第35話:強襲


地駆竜コレールが、アドニスと一人の美女をその背に乗せ荒野を西へ、サリエルド方面へと駆けていく。


「アドニス君、やっぱり王都に連れて行くのは私じゃなくて、ティアマト辺りが適任なんじゃないか? 私はあんまりそういう話し合いやら交渉は苦手なんだ……鉄を打つ以外に能がない女だぞ?」


 アドニスの後ろに横乗りしているカグツチが、アドニスの背にそう問いかけた。


「あはは、そんなことないよカグツチ。こないだ見せてもらった製鉄施設の計画案と設計案には関心したし、村の鍛冶職人達も君に心酔しているじゃないか。別に殴り込みに行くわけではないし、出来れば穏便に済ませたいんだ。だから、その辺りを弁えているカグツチに付いてきて欲しいんだ」


 アドニスはカグツチとの約束を忘れていない。彼女の力を破壊の為に使わないつもりで、それは彼にとって戒めでもあった。


 いざとなったら――。そういう選択肢をそもそも持たないという決断だ。


「そうか……なら良いんだが」

「勿論、緊急時には護衛として頼りにしているよ。荒事が起きる可能性は低くない。こちらが望まなくてもね……」

「いつの時代も、親子の確執は荒れると相場が決まっているからな」


 その言葉に、アドニスが無言で頷く。


 父に思うことは、あの兄達以上にある。だが、もはや自分はあの男の息子であるという自覚はない。


「息子ではなく……王として会いに行くつもりだからね。護衛も連れずにいくのだから、向こうはそうは思われないかもしれないけど」

「いずれにせよ、何事もなく済むことを祈るさ」

「だね」


 しかしその言葉とは裏腹に、アドニスはある種の覚悟を決めていた。どういう結果になろうと、後悔をするつもりはない。


 だから、胸のどこかで、何かしらの波乱が起こることを予感していた。


 だが――それがこんなにも早く起きるとは流石のアドニスも想定外だった。


「――アドニス君、なんだか嫌な気配がする」


 前方を睨むカグツチの声に、アドニスが目を凝らす。


 彼の目に、無人の荒野に一人佇む影が映る。


「あれは……?」

「分からない。けど油断しない方が良い。あれは――」


 そのカグツチの言葉と同時に、影が手を広げた。その背後には、放射状に並ぶ九つの獣の尻尾らしき物が見える。そしてその尻尾のそれぞれの先端に、蒼い火が灯る。


「アドニス君!――敵だ!!」


 カグツチが叫ぶと同時に、尻尾に灯った火がアドニス達へと放たれた。それは途中でやがて狐のような形になると意思を持ったかのような動きで地面を疾走。


 そして、アドニスはその狐火を放った影――狐耳が生えた異国の青年が邪悪な笑みを浮かべているのを見て、確実に敵だと判断。杖を向け、水の竜法術を放つ。


「――【竜水刃】」


 アドニスの杖から放たれた、刃の如き水流が迫る狐火へと命中する。


 だが、


「っ!? 効いてない!?」


 水流が命中したはずの狐火達は何事もなかったかのように疾走を続け、アドニス達に近付くと急激に膨れ上がり――


「かはは、【竜王】の力は俺には効かねえよ」


 青年の嘲笑う声と共に、膨れ上がった狐火が爆発。


 蒼い爆炎がアドニス達を襲う


「――〝炎避角鐵〟」


 カグツチが手を払うと同時に、爆炎がアドニスの左右へと弾かれていく。


「ありゃ、の火の竜は召喚済みか。久しぶりだなあ……カグツチ」


 青年がそう言いながら迫るアドニス達へとまるで、親友との久々の再会とばかりに手を振った。


「カグツチ! 知り合い!?」

「知らん! だが只者では無い事は分かる。生かしておいて良い相手ではない!」

「ミルムースも近い。ここで奴を倒す。カグツチは援護を!」


 アドニスが地駆竜から飛び降りながら、【竜纏い】を発動。身体能力を上げると共に杖の先に火の刃を生成、まるで槍となった杖を、その青年へと突き出した。


「今回の竜王は随分と好戦的だな!! だが無駄だ」


 しかしアドニスの炎槍も、青年が右手を振り払っただけで、まるで幻のように消えた。


「分かってるさ、一度見ればね」


 アドニスが空いた左手で護身用の短剣――カグツチに鍛え直したもらったものを素早く抜刀。


 槍の一撃は囮だ。


「おっと、ただの脳筋馬鹿じゃねえみたいだな……悪くねえ、全然悪くねえ!!」


 青年が胸へと迫るアドニスの短剣の軌道を遮るように腰の小刀を振る。


 金属同士がぶつかり合う音が響き、火花が散った。


 アドニスは内心で驚愕しながらも表情を変えない。【竜纏い】状態で放った不意打ち気味の一撃――少なくとも竜姫以外は反応することすら出来ない速度――を余裕で防いだ相手の尋常でない身体能力。そしてなぜか無効化される竜法術。


