第41話:〝鬼鎧〟
「とにかく、まずは降りるぞ」
カグツチがアドニス達を抱えながら、王都の空を落下していく。真下には王城の城壁があり、その向こうに見える王都の街並は混乱の極みであり、人々が逃げ惑い、それを餓鬼や餓鬼をそのまま巨大にしたような姿の魔物が追い回していた。
カグツチが迫る城壁に手のひらを向けて、爆炎を放つ。その反動で落下速度は弱まり、三人は倒壊しかけている城壁の上へと着地。
「シエンを……シエンを助けに行かないと!」
焦りの表情を浮かべたアドニスがすぐに王城の方へと走ろうとするのを、タレットが制止した。
「アドニス様いけません!」
「止めるなタレット! シエンを巻き込んでしまったのは僕達だ。彼女を見捨てることなんてできない!」
「アドニス様! 貴方はドラグレイクの王ですよ! この状況、既にクロンダイグ王国は
タレットが感情を露わにして、アドニスの肩を掴む。その必死の形相を見て、アドニスは少しだけ冷静になれた。
「……すまないタレット。少し、気が動転していた。だけど、やっぱりシエンを放ってはおけないよ。僕の仲間と思われているシエンが丁重に扱われるとは思えないし、何よりあの場にはキールも、正体不明の化け物もいる……。カグツチ、あの少年が誰か分かるか?」
アドニスが周囲を見渡していたカグツチの方へと身体を向けた。しかし、彼女は力無く首を横に振る。
「いや……だがあの力。間違いなく、キサナギの者で、あの九尾の仲間だろう」
「だよね。どう考えてもシエンが危ない」
「……誰も彼女を見捨てるとは言っていません」
そのタレットの言葉に、アドニスが振り返った。
「どういうこと?」
「アドニス様はこのまま王都から脱出を。もはや私が用意していた脱出路は使えないでしょうが、カグツチ様が護衛に付いているなら何とでもなるでしょう」
「タレットは?」
「私が、あの小娘を救援して参ります。元々、単独で隠密行動をするのが最も得意ですから」
「でもこの状況では……危険だ」
アドニスもタレットの能力を信じていないわけではない。だが、あの城には竜姫達と並ぶ力を持つ化け物がいる。しかし一人だけはない。あの九尾もきっとどこかにいるのだろう。そんな場所に、自分の我が儘で本当に行かせて良いのだろうか。
しかし、そのアドニスの迷いを見抜いたタレットが微笑んだ。
「覚悟の上ですよ、アドニス様。今はそれが最善手と考えます。とにかくアドニス様はいち早く脱出を」
「……分かった。くれぐれも無理はしないで」
「勿論です。私は、許容範囲外のことはしない主義なので――それではまたサリエルドで」
そう言ってタレットが笑うと、フッとその姿が消えたのだった。
「面白いスキルだな。私の知覚からも消えている」
「……まずは脱出だ。出来れば、道中の魔物はなるべく倒していこう」
少しでも被害が減るように。そのアドニスの想いに、カグツチが頷いた。
「了解だ。少し――本気を出す」
頷きあった二人が、王都の東門がある三番地区へと向けて疾走を開始した。
☆☆☆
王城――正門。
既に打ち破られた正門前は、そこは守る守備兵や騎士と、攻める魔物の群れが入り乱れる戦場と化していた。戦力的には王城側が勝っているが、数は劣勢であり、その優位を活かせずにいた。
一人、また一人と騎士達がやられていき、そして餓鬼と化してこちらへと牙を剥けてくる。
「ええい、怯むな!」
侵入してくるのは餓鬼達を剣で払いながら、クロンダイグ王ハルヴェイが部下の騎士達を叱咤する。
「――王!、あちらから新たな敵が!」
部下の示す方向をハルヴェイが見ると、そこにはキサナギ独特の重鎧である、朱色の甲冑を全身に着込んだ姿の異形――鎧武者達がこちらへと向かってきていた。身の丈ほどの巨大な曲剣を担いでおり、兜の隙間から覗く青い炎を見るに常人でないことは分かる。
その重装備は城壁の上の弓兵から放たれた矢を弾き、安易にその前に飛び出した守備兵が為す術なくその凶刃の下に伏していく。
「あれはまずいな。魔術師隊は何をしている!?」
「それが……魔術師達はベラノ王子派が多く、王子がいないせいで、まとまっておらず……」
「役立たずどもが!」
ハルヴェイが怒りのまま吼える。若かりし頃の彼なら、きっとこんな状況には陥ってなかっただろう。もっと慎重で狡猾で……なにより柔軟だった。
しかし覇王と呼ばれ、この大陸の西部から中央部までを制覇した時点で、彼は燃え尽き掛けていた。
「王だけでもお逃げください! これ以上は保ちません!」
「俺の引き際を貴様が決めるな!」
部下の制止を振り払ってハルヴェイが、最後の火を燃やして、鎧武者へと騎士達を率いて突撃する。
「我が剣、衰えたなどと言わせぬぞ!」
ハルヴェイが大剣――かつて彼が辺境を旅した際に討伐したファイアードレイクの牙を元に作った聖剣〝アズガロス〟――を振るう。その一撃は速く、何より重かった。それは先頭にいた鎧武者の剣を弾き、そのままあっけなく兜を叩き割った。
「……馬鹿な!」
しかし兜が叩き割られた鎧武者は怯むことなく、反撃を行ってくる。
「王! こいつら……中見がありません!」
見れば、部下の騎士が斬り飛ばした鎧武者の腕甲の中身は空っぽであり、目の前の頭部のない鎧武者も首の部分には何もなく、ただただぽっかりと黒い闇が覗いていた。
「やはり魔物か! まずは足を狙え! 動けなくするのが最優先だ!」
ハルヴェイが指示を出しながら、後退していく。どれだけ急所に当てようと止まらない鎧武者に、有効な手段を見つけられないでいた。
そんな様子を正門の外側から見ていた影が、口角を歪ませた。
「おや……? おやおや? 誰かと思えば……国王自ら、我が作りし〝鬼鎧〟に挑むとは……老いたかクロンダイグ王。最後の灯火を燃やしてなんとする」
それは、長い黒髪に狩衣を着た男――アゥマだった。
今、王都を蹂躙している魔物達の殆どがアゥマの陰陽術によって召喚されたものであり、甲冑に擬似的な命を宿した〝鬼武者〟も例外ではない。
「ふむふむ……竜王は東へと逃げている最中と」
アゥマが半透明の地図を取り出し、それを見ながらブツブツと呟いていた。
「このまま竜王を逃すのは、流石に盛り上がりに欠けますな。ふふ、ならば――」
アゥマが地図を仕舞うと、ゆっくりと戦場へと向かっていく。その濁った瞳の先には――必死に戦うハルヴェイの姿があった。
「息子と仲違いのまま殺すのは流石に我も心が痛い……くくく……その最後の灯火、
邪悪な笑みを浮かべたアゥマの独り事はしかし、戦場の音に掻き消されたのであった。
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