第42話:残火の騎士王


 王都――三番地区、東門。


 そこは王都外に逃げようとする人々と、門を守る守衛と魔物達が入り乱れる地獄と化していた。


「カグツチ! そっちに一匹!」

「分かってる!」


 アドニスとカグツチが人々を襲う餓鬼を斬り伏せていく。なぜか、アドニス達が到着してからは餓鬼達の数が増えず、二人の圧倒的な力によって徐々にその数が減っていった。


「……急に餓鬼の数が減ってきたぞ!? 今のうちに避難させろ!」


 守衛達が門を全開にして人々を外へと誘導する。王都東側に広がる平原には敵がおらず、そこには東へと避難民の行列が延びている。


「だいぶ片付いたと言いたいところだが、アドニス君、新手だ」

「減ってきたとはいえ、キリがないね」


 王都中央部から、赤い甲冑の〝鬼鎧〟の一団が餓鬼を引き連れてこちらへと向かってきていた。


「【竜王】の力で、魔物の発生を防げているから少なくともこの周辺一帯で増えはしないが……あまりにこの王都は魔力が濃すぎる。明らかに異常だ」

「タレットとシエンが脱出できるように少しでも少なくしておかないと」


 アドニスが杖から水刃を放ち、餓鬼の群れを切り裂いていく。カグツチは道中で拾った剣に炎を纏わせ薙ぎ払っていた。


「エルサルドに連絡は?」

「さっき、声を【竜化】させて送ったよ。ヨルムンガンドに頼んであの急造山脈の街道も広げさせる。出来る限りサリエルドで避難した人々を保護しないと」

「そうだな。あいつらもこの事態に気付けばすぐに嬉々として自ら救援に来るだろうさ」


 カグツチが、留守番をしていた他の竜姫達のことを思い浮かべ、笑った。


「とにかくここの奴らを一掃して、次は外に出た人々を護りながら東に向かおう」

「了解だ。仕方ない、あまり使いたくなかったが、今は我が儘を言っている場合ではないな――〝出でよ戦いの息吹……その火を剣に、炎を鎧に纏い、我が呼び掛けに応えよ〟」


 カグツチが剣を地面に突き刺すと同時に、彼女の周囲に何本もの火柱が上がった。その火柱はやがて、まるで竜を模したような鎧を着た騎士へと変化していく。


「うおおおおおおお久しぶりの実体だああああああ!!」

「ひゃっはあああああ暴れるぜえええええ!!」

「クソ餓鬼がいるぞ! ブチ殺せえええええ」

「魔物は即殺じゃあああああああ」


 その竜の騎士達がそれぞれ叫びながら、餓鬼達へと突撃していく。その炎剣の一振りはカグツチの物と遜色なく、器用に逃げ惑う人々は避けて、魔物だけを灼き斬っていく。


「……えっとカグツチ?」


 その様子を見ていたアドニスが、説明を求める視線をカグツチへと向けるが――


「何も聞かないでくれ……あれらは戦闘に関しては極めて優秀な眷属だが、他の眷属と同じで言葉は通じない……別の意味で」

「う、うん」


 まるで凶戦士の如く暴れる竜の騎士達を見て、アドニスは納得した。彼等は平和主義なカグツチの眷属とは思えないほど凶暴で、何より強かった。


「だけど、戦力が多いのは助かるよカグツチ」

「ああ。一応私の命令は聞いてくれるから悪さはしない。少々……口は悪いし、何よりうるさいが……」

「そうだね……」


 餓鬼達や鬼鎧と戦闘しながら、何やら叫び続けている竜の騎士達。アドニスは気にしないことにして、戦闘を続ける。


 そんな時、 


「――アドニス君。何か……来るぞ」


 カグツチが中央部へと鋭い視線を向けた。


「――うん、僕も感じる。なんだか……嫌な予感がするよ」

「ああ。あれは……なんだ?」


 二人の視線の先に、赤い物体が現れた。それは超高速で空を飛行しており、燃える悪魔のような翼をはためかすたびに、火の粉を周囲に振りまいていた。


 その正体不明の存在が、アドニス達から少し離れた場所で戦っていた餓鬼と竜の騎士達の戦いへと乱入する。その一撃は爆炎を纏っており、いとも簡単に周囲を地面ごと吹き飛ばした。


「デカいな……それにかなりの力を有しているぞあれ。眷属達では無理だ。王都外の警護に回す」


 カグツチが剣を構えながら、眷属の竜の騎士達に指示を出していく。退避していく竜の騎士達の後ろに佇むそれは、二階建の建物の屋根に匹敵するほどの体躯であり、見た目だけを云えば、鎧を纏った悪魔だ。頭部にはねじくれた角が無数に生えており、アドニスにはなぜかそれが王冠のように見えた。


 手には歪な大剣、背中からはコウモリの翼が生えているが、全身がまるで炭のように燻っており、風が吹くたびに火が吹きだしている。


「ウゴ&%&'%$%&$&%$&$&%アアアア’$’%#(&%#$#アア!!」


 耳障りな叫びと共に、その悪魔が翼を広げた。たったそれだけで爆炎が巻き起こり、周囲の建物が吹き飛ぶ。その視線はアドニス達や門を通り越して、逃げ惑う人々へと向けられていた。


