第8話:七竜召喚【木】


 ドラグレイク――岩の館。


「なるほど……そういうことか」


 岩の館の入口で、カレッサが笑みを浮かべた。


「ええ。なので次の七竜の召喚を教えていただきたくて」

 

 水妖竜に乗って、ここまでやってきたアドニスとティアマトを見て、カレッサが事情を把握する。


「あのデカブツとちっこいのは?」

「グラントとスコシア、それとタレットなら村に置いてきました。少し警戒すべきことが起きているので」

「王の刺客がやってくる、辺りか」


 カレッサの予測に、アドニスは頷く。


「ええ。どうやら僕を追放するだけに飽き足らず、秘密裏に処理しようとしていたようです」

「愚かだわ~。もうその王都をまるごと水に沈めても良いんじゃないかしら」


 ティアマトの物騒な言葉にアドニスが苦笑する。


「無実の民までは犠牲に出来ないよ。まあとにかく刺客が来るのはおそらく今夜か明日辺りだとタレットは予測していたから、みんなにを頼んでいるんですよ」


 そのアドニスの言葉にカレッサが頷いた。


「運河に、それを行き来する船の動力兼、警備に水妖竜ルサールカを使うのは良いアイディアだ」

「ティアマトの提案ですよ」

「主様がそういうこと出来ないかって言われたから提案したのよ~。それに私の力は主様の力。気にせず誇って良いのよ」

「あはは、ありがとうティアマト」


 その様子を見て、カレッサは目をスッと細めた。どうやら、問題なく竜を御せているようだ。これならば――次に行っても問題ないだろう。


 そう判断して、カレッサが手をアドニスへと翳した。


「では、ティアマトを見事使いこなしていると判断して――七竜召喚を解禁してやろう」


 その手から淡い光が放たれ、アドニスの頭を包み込んだ。すると、頭の中に六体の竜の名とそれを喚び出す詠唱が脳内で鳴り響いた。


「これは……」

「これで、君は全ての竜を召喚できる。ただし――七竜召喚は闇雲に使うと、逆に身を滅ぼすから……お行儀良く使うこったな。良いか、絶対に一体ずつ喚びだして、そいつの能力、性格を把握し御せると判断したうえで次を喚び出すんだぞ。昔いたんだよ……一気に残りの竜を喚びだした結果――とんでもないことを起こした馬鹿が」

「懐かしいわね~。おかげで大陸が三つ消えて、四つ出来たわよね~」

「……はい?」


 大陸が消えて……出来た? なんだそれは。そんな歴史聞いた事がない。そのアドニスの思考を読んだのか、カレッサがにやりと笑った。


「君の知っている歴史は――歴史書でいえば最後の数ページでしかないんだよ」

「……なるほど。肝に銘じておきます」

「ならいい。さてと――あたしはちと離れる」


 そう言って、カレッサがポンとアドニスの肩に手を置いた。その様子にアドニスが驚く。もっと色々、教えてほしいことがあったのに、ここから出て行くだって?


