓迎ですよ」

「勘違いして欲しくないが、砂老国ではなく、私個人として協力すると言っている。我らが国として動けない理由がある」


 グラッサの言葉にアドニスが頷く。


「それでも……少しでも情報を多く保つ貴女が協力してくれるのは助かります」

「あまり、アテにしてくれるなよ。歴史は大事だが、これからの戦いにはさほど役には立たん」

「……それでも、タレットをここまで運んでくれたことは感謝します」


 アドニスはそう言って頭を下げた。その様子を見て、グラッサがぽりぽりと頭を掻いた。


「あいつは王都……いや今は魔都と呼んだ方が相応しいな、そこから脱出しようとして……追っ手にやられたところを私が救った」

「シエンは……白髪の少女は一緒ではなかったですか!?」


 アドニスが前のめりになるが、それを見て、グラッサが目を細める。その様子に不穏な気配を彼は感じた。決して……朗報ではなさそうだった。


「……やはりその話をしないといけないか」

「……何の話ですか」

「あのメイドがあんたに伝えようとしたこと。人間にしては、優秀なあのメイドが命を狙われ、殺されかけた理由だ」


 グラッサが一拍置いて、語った事実は、何よりもアドニスに衝撃を与えた。


「――部下に、あのメイドを追って殺すように命じたのがお前の言う白髪の少女……シエンだ。彼女の正体は桜舞帝国キサナギの姫、シエン・百夜だ」

「……馬鹿な。何の話ですか……どういうことですか!」

「だから言ったんだよ。今回の天魔は常軌を逸していると! わざわざ力を一時的に封印して、まるでただの人間のように振る舞って仇敵である竜王に接近するなんて、信じられるか!?」


 グラッサが怒り混じりの言葉を放つ。


「そんな……まさか……だって」


 シエンは……無邪気で、自由奔放で……あんなことをしでかす子ではない。そう言おうと口を開きかけて、しかしアドニスはシエンと初めて出合った時のことを思い出す。


 餓鬼の群れの真ん中で……彼女は無傷だった。


 運が良いからと言っていたが……冷静になればそんなわけはない。


 だが、彼女があちら側だったとすれば……つまり……


「餓鬼を発生させたのは……彼女だった」

「その通り。まあ、おそらく部下の術だろうがね。要するに危機を装ってお前が助けるのを待っていたのさ」

「なんで……」


 うなだれそうになるのをアドニスは必死に抑えた。王が、弱気なところを見せてはならない。


「狂人の考えは私にも分からない。だが、お前の実力を見たかったのだろうさ。気付かないのも無理はないさ。あの時点で彼女は……本当にただの小娘だったからな。もし気付いて殺していれば……全ては解決していた。まあ、今さらだがな」


 そう言って、グラッサは話が済んだとばかりに立ち上がった。


「奴等の動きを見る限り、すぐにこちらへと侵略を開始するわけではなさそうだ。しばらくは……平和だろうさ。まあロールフェルト都市連合辺りは災難だがな」

「……シエンを……僕が倒さないといけないのですか」

「そうだ。必ず……戦争になる。大戦争になる。それまでに力を蓄えろ、残りの竜姫を呼べ。そして白聖国と手を組むんだ。奴等に君達が負けたら――この星は終わる」


 立ち去ろうとするグラッサの背中へとアドニスが声を掛けた。


「最後に教えてください。【天魔】とは……何なのですか」

「……【天魔】とその部下である六人の異形〝六道衆〟は……竜王や竜姫の登場によって劣勢となったかつての魔物や異形達が造り上げた、〝対竜王・対竜姫〟の力だ」

「対……竜王と対竜姫……」

「そう。奴等は喚び寄せてしまったのだよ。奴等がやってきた異次元の世界の理を、異次元の異形を」

「理……」


 グラッサが背中を向けたまま、その言葉を放った。


「〝天魔とは竜を喰らう者……それはすなわち――大蜈蚣おおむかでなり〟」



☆☆☆



 旧王都ザレド。


 そこは既に人の気配なく、魔物と異形が蠢く魔都と化していた。


 崩壊しかかった王城の玉座に座るのは、白髪の上に禍々しいティアラを付けた、麗しき少女――シエンだった。


「しかしドラグレイクはどうしますか? 砂老国の入れ知恵があると厄介ですぞ姫様」


 玉座の横に立つ黒髪の青年――アゥマの言葉に、シエンがむっとした顔をする。


「姫は止めなさい、アゥマ」

「おお、そうでしたな、今や女帝でしたな」

「まさかこのお遊びの遠征中に父が死ぬなんてね……


 シエンとアゥマが同時に笑った。


「怖や怖や……本国は上へ下への大騒ぎですぞ」

「知らないわよ。あんな国、もはやどうでもいいわ。【天魔】の力と貴方達の力があれば……恐るるに足らずよ」

「まさか大陸に来て、本国を捨て、国を造るなどと言い出すとは……いやはやシエン様はこのアゥマの想像を上回ることばかりなさる」


 シエンの背後には――羽織っている振袖と同じ、ムカデと花の紋章が入った旗がはためいている。それが、自ら国を作った竜王に対する対抗心であることをアゥマは良く分かっていた。


「私の〝百夜帝国〟が本当に百夜で終わらないように……せいぜい力を蓄えましょう」

「御意。まずは……〝ロールフェルト都市連合〟、そして〝白聖国ルア・ククア〟の制圧ですな」


 シエンが立ち上がると、ムカデを模した大剣を手にした。


「制圧? 違うわアゥマ――。さあ、我が愛し子達よ――進みなさい。まずはロールフェルトを食い潰すわよ」


 そう言って、シエンが大剣を振り下ろす。その号令と共に――六道衆率いる魔物の軍勢が進軍を開始した。


 レダルシア大陸における〝第六次天竜戦争〟の火蓋が、切って落とされたのだった。


 この戦いにおいて、アドニスとシエンは――幾度となく刃を交えることになる。



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