第6話:愚かな選択(プチざまあ)


 クロンダイグ王国、王城。


 ベラノ第一王子は自室で苛立っていた。


「デラール地方で魔物が出現した? 本当に確認したのか?」

「それが、村人達の証言だけで……」

「ただの獣かもしくは賊の仕業をそう言ってるだけの可能性は考慮したのか?」

「いえ……」

「ならばもう少し精査した報告をあげろ!」

「す、すみません! 失礼しました!」


 部下が部屋から去っていき、ベラノはため息をついた。


「魔物、魔物と騒いで……くだらん」


 ここ数日、辺境、西から急にそういった報告が上がるようになった。ベラノは情報こそ全てと考えており、ゆえにどんな辺境の地であろうと何かあれば報せを入れるように命令をしているのだが……


「誤情報がこれだけ増えると厄介だな」


 魔物――それは古にこの大地を闊歩していた、獣でも人でも恐ろしい存在だという。だが、そんなものは今やおとぎ話や伝説の中にしか存在しない幻想の類いだ。


 だが、万が一がある。ベラノは実の弟であるアドニスの今回の追放に、実は疑念を抱いていた。勿論、庇う気はさらさらないし、始末できる良い機会だとばかりに〝王の影〟を既に送りこんでいるのだが……。


「にしても父上のやり方が少々強引すぎる。まるで――あいつを恐れているかのようだ」


 その自身の言葉にベラノは首を横に振った。まさか、あの父に限ってそれはない。


 無能なあの弟を、父が恐れるわけがない。


「ならば――それが逆に真だと考えてみよう。父はアドニスを恐れた。なぜか? なぜなら――そのスキルが無能ではなかったから? 魔物が出たという情報が出始めた時期とアドニスが旅立った時期が被ったのは偶然なのか?」


 考えれば考えるほど、怪しく思えてきた。


 そんな時、非常用と称して各地に置いている魔力通信機のうち――今、一番気になっていた土地の物が着信を示す光を放った。


「ミルムースのベルウッドか。まさか――」


 ベラノは何か予感めいたものを感じながら通信機を起動させた。


「どうしたベルウッド」

『あ、あ、ベラノ王子! ご、ご機嫌うるわしゅう』


 遠方のせいか、雑音混じりで聞き取り辛いが、確かにそれは村長ベルウッドの声だった。


「用件を言え」

『あ、いや、あの、アドニス王子についてなんですが』


 その言葉を聞いて、ベラノがにやりと笑った。やはりそうか。


「アドニスがどうした? ドラグレイクの砂礫を見て、絶望しているだろうさ」

『は、はい! ミルムース村に滞在したいと申し出てきましたので……い、いつも通り、例の家を使う予定です』

「アドニスに変わった様子はなかった? 何か怪しい動きや行動をしていないか? なんでもいい、申せ」

『――いえ、。ドラグレイクを視察して、絶望したような顔をして帰ってきました……』

「……そうか。何も変わりはないんだな」

「では、いつも通り〝王の影〟が向かっている。お前はいつも通り処理するだけでいい」

『か、かしこまりました!!』

「以上だ」


 通信機を切って、ベラノは自分が考えすぎていたと自嘲した。


「あの無能が実は……なんてことがあるわけないか。やれやれ、少し疲れているな」


 そう言って、ベラノはセラーからワインを取り出してそれを飲み始めた。


 彼の中になったアドニスに対する疑念は結局、疑念のまま忘れさられてしまうのだった。


 ――のちに彼はそれに関して死ぬほど後悔し、実際にそれが原因で命を落とすことになる。



☆☆☆


 ミルムース村、村長宅


「こ、これで、良かったですか!? バレてないですか!?」


 村長が汗をびっしょりとした顔で、タレットへと縋るような目で見つめた。


「問題ありません。この距離では魔力通信機はノイズが混じるのでまず嘘はバレません」

「こ、これで俺はベラノ王子を裏切ったことになる! だから、もう頼るはアドニス王子しかいないんだ! 頼む! 殺さないでくれ!!」


 床に這いつくばる村長を見て、タレットが隠し刃を仕舞った。


「――良いでしょう。ですが少しでもおかしな行動をしたら……命はないと思ってください」


 その言葉と共に、タレットが音もなく去っていった。


「ああ……俺の……将来が……クソ……クソ……!」


 悪態をつきながらも、村長はこれからどうすべきかを思考する。一日も掛からずに運河を繋げたアドニス王子の力は異常だ。何より、こうしてメイド――いやあれは決してそんな言葉では片付けられない、もっと闇の奥底に住んでいるような女――で自分に釘を刺し誤情報を流させるという手腕は、ベラノ王子に勝るとも劣らない。


 ならば――アドニス王子に協力するしか選択肢はないのだが……。


「だが……何の見返りもない……!」


 既に自分はマイナススタートだ。報酬もきっと満足に得られないだろう。


 どうすべきか……村長が迷いながら窓の外を見つめていると――年中乾期のこの土地にしては珍しい、通り雨がいつの間にか降っていた。


「雨……?」


 薄い屋根を雨が叩く音に村長はようやく気付いたのだった。


「いや、そんなことはどうでもいい……そもそもアドニス王子側についても何の利もない……ならばやはり……」


 村長は、そこでベラノ王子に渡された物を思い出した。


 本当の緊急事態の時に使うべき、警報装置を。


 それはただ使うだけでベラノ王子に緊急事態であると伝える代物で、万が一が起こった時のみに使えと言われていた。ただしこれは、緊急事態であるとのみ伝えるだけで、その詳細については何も送れない一方通行のものだ。だが、今の状況であればそっちのが方が都合が良かった。


「これだったら……あのメイドにはバレない」


 村長は、魔力通信機の脇においてある、見た目は何の変哲もない小さな鐘に手を伸ばした。


「ベラノ王子なら、きっとこれで察してくれるはず――」


 村長がその鐘を正しい手順で鳴らそうとした瞬間――ぴちゃり、と水が天井から彼の顔へと滴ってきた。


「ん? 雨漏れか? くそ、あとで修理させないと」


 村長がそれを手で拭い、作業を再開させる。ぴちゃり、ぴちゃりと水が滴る音が彼の背後で重なっていく。


 しかし彼は警報装置を鳴らそうと必死で気付かなかった――背後で蠢く


「あらあら……どの時代になっても――


 それが――ミルムース村の村長であるベルウッドが聞いた最後の言葉だった。

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