第19話:〝竜法術〟


 ミルムース村、北方。


「くそったれが!! 魔物と水路が邪魔すぎる!」


 部隊を引き連れたガシンジャが悪態をつく。


 ここまでの道中も樹人トレントに襲われながら味方を犠牲にしつつ巧みに回避してきたものの、村の周囲を囲んでいるらしき水路のせいで、立ち往生していた。


「お頭、どうします!? 馬を捨てて泳ぎますか!?」

「馬鹿野郎、すぐにあの首長の魔物が嗅ぎ付けてくるぞ……くそ、魔物を水路に放って防衛線にするなんて聞いたことがねえ」

「一度、立て直すべきでは……? 水路と魔物が阻む以上、それを想定して装備を組み直さないと」


 部下の言葉に、ガシンジャが頷く。残念ながら今回は後手に回りすぎており、何より被害が大きすぎた。このまま突っ込むのはどう考えても愚行だ。


 その程度には、ガシンジャも頭は回るのだが――


「――逃げるのですか? であれば、ドハウ領主に伝えて欲しいことがあるのですが」


 そんな声が――ガシンジャ達の耳に届く。


「――お頭!! アドニス王子です!!」


 部下の指差す先、水路を越えた北側に――杖を携えた黒髪の青年が一人、佇んでいた。


「……おいおい、護衛も連れず……ひとりだと? しかも杖……魔術師なのか」


 ガシンジャがそのあまりの怪しさに訝しむ。こうなれば最悪――アドニス王子の首を持ち帰りさえすれば……何とか今回の損害は賄えると踏んだガシンジャだが、それにしても、わざわざ一人でいるところに疑念を抱いてしまう。


 罠がある……そう見て間違いない。


「どうしました? 逃げるのですか? それとも――戦いますか? 逃げるならば、


 そのアドニスの言葉に、ガシンジャがピクリと眉を動かした。


「おうおう……追放された無能王子風情が随分と舐めた口を利きやがるな。見逃す? それはこっちのセリフだぜ? お前さえ捕縛するなり殺すなりすれば、こっちは任務達成なんだよ。なのに、一人でノコノコ出てきやがって」

「それで、伝言は伝えてくれるのですか、くれないのですか?」

「それはてめえで――考えな!」


 ガシンジャがハンドサインで部下へと弓と魔術を撃つように伝えつつ、馬を走らせた。


 彼の中で、ここで尻尾を巻いて逃げるという選択肢は既になかった。何より彼には確信と絶対の自信があった。


 例え相手がどんな未知の魔術を使おうとも――


「そのすかした面、叩き斬ってやる!!」





「……挑発に乗ったか」


 アドニスがそう呟いて、ため息をついた。もし彼等が素直に撤退するなら、本当に見逃すつもりでいた。だが、タレットの情報と合わせると、相手がおそらく〝黒蠍の尻尾ジャグラ〟の頭領であると気付き、アドニスはわざと挑発したのだった。


「僕が逃げるとしたら、間違いなく北から脱出すると踏んでこっちに来たのだろうけど……逆に言えばそれはこっちにも分かるわけで」


 ミルムース村からの脱出を考えると、自然とそれは南北のどちらかになってしまう。そして街道へとアクセスや近隣の村への距離からして、間違いなく脱出するなら北を選ぶ。だから、ガシンジャは北に自ら出向き、そしてそれを読んだアドニスは北でそれを待っていたのだった。


 ここで待っていれば、間違いなく敵の戦力の中でも最も練度が高い部隊が来ると。


「さてと……じゃあやるか」


 アドニスがまるで準備運動とばかりの気軽さで魔力を込めながら杖を振るうと――大地がまるで水面のように波打った。





「なんだ!?」

「まずい! 馬から飛び降りろ!!」


 馬で駆けるガシンジャ達の足下が隆起。馬の足に絡まるように木の根が次々飛び出ていく。


 その攻撃に耐えられず馬が転倒していく。


「はん! 馬を潰したぐらいで良い気になるなよ!!」


 馬から飛び降りたガシンジャと部下達がアドニスへと駆けると同時に、後方に待機していた兵士達から無数の矢と火球がアドニスへと向かって放たれた。


「よっと」


 アドニスが杖をそちらに向けた瞬間、まるで壁のように分厚い木の板が地面から伸びてその全てを防ぐと、塵となって消滅する。


「木属性魔術の使い手か……まあ、なんであろうと関係ないがな」


 ガシンジャがアドニスの力を分析しつつ接近。その手にある三日月刀が、淡い赤色の光を纏う。


 アドニスの杖の動きに合わせて、木の根がまるで大