第36話:相容れぬ親と子(間話:クロンダイグ王視点)
クロンダイグ城――王の私室。
がっしりとした体格の壮年の男性が、北方に生息するアイスドレイクと呼ばれるトカゲの一種の革をなめして作ったソファに座り、酒を飲んでいる。
目の前のテーブルには、このリダルシア大陸の地図が広げてあり、その上に食べさしのチーズや果物と共に無造作に王冠が転がっていた。
彼こそがこの王城の主であり、そしてかつては辺境の小国であったクロンダイグの領土を広げた覇王――ハルヴェイ・クロンダイグその人だった。
その武勇伝は数知れず。敵国には〝
「父上! 早急にベラノを取り戻すべきでは! 今こそ奴の魔術が必要不可欠です!」
そんな彼の向かいに座り、険しい表情でまくし立てているのは、彼の三人の息子――つまりこの国の王子の一人である、キール・クロンダイグ。
ベラノと似た顔付きではあるがより精悍であり、ハルヴェイと体格も顔も良く似ていた。
彼は【閃剣】と呼ばれる珍しいスキルを保有しており、王国一の剣士としても名高い。そして父親譲りの野心を持っており、普段の彼なら王位継承権を争う相手である、兄のベラノ側に立つような発言は決してしない。
だからこそ、今、王国を取り巻く状況が極めて困難であることを物語っていた。
――身内で争う余裕がないほどに。
「……くどいぞキール。
しかしハルヴェイはキールの言葉を冷たくそう切り捨てると、琥珀色の酒を煽った。その目はどこか遠くを見つめている。
「ですが!! 金を払えば帰ってくる! 認めたくないがあいつの魔術と情報網は金には換えられないのは父上も分かっているでしょう!? 西の侵攻に即時対応出来なかったのも、ベラノの情報網がなかったからではないですか! あいつが居れば、それにヘインズ将軍がいればここまで侵攻されなかった!! 既にファルゼンが帝国軍に攻められています! このまま落とされたらこの王都すら危ういですよ!?」
王都の西方――なだらかな平原と丘を越えた向こう、人の足で二日もかからない距離に、ファルゼンと呼ばれる都市があった。
しかし、既に桜舞帝国キサナギの侵攻はファルゼンにまで及んでいる。
そしてそんなことは、ハルヴェイも当然分かっていた。
「黙れキール。そもそも貴様が西に遠征行った際に、その兆候に気付いていればもっと早く動けただろうが」
「そ、それは……確かにそうですが……今はくだらないプライドを捨てるべき状況です。何ならアドニスに援助を請――っ!!」
キールがその言葉を言い終わる前に、その喉へと刃が突きつけられていた。
「寝ぼけたことを言うな……!!」
キールは父親が未だ剣の腕を落としていないことに驚くと共に、反射的に剣を抜かなくて良かったと安堵した。それぐらいに目の前の覇王――ハルヴェイは激怒していた。
「父上……父上があいつに失望したのは分かります。俺だって、あいつは無能だと思っていました。ですが、ベラノとヘインズの軍が破られた以上は認めるべきです! あいつにはまぎれもなく力があったと」
「俺は認めん。奴も、奴の行ったことも。独立してサリエルドを奪ったぐらいで調子に乗りおって……魔王などと喧伝されて忌々しい」
吐き捨てるようにそう言うと、ハルヴェイが剣を引いた。それはお前が言い出した事だろうが、とキールは思ったが口にはしない。魔物の発生とアドニスを結びつけたのはハルヴェイの方であり、結果としてそれはアドニスの名を広める要因になってしまった。
「ですが……奴がいなくなってから魔物が活性化し、そして西から魔物と共に帝国が……。まさに賢者が言った通りに……今こそ奴と和解してクロンダイグ王家が、家族が一丸となって帝国と戦うべきでは!」
その言葉を聞いたハルヴェイが表情を崩し、わなわなと震えはじめ、
そして大笑いしたのだった。
「くくく……アハハハハ!! これは傑作だ!! キールよ、今貴様はなんと言った!? 家族が一丸となってだと!? ついこないだまで兄弟同士で殺し合おうとしていた奴が何を言う!! ベラノと共にミナーを殺したくせに、どの口がほざく!! 」
「……っ! そ、それは……」
キールがここで初めて怯えたような表情を浮かべた。クロンダイグ王国の第二王妃であり、そして既に故人であるミナー王妃の名はこの王宮では禁句扱いされるほどに、その存在と死が畏れられていた。
「俺は知っているぞ。貴様もベラノも……ミナーに劣情を抱いていたことも、そしてその息子であり唯一、あいつから愛を受けていたアドニスに嫉妬していたことも」
「ち、違います!! あれは向こうが誘ってきて、それでベラノが! あれは事故です!」
慌てて立ち上がったキールを、侮蔑するような目でハルヴェイが見つめた。
「ミナーには、不思議な力があった。俺はそれに何度も助けられた。だからこそ……王妃にし子を産ませた。だがアイツはお前達の獣欲によって死に、その息子は無能なまま育った。魔王などと、どこの国に担がれたかは知らんが」
「そんな。父上はそれを知ってなぜ……我らを……糾弾しないのですか。なぜ、見過ごしたのですか」
キールの情けない言葉をハルヴェイが笑った。
ああ、俺はどこで息子共の教育を間違えたのだろうか。いや……最初から俺に子を育てる資格なんてなかったのかもしれない。ハルヴェイが自らの思考に自嘲しながら口を開く。
「それもまた……
その言葉が最後だった。
「……父上、貴方は覇王だ。その功績も王としての振るまいも全て、俺は尊敬していた。だがな、あんたは父親としては最低だ」
キールはそれだけを告げると、部屋から去っていった。
「……俺はどこで間違えたんだろうなミナー。いや、最初からか……」
急に老け込んだような顔になったハルヴェイがポツリとそう呟くと、高い天井へと目を向けた。だがその虚ろな目は何も見ていなかった。
だが彼には迷う暇も、感傷に浸る暇もない。
本当の脅威が――既に足下にまで忍び寄っていた。
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