「ほらほら、貴方に失望して民草が逃げていきますぞ。あれは不遜ですなあ」


 そんな胡乱げな声が悪魔の肩から聞こえてくる。それは長い黒髪に、アドニスも見たことのない民族衣装を着た男だった。


「あいつは?」

「わからん。が、おそらくキサナギの手先だ」

「だよね。とにかく、あれが暴れたら大変だ」

「倒すしかあるまい」


 カグツチの言葉に、アドニスが頷く。あの悪魔とその主らしき男の正体は不明だが、野放しには出来ない。


「さあ、貴様の力がどこまで通用するか……見せたまえ――〝残火の騎士王〟よ」

「ウボ’&%’&%’&アアア’&$&$%&’アアアアア!!」


 悪魔――残火の騎士王が吼えると同時に、門へと疾走。


「カグツチ!」


 アドニスの言葉と同時に、カグツチが巨大な炎剣を生成。それを残火の騎士王へと振り払った。それは大地すらも融解するほどの熱と威力を持つ斬撃なのだが、


「ジャマ……するナ!!」


 残火の騎士王が大剣でそれを打ち払った。


「弾かれただと?」

「僕も手伝う」


 アドニスが迫る残火の騎士王へと最大限の魔力を込めて、巨大な水刃を杖から放つ。


「無駄ですなあ」


 そんな声と共に、残火の騎士王が息を大きく吸って、そして吐いた。その瞬間、超高熱と衝撃波がその身体から発生し、アドニスが放った水刃が一瞬で蒸気と化した。


「……っ! 強いよ、あれ!」

「下手すれば竜姫クラスの力だな。しかし……」


 カグツチの目には、攻撃や防御を行うたびに残火の騎士王が苦しんでいるように見えた。身に宿す火に焦がされている……そんな風に感じる。


「アアア%$#%&%&アアア!!」


 残火の騎士王が剣をアドニス達へと振り下ろす。


 爆炎と轟音が響き、周囲が爆散。


「まともに喰らったら私はともかく、アドニス君は危ないな」


 咄嗟に距離を取ったカグツチがアドニスへと警告する。


「うん。参ったな。僕の〝竜法術〟も効かないし……」

「流石にここで私が本気を出しすぎると、被害が余計に増えてしまう。だが人の身で戦うには少々相手が悪いな」


 カグツチはどうすべきか悩んでいた。彼女は自分が本気を出せば、地図が変わるほどの力を持っていることを知っていた。過去に、とある湾内で力を使った結果、火山島が出来たこともあった。あの時は被害はさほどだったが、今ここでそれをやれば、おそらく王都は潰滅どころか消えてなくなってしまうだろう。


「弱点か何かないかな……?」

「あの肩の男が怪しい。私なら熱も火も効かないが、接近を許してくれるかどうか」

「迷ってる暇はなさそうだよ!」


 残火の騎士王が大剣を掲げた。大剣が激しく燃えさかり、その炎は天すらも焦がしていた。


「あれはマズいな!」

「僕は人々を守る。カグツチはあの男を!」


 アドニスが地面を蹴って飛翔し門の上に立つと、魔力を杖へと集中させた。


「いつかスコシアに教えてもらった結界魔術と〝竜法術〟を組み合わせて……!」


 アドニスが複雑な魔法陣を何重にも展開させて、杖を掲げた。


 それと同時に、残火の騎士王が巨大な炎剣を門へと向かって振り下ろす。


「――竜水結界!」


 アドニスの全面に巨大な水の盾が生成され、その豪速で振り下ろされた炎剣を受け止めた。しかし炎剣は消えず、残火の騎士王が更に力を込め、盾ごと叩き斬ろうとする。


「やらせない……!」


 アドニスが更に魔力を込め、徐々に破られていく結界魔術を修復していく。少しでも気を抜けば、炎剣がこちらへと振り下ろされ、門と背後の人々ごと滅却されるだろう。


 アドニスと残火の騎士王の力が拮抗している間に、カグツチが地面を蹴って飛翔。その巨大な身体を駆け上がっていく。


 そして肩に辿り着くと、肩の上にいた男へとカグツチが剣を振るった。


「おやおや、久しぶりなのに随分と無礼ですなあ。我のことも忘れてしまっているとは……このアゥマ、悲しみで涙が浮かびますとも。ま、この辺りが限界でしょうな」


 黒髪の男――アゥマが邪悪な笑みを浮かべる。


「消えろ」


 カグツチの剣がその身体を切り裂くと、それは人の形を模した白い紙へと変化した。


「ちっ! やはり人形ヒトガタか!」


 そして、アゥマが消えたのにもかかわらず、残火の騎士王の力は衰えない。


「ウ&%$’&%$’&ゴアアア’&$%’&%’アアア!!」


 むしろ、その雄叫びと共に更に大剣へと力と炎を込めていく。その姿はまるで、命を燃やしているかのようだ。


「まずい……押し切られる!」


 カグツチがその動きを止めるべく剣に魔力を込めていく。おそらく並大抵の攻撃では傷一つ入らないのは分かっていた。


「間に合うか……!?」


 カグツチの一撃を残火の騎士王に叩き込むのが先か、アドニスの結果が破られるのが先か。


 カグツチの視線の先で、アドニスが焦っていた。


「間に合わない……!」


 アドニスは、魔力の供給が追い付いていないことに気付いていた。結界が削られていき、あと保って数秒だろう。


 そんな時――背後で見知らぬ少女の声が響く。


「……見ていられない。この借りは……いつか返してもらう」


 その言葉と同時に、アドニスの魔法陣に変化が起こる。見たこともない数式が混じり、そして次の瞬間――結界が膨張した。


「え?」


 アドニスの眼前で、あの炎剣がまるで溶けるように消えていく。


「何、今のは……」


 アドニスが思わず背後に振り返ると、そこには――が立っていた。

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