「え、あ、待ってください! どちらへ!?」

「あたしのとりあえずの役目は終わりなんだ。次にやるべきことがあるから……まあ、一旦お別れだな」


 カレッサがそのままスタスタと砂漠へと向かって歩いて行く。


「か、カレッサさん!」


 その背に、アドニスが叫んだ。


「本当にありがとうございました! 次会うときはきっと……立派な竜王になってますから!」


 その言葉にカレッサは答えず、ただ無言で片手を上げ、去っていった。


 だけど、アドニスの耳には確かに、〝頑張れよ〟という声が聞こえていたのだった。



☆☆☆



「さてと……じゃあユグドラシルを喚ぼうか。念の為に聞くけど……また出てくる時に派手になんかするのかな」


 アドニスが恐る恐るそうティアマトに聞くと、彼女は苦笑した。


「あはは……大丈夫だと思うわよ~……多分」

「不安だ……まあ、ここなら最悪被害は僕だけで済みそうそうだし、良いか……」


 それもまた、召喚のためにこの拠点へと戻ってきた理由だ。もしティアマトと同じようなことが起きればミルムースの村はタダでは済まないだろう。


「主様の命は私が守るので安心して~」

「分かった。じゃあ始めよう」


 そう言って、アドニスが賢者の杖を地面へと向け――詠唱を開始した。


「〝世界を支えし豊かな大樹よ、その深緑の枝葉と太き根を持って天地を衝きし者よ〟」


 アドニスの言葉と同時に、右手の甲に緑色の紋章が浮かびあがっていく。


「〝九と三つの盟約に基づき、我が呼び掛けに答えたまえ〟」


 手の甲を通して光が杖の先から溢れ、それは一つの果実となり――


「〝七竜召喚……顕現せよ――ユグドラシル〟」


 その実が大地へと落ちた。


 その瞬間――大地から光が溢れ、新芽が次々と生えてくると、それは目にも止まらぬ速さで成長し、絡みあい、天へと伸びていく。


 そしてそれは天高くまで伸びると今度は横へと枝葉を広げ――


「なんというかほんと……規模が違い過ぎる」


 アドニスの目の前には、岩の館をも飲み込んで成長した巨大な樹が立っていた。その枝葉はその拠点の周囲一帯に覆い被さっており、あんなに照り付けていた日光が和らいだおかげで、運河の水と相まって涼しくさえ感じさせた。


 そしてその巨大な幹が徐々に巨大な竜の顔となっていき、瞳が開いた。


「んー、なんだか久々な気配っ!」


 その巨大な見た目に反して、声は少女のそれであり、アドニスはそれがユグドラシルの声だとすぐに察した。


「君がユグドラシルだね。僕はアドニス。君の主だよ」


 アドニスがそう言って微笑むと――ユグドラシルがゆっくりと頷いた。それだけで頭上の巨大な木が揺れる。


「主様……つまり……お兄様だね!! 木竜ユグドラシルだよ! 長い名前なので気軽にユグと呼んでね!」

「お、お兄様? まあいいや、じゃあよろしくねユグ。ところで、この木は君の身体なの?」

「そうだよ! でもそれを言えば、この世界の植物全てがユグとも言えるよ!」

「なるほど……」


 アドニスは岩の館を飲み込んだ巨大な木を見て、思案する。それは日除けには丁度良いなあと思っていたので出来ればそのままにしたいと考えていた。岩の館自体は無事であり、まるで木がそこだけを避けるかのように生えているので機能も問題はない。むしろ周囲を根や幹で覆われたおかげで頑丈になったかもしれない。


「ユグ、この木をそのままに、君も人の姿になれるかい?」

「もちろん! ユグちゃん、変身!」


 その言葉と共に幹にあった竜の顔が消え、代わりにアドニスの前に背の低い少女が現れた。それは植物の葉や蔦、花で出来たドレスを纏った緑髪をショートカットにした美少女で、耳にはイヤリングのように果実がなっている。


「ユグちゃん、人間モード! 改めてよろしくね、お兄様!」

「あはは……よろしくねユグ」


 その天真爛漫さに、アドニスがおもわず相好を崩す。昔から密かに妹や弟を欲しがっていた彼は、子供には滅法弱かったのだ。


「えへへ。今回のお兄様は優しそうで安心した! あ、ティアマトもいる!」

「久しぶりね~ゆぐゆぐ」

「うん! 前回は?」

「あれは痛かったわ~」

「今度は大丈夫そうかな?」

「主様を信じましょ~」


 何やら物騒な会話をしているが、アドニスはとりあえず考えないようにした。とにかく竜の言葉を一々真に受けていると、心臓が持たないと気付いたからだ。


「さて、ユグ。早速だけど……水妖竜に牽引させる船を作って欲しいんだ。木製で、物資の輸送用と人を乗せる用の二つなんだけど」

「ガッテン承知だよ!」


 ユグが嬉しそうに任せとけとばかりにその薄い胸を叩いた。


「それともう一つ――この周辺の大地に、植物、特に野菜や穀物類を生やせる?」

「んー、ティアマトがいれば出来ないことはないかなあ。ちょっとでも種類は限られてくるかもだけど」

「ふふふ、主様、次は何をする気かしら~」


 ティアマトが嬉しそうに微笑むと、それにアドニスも笑顔で答えた。


「拠点が出来た。水も確保した。となると次はもちろん――

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