第33話:覇王に牙剥く三国(間話)


 かつて大小の国家がひしめき合うリダルシア大陸中央部を支配したクロンダイグ王国。大陸制覇を目論むこの国がしかし、結果として支配できなかった国が三つあった。


 大陸北東部に突き出たケルスピライ半島に点在する都市国家が連合し、商業と他大陸との交易で発展を遂げた――〝ロールフェルト都市連合〟

 大陸北部のギンガル湾内に浮かぶ、【白零はくれい教】の聖地である火山島を有する――〝白聖国ルア・ククア〟

 大陸南部に広がるラエナ荒原とエラルーサ砂漠を支配する、古き覇者の末裔まつえい――〝砂老国イルサエル〟


 そんな各国の情報部もしくは暗部は当然ながらサリエルドに潜り込んでおり、新生国家であるドラグレイク竜王国と、クロンダイグ王国軍の戦いの行く末を見守っていた。


 そしてその結果を見て、ある者は戦乱の予感を抱き、ある者は福音だと喜んだという。


 いずれにせよ、クロンダイグに屈しなかった四番目の国として、ドラグレイク竜王国そして竜王アドニスの名が各国に伝わった――



☆☆☆


 

 大陸北東部ケルスピライ半島――ロールフェルト都市連合所属都市〝ケライポリス〟


 潮騒と喧騒が彩る港で、商人達が海泡石のパイプを吹かしながら雑談という名の情報交換を行っていた。


「聞いたかよ、クロンダイグが負けたってよ。サリエルドにいる従姉妹が慌てて情報を飛ばしてきたぞ」

「らしいな。しかも第一王子が捕虜になったとか。クロンダイグも落ちたもんだ」


 浅黒い肌の商人が笑う。クロンダイグ王国は重要な取引先ではあるが、あの国の人間はどいつもこいつも偉そうにしているので、それはそれとして良い気味だ。


「戦争になるなこりゃ。うちはそれどころじゃなさそうだが」

「かはは、都市長も本腰入れていた武器の仕入れもクロンダイグに売れば良い」

「……ありゃあ魔物用だろう。最近、街道沿いも危なくなってきやがった」


 笑顔を引っ込めた商人がため息をつく。ここ数か月、魔物と呼ばれる存在に頭を悩まされていた。野生動物とは違う、人に明確な悪意を持った奇妙な生命体――魔物。目撃情報は最初、山や荒野といった人の寄りつかない場所でしかなかったが、ここ数週間で急に街道や村などに出没し、大きな被害を与えていた。当然、街道も危険になり、行商もままならない。


「〝海魔〟も活発になったと聞くし、どうなってるんだか」

「噂によると――例のドラグレイク竜王国の王が、魔王じゃないかって話だ」


 その言葉を聞いた痩せた若い商人がその言葉を鼻で笑った。


「魔王ね……じゃあそいつのせいで魔物が発生したってことか? こんな大陸の真反対まで影響及ぼすとは考えられないね」

「あくまで噂だよ。噂ついでにもう一つ、あのがまだ存在しているらしい」


 その言葉を聞いて、若い商人が思わずパイプを落としてしまった。


「は? おいおい、冗談はよしてくれよ。帝国って……あの帝国か? おとぎ話に出てくるあの――」

「ここいらで帝国と言ったら一つしかねえだろ。この大陸の西方にある人と船を拒絶する〝絶流海峡〟のその先に浮かぶ神秘の島々――桜舞おうま列島。そこを支配する帝国、〝桜舞帝国キサナギ〟。かの国の船を見たと漁師が言っていたそうだぜ」

「馬鹿馬鹿しい。帝国とは何百年も前から交流が途絶えているんだ。とっくに滅んでいるだろ」

「まあ、与太話の一つだよ。そもそも絶流海峡を渡る船も航海技術も、うちの国ですらまだ確立出来てないんだ。あんな島国の蛮族共にはどだい無理な話だ」

「だよな」


 笑い合う二人はしかし、にわかに船着き場の方が騒がしいことに気付いた。


「なんだ?」

「さてな。でっかいイカでも捕れたか?」

「行ってみようぜ」


 その後二人は、目撃したという――形を伴ったおとぎ話を。



☆☆☆



 大陸北部ギンガル湾内――ギンガル死火山。


 その巨大な湾内には、かつての火山活動によって出来た巨大な島があった。その中央部にある火山は既に活動を停止しており、そのぽっかりと空いた火口の中央には、如何なる力が働いているのか、巨大な岩が浮いていた。そしてその上には壮麗な神殿が建っており、そこはまさに聖地と呼ぶに相応しい光景だった。


