第7話:水妖竜
結局夜通しミルムース村の村人達に歓迎されたアドニスだったが、夜明け前に眠りについたところ、早朝にすぐに起こされた。
「ふあ……グラント、何かあった?」
「起こしてすまねえ。だがすぐにアドニス王子に報せないと、と思ってな――村長が死体で見付かった」
「どういうこと?」
「分からん。が、今朝運河に溺死体となって浮いているのを村人が発見してな。とりあえず死体を引き上げさせたが……」
「すぐに用意していく」
アドニスは顔を水で洗って目を覚ましながら思考する。
一体何が起きた?
いつの間にか側にタレットが立っており、無言で着替えを差し出してきたので、それを受け取って着替えていく。
「……かの村長はベラノ王子と繋がっておりました」
「道理で態度が少しおかしいと思ったよ……。そこまで調べていたんだね」
「はい。ゆえに昨日は警告をしたのですが……まさかこのような形になるとは」
その後、タレットは昨日の村長とのやり取りや聞きだしたことについて全てアドニスに説明しつつ独断での行動を謝罪した。
それにアドニスは一瞬驚きつつも、頷いた。まさかこの無口なメイドにそんな裏があるとは思わなかった。あとで、詳しく話を聞こうと思うが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「構わないよ。君は僕のために、と思ってやってくれたのならそれでいい。今は不問とするけど、次からはなるべく指示を仰いでね」
「かしこまりました」
「それで、村長の死に、君は直接関与していないってことだよね」
「はい。ですので、考えられるとすれば、裏切りが露呈して始末されるのを恐れて自殺したかもしくは……」
そう言って、タレットが運河からこちらへと向かって優雅に手を振っているティアマトへと視線を向けた。
「……とりあえず現場に行ってみよう」
タレットを引き連れてアドニスが現場に到着すると、そこには人だかりが出来ており、先に着いていたグラントの横でスコシアが魔術を使い、村長の死体を検査していた。
「どう?」
「……溺死ですね。それ以外に外傷はありませんし」
「そうか」
アドニスは、それよりも村人達の困惑している姿が気になった。
なぜか皆が悲しんでいるように見えなかったのだ。
そこでアドニスは、ここの村人のまとめ役であるルックという名の青年へと事情を聞いた。
「いや……その。この村の村長ってなぜか毎回王都からやってきてて、全員よそ者なんですよ。一人が帰ったらまた違う人が来て……みたいな。だから、我々とも最低限の交流しかしないし……そりゃあ死んでしまったのは可哀想とは思うけど……正直それ以上の感情は……なあ? 自殺するような奴ではないから、多分飲み過ぎて運河に落ちて溺れたんじゃないかって村のみんなとは言ってて……」
ルックの言葉に、集まった村人達が頷いた。
「なるほど。分かりました。とにかく、この件については事件性はなさそうなので、この村のしきたりに従って葬儀なり埋葬なりしてあげてください。彼に家族とかいれば良いのですが……」
「いやあ、そういう話もさっぱり聞かなかったし。王都に報せた方が良いですかね」
ルックの言葉に、アドニスは少しだけ思案し、首を横に振りつつ答えた。
「それに関しては僕の方でやりますので、皆さんは気にせずいつも通りの生活を行ってください。それと、暫定として新村長を一人選出してくださると助かります。代表者がいないことには、話も進みませんし」
「分かった! ちと村の代表を集めて会議するさ」
ルックが頷くと、そのまま村人達を集めて集会所へと向かっていった。
一部の村人達が、村長の遺体を袋に入れて、そのまま墓地へと運んでいく。
「……いけ好かねえ奴だが、なぜ死んだんだ?」
「心当たりがある」
そう言ってアドニスが、運河の側にいたティアマトの下へと向かった。
「あら、主様おはよ~」
「ああ、おはようティアマト。ところで聞きたいのだけど、あれは――君の仕業だろ?」
溺死体に見せかけて殺すとなると、まあ色々やり方はあるかもしれないが……ティアマトがやったと考えるのが一番自然だった。
「――はい」
ティアマトはニコリと笑った。その顔には、それがどうしたとばかりの表情が張り付いている。
「理由は?」
「そこのメイドとのやり取りを水を通して聞いていましたけど、その後こっそり誰かに連絡しようとしていたので、殺しましたよ~。主様に対する敵対行為を見た以上は――
「なるほど。タレット、もしその連絡が届いていた場合はどうなっていたと思う」
「おそらく、警戒したベラノ王子が戦力もしくは偵察を送ってくるかと」
「だよね。出来れば……今はソッとしておいて欲しいからティアマトの判断は間違ってはいない」
アドニスがそう言いつつ、一歩ティアマトへと近付いた。その顔には厳しい表情が浮かんでいた。
「タレットにも言ったけど……現場判断を僕は尊重するつもりだ。だけど、出来れば事前にある程度こちらに伝えておいてくれると助かる。こう不意打ちでこられると、僕もミスを犯してしまうかもしれないしね」
「……分かりました。出過ぎた真似をしてすみません」
ティアマトがシュンと落ち込んだような様子で頭を下げた。
「いや、良いんだ。ごめん、そこのところを僕がちゃんと言ってなかったから」
「人の価値観はイマイチ、ピンとこないのですが、努力はします。だけど――基本的に我々は主様の敵に対しては情けも容赦もないということだけは覚えておいてくださいね」
「ああ――分かった」
「あ、それと話変わるけど、昨日言ってた運河の往来の為の手段――こんなのはどうかしら~?」
一転、表情を明るくさせ、口調を戻したティアマトがそう言って、手を運河へと翳した。
その瞬間、水の中に泡によって魔法陣が描かれ――中から何かが飛び出してきた。
「……なんじゃこら」
グラントが思わずそう言ってしまったのも無理はなかった。
そこにはまるで亀と竜を足して割ったような、牛程度の大きさの生物がぷかぷかと運河に浮いていた。その長い首の先にある頭には角が二本あり、胴体の四本のヒレと尻尾でスイスイと運河を泳ぎ回っている。
「私の眷属である、
「きゅいー!」
水妖竜が嬉しそうに鳴いて、口から水を空中へと吹きだした。
「なるほど……これならば、岩の館とここの行き来がしやすくなるね」
「何匹でも召喚できるので、必要に応じて増やすよ~」
「分かった。あとでルックさんと新村長にこの件を伝えておこう。牽引する船も作らないとだけど……」
「それは私の専門外ね~。ゆぐゆぐを喚べばすぐに出来ると思うけど~」
「ゆぐゆぐ?」
アドニスの言葉に、ティアマトが嬉しそうに答えた。
「繁栄と衰退、つまり
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