 それはこれまで出会った誰よりもデタラメで、だからこそ、竜姫達と同じような存在であるという確信があった。


「かはは、良い剣だな!」


 何度も斬り結びながら、刃こぼれ一つしない相手の小刀を見てアドニスが言葉を返す。


「そっちもね」


 それを背後で見ていたカグツチが、目を見開く。


「その小刀は……まさか」

「お前らはほんと難儀だよなあ……なんせ召喚されるたびに。刃こぼれしない? 当たり前だ。なんせこいつはカグツチが打った傑作だからな!!」


 その言葉に反応して、カグツチが腰に差していた長剣を抜きつつ飛び出す。


「――何の話だ!? お前は私の何を知っている!」


 アドニスの前でカグツチが叫び、斬撃を放つ。その剣圧だけで地面が抉れ、剣から放たれた膨大な熱によって周囲の岩や砂が融解していく。


「おっと、流石にこれは喰らったらマズイな」


 青年はその斬撃を避けるようにサイドステップ。


 それを見たアドニスが地面を蹴って加速し、青年のすぐ背後へと移動。その隙だらけの身体へと短剣を投擲する。近付く間に体勢を直されたら、また防がれるのが分かっていた。


 しかしその軌道は、青年からは少しズレている。


「おいおい、どこに投げているんだ?」


 青年が小馬鹿にしたかのように笑い、意識を迫るカグツチの連撃へと一瞬移した。


「僕の剣は防ぐ、カグツチの攻撃も防ぐ。だけど竜法術は防がない。なら――」


 アドニスが素早く木の竜法術を発動。青年の近くで、何本もの蔦が複雑に絡み合った植物が生えてくる。それは丁度、短剣が飛んでいっている方向だった。


「あん?」


 アドニスの行動の意味が分からず、青年がカグツチの斬撃を躱す。


 その行為自体は何も間違っていない。既に当たる軌道にない短剣、攻撃にもなっていない生えてきた良く分からない蔦。それよりもカグツチの剣撃を回避する方が優先度が高いのは当然だ。


 だからこそ――彼は予想出来なかった。


 アドニスに投げられた短剣が、まるで意思を持っているかのように動く、遠心力を使ってその勢いを殺さず、青年が回避した先へと再び投擲されたことを。


 第三の手の如く、蔦が投げた短剣が青年を襲う。


「っ! しまっ――」


 青年が短剣を咄嗟に躱そうと身を捻った。


 そこへ、大上段に剣を構えたカグツチが迫る。


「ちっ、遊び過ぎたか。ま、今回の竜王は戦うに値すると分かっただけでも、悪くねえさ」


 その青年の軽い言葉と共にカグツチの赤熱した刃が振り下ろされた。


「じゃあな。


 轟音と共に地面が溶解し、溶岩の海となり白煙が上がる。


「……仕留めた?」


 アドニスが溶岩溜まりの淵に立つカグツチへと言葉を掛けるが、カグツチは首を横に振った。


「いや……あれを」


 カグツチが指差す先、ボコボコと沸き立つ溶岩の上に、白い何かが燃えずに浮いていた。それは縦に割かれた、人の形を模したような白い紙切れであり、アドニスも見たことがない文字が何やら書き込まれていた。


「おそらく、今私達が戦った相手は――ただの式神……人形ヒトガタだったのだろう。ああ、なんでそんなことを忘れていたんだ……私は……」

 

 悲痛そうな声を上げるカグツチに、アドニスが問う。


「カグツチ、それはつまり、奴は死んでいないってこと?」

「ああ。奴本体は遙か遠くにいて、自分を模した物を動かしていただけだ。人形は便利ではあるが、術者の宿


 その言葉の意味するところをアドニスは理解し、険しい表情を浮かべた。あれで、三分の一となると、本体はいかほどの力を秘めているのか……。考えたくもない事実だ。


「奴は一体、何者なんだ」


 竜に匹敵するほどの力を持った存在。アドニスはそう問う他なかった。


 そしてそれに、カグツチが力無く答えた。


「……桜舞帝国キサナギの手の者に間違いない。ああ……思い出した……キサナギは――私の生まれ故郷だ」

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