 その神殿の名はエテラ神殿。この大陸で最も普及している宗教――〝白零はくれい教〟の聖地であり、このギンガル死火山の麓にはこのギンガル湾を含む大陸北部一帯を領土とする〝白聖国ルア・ククア〟の首都ルアンが広がっている。


 星の女神の名を冠するエテラ神殿へと続く石橋の上を、一人の騎士と法衣を纏った男が駆けていく。その騎士は白銀の薄い金属製の鎧を纏った女性であり、その顔には焦燥が浮かんでいた。


 サリエルドで見た、あの圧倒的光景。あれは決して人が持っていい力ではない。


「急がねば……神官長にが目覚めたとお伝えせねば」


 反対に、法衣を纏った聖職者らしき男は恍惚とした表情をしており、その目は爛々らんらんと輝いている。


「素晴らしい……素晴らしい力ですよあれは! 悪魔とはとんでもない。あれは天使の力です! 星を救う〝七の御使い〟とその主人に違いありません! クロンダイグ如きが敵うわけもない」

「また貴方はそんな事を言って! 天使信仰はうちの宗派でも異端ですから下手したら首が飛びますよ!?」

「構いませんとも。〝百王と六つの悪魔が目覚める時、星の守護者は覚醒し七曜を従える――ククアの絶書第三章第二節〟ですよ!!」


 男の言葉に、女騎士が呆れたように言葉を返す。


「あれは禁書のはずですが?」

「こっそり読みましたとも! 真実の探求こそ、エテラ様へと近付く第一歩なのです!」

「貴方、いつか本当に死にますよ……」


 長い橋を渡り終えた二人を待っていたのは巨大な石の扉だった。


 そこには壮大な星の物語が刻まれていると伝わっており、まだその全容は解読されていない。だが、解読できた一部にはこう記述があったそうだ。


〝星の女神エテラは星の危機を憂い、七人の神官の魂を以て七つの理を人々に授けた。それはすなわち七曜なり。そしてその理を制する力もまた与えられたのだった。それは――〟



☆☆☆



 大陸南部エラルーサ砂漠――〝星見の遺跡〟


 どのような技術で造ったのかも分からない、天井の崩れたドーム型の遺跡内で、砂漠の民が好む、フード付きのローブを着た老人達が地面に座り円陣を組んでいた。月明かりが崩れた部分から差し込み、老人達を照らしている。


 彼等はそれぞれ紋様が違うタトゥーを顔に入れており、この土地の砂と風によって刻まれた皺と共に、それぞれが異様な雰囲気を纏っていた。


 彼等こそ大陸南部を支配する〝砂老国イルサエル〟の各部族の長――砂老人さろうびとであり、またその血には古よりの使命が流れているという。


「はじまったぞ」

「ああ。はじまった」

「終わりなき〝彼岸戦争〟がまたはじまる」

「天魔が目覚め」

「竜王が覚醒す」


 砂老人達が次々と口を開いていく。その口から紡がれるのは、千年の時を超えた呪詛のようなものだ。


 それを円陣の外で黙って見ている美しい少女がいた。褐色の肌に、露出の多い踊り子のような衣装を纏い、その上には薄手のローブを羽織っている。右腕には籠手と一体型になった剣が装着されていた。


「――来なさい」


 一人の砂老人の言葉で、その少女が円陣の中へと入って行く。


「我らはただ守るだけだが……若き守人たるお前はその目で知る必要がある」

「戦いを、古より続く輪廻を、そのまなこで見てくるが良い」

「それがこの時代に生まれたお前の使命だ」

「行け、若き守人よ。竜王が竜王たり得る存在であるかを確かめるのだ」


 老人達の言葉を無言で聞いていた少女が、ここでようやく口を開いた。


「もし、彼が竜王に相応しい人物でなければ……?」


 その涼しげな少女の声に、砂老人達が一斉に目を見開いた。


「――

「殺せ」

「殺せ」

「殺せ」

「殺せ」


 輪唱するその言葉に、少女はただ頷くだけだった。


「では……行って参ります」


 そう言って、少女の存在がふっと消え去った。


 そして砂老人達はいつまでもいつまでも夜空を見上げ、呟き続けた。


 ――彼岸戦争の続きが、天竜戦争が、始まると。

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