第40話:閃剣と山颪


「へ、陛下! 十二番地区にも同様に襲撃が!! 更に王都西方に陣地を構えた帝国軍が動いたとの情報も!! すぐに対応しないと、王都が!」

「黙れ……見れば分かるわ!!」


 ハルヴェイがバルコニーの手すりを叩く。その顔には屈辱的な表情が浮かんでいた。


「ありえない……動きが早すぎる。アドニス様、すぐに脱出しましょう。こんな事態は想定していません」


 タレットがアドニスの手を取った。しかし、アドニスは動かない。


 脳裏によぎるのは、あの餓鬼によって作られた凄惨な現場だ。


 あれ以上のことが今、王都各地で起きている。そしてそれが帝国軍の仕業だとすれば……それはもはや。ならば……親子同士で争っている場合ではない。


「父上、王都に危険が迫っています! 何万人という人の命が!」

「だからどうした!!」


 ハルヴェイがそこで始めて、感情をアドニスに叩き付けた。その顔に怒りと憎しみで歪んでいる。


「どうしたではありません!! これから打って出るのであれば、僕にも手伝わせてください!! 戦力を少しでも多い方が良いでしょう⁉」


 その言葉は、自然と出てきた。


 勿論、目の前の父親を許す気はない。和解する気なんてさらさらない。


 だけど――目の前に迫っている危機を見て……少なくとも自分の恨みや怒りとは全く関係ない王都の住民達が苦しんでいる最中に、自分だけ逃げるという選択肢はアドニスにはなかった。


 それが王として愚かな選択だと理解していても。


「アドニス様! いけません! どう見てもここは死地となります! すぐにドラグレイクへと帰還し対帝国の準備をしなければ!」


 タレットの言葉は良く分かる。それが最善であり、ドラグレイクの王としてそうすべきということも分かっている。


 だけど。


「……僕とカグツチは残る。タレットは先に帰還してすぐに警戒するようにみんなに伝えて」

「アドニス様!」

「――いらぬ。貴様も、貴様の部下もな。さっさと尻尾を巻いてそのお粗末な国とやらに帰るがいい」


 ハルヴェイはそう呟くと、そのままバルコニーから謁見の間へと戻っていく。


「父上! なんであんたは……!!」


 アドニスが叫ぶ。


 なんであんたはそうまでして……!!


「くどい――貴様ら、何をしている!!こいつらは我が国に徒なす逆賊だぞ。さっさと殺せ!!」


 ハルヴェイの言葉と共に、兵士達が我に返ったとばかりに槍を握り直した。


「もう、この馬鹿親子!!」


 タレットが袖から隠し刃を出しながらそう叫ぶのも仕方なかった。


「ちょ、ちょ、ヤバいですってこの状況!!」


 カグツチの背中に隠れていたシエンも流石に声を上げるも、状況は最悪だった。


 アドニス達はバルコニーで兵士達に囲まれつつあった。


「……父上!!」


 アドニスのその悲痛な言葉に、しかしハルヴェイは応えず去っていった。


「突破するしかあるまい。これは想定済みかタレット」


 唯一、余裕そうな態度のカグツチの言葉に、タレットがため息を返す。


「そんなわけないでしょう。ですがそれしかありません」

「……父上」


 アドニスがそう呟き、【竜纏い】を発動させたのが、合図となった。


「うわああああ!!」


 兵士達が突っ込んでくるが、その上を軽やかにアドニス達が飛び越えていく。シエンはカグツチに抱えられており、その顔にはもはや何とでもなれとばかりに、諦めたような表情が張り付いていた。


 謁見の間に入ると、既にハルヴェイは姿はない。その時、謁見の間の入口から一つの影が飛び込んで来る。


「……アドニス!? なぜここに!?」


 それは剣を抜いており、返り血を浴びた姿の青年――キールだった。


「キール兄さん!?」


 キールがここにやって来たのは、決してハルヴェイの身を案じてではない。


 この謁見の間には王城から外へと繋がる隠し通路があり、そこから脱出しようとやってきたのだ。既に、魔物の軍勢は王城内にまで侵略していた。


 だがいざ来てみれば、そこには追放された弟がおり、兵士達に追われている。だからこそ、キールの判断は素早かった。なぜ、弟がここにいるか分からない。この状況でこの弟が味方かも分からない。


 だから――。これまでもそうしてきたし、そしてこれからもそうするだろう。


 それこそ、【閃剣】のスキルの神髄でもあった。


「っ!!」


 キールの剣が閃き、刃がアドニスの首へと迫る。それは、竜纏い状態のアドニスですら反応しきれない速度であり、だからこそ――


「やらせん」


 カグツチは剣を抜かざるを得なかった。剣同士がぶつかり合い、悲鳴のような甲高い音が響く。


「馬鹿な!?」


 神速の一撃を見知らぬ女に防がれたことにキールが驚愕する。同時に、カグツチが剣を抜いたことで、放り出されたシエンが絶叫した。


「ぎゃあああ!」

「シエン!」


 アドニスがシエンへと手を伸ばすと同時に、キールが剣を翻した。


「なんであたしいいいい!?」


 キールの剣がシエンを狙うが、アドニスが咄嗟に彼女を押したおかげで、間一髪その刃は、彼女の髪を数本斬り飛ばしながら二人の間を通過する。


「なぜ弱い者を狙う!!」


 カグツチが激怒しながら剣をキールへと振るおうとした瞬間、肌が粟立つ感覚。


「カグツチ!!」


 それは――真上から振ってきた巨大な斬撃だった。轟音と共に、謁見の間を真っ二つに切り裂いていく。


「なんだ今のは!?」

「シエン!!」


 通り過ぎた斬撃が、謁見の間の中央に大きな断裂を生んでいた。バルコニー側にアドニスとカグツチそしてタレット。アドニスが押したせいで入口側にいってしまったシエンとその側に立ち、何が起こったか分からずに戸惑うキール。


「アドニス様! このままだとここが崩れます!」


 タレットが叫ぶも、アドニスとカグツチが立つこのバルコニー側は、謎の斬撃によって城から切り離され、今にも崩れ落ちそうになっている。三人が入口側にいるシエンを助けようと力を足に込めた、その瞬間。


「危ない危ない……。全く、相変わらずその力は厄介ですね。視認してようやく気付きましたよ」


 上からそんな声と共に、小さな影が振ってきた。そしてその影がカグツチの姿を見て、声変わりしていない少年特有の声で呟いた。


「ん? なんだ誰かと思えば……カグツチじゃないか。ま、とりあえず、君達は死ぬといいよ」


 それは金髪の、人形のように整った顔の少年であり、真っ赤に染まった瞳と頭の左右から突き出た金属質の角、何より薄く笑った際に口から覗く牙が、彼が人間ではないことを物語っていた。


 少年が無造作に、手に持っていった細長く湾曲した剣――刀と呼ばれるキサナギ独特の剣をアドニス達へとまるで枝でも払うかのような軽さで薙いだ。


「っ!! まずい!!」


 カグツチが焦ったような声を出すと同時に、目の前に迫る巨大な斬撃へと剣を振るう。


「吹っ飛べ――〝斬山颪きりやまおろし〟」


 少年の声と同時に――斬撃が破裂。


「アドニス君!」


 斬撃が猛烈な風となって周囲を破壊していく。アドニスが、足場が崩れ飛ばされそうになったタレットの腕を掴む。カグツチが剣を振って暴風を消そうとするが、それは一瞬だけ風を掻き消すだけに過ぎなかった。


 だがその一瞬で、アドニスがタレットを抱き抱え、カグツチが剣を捨てその二人を両腕で掴む。


「シエン!!」


 アドニスが叫ぶと同時に暴風が再び巻き起こり――三人はシエンを残してバルコニーごと、王都の空へと吹き飛ばされたのだった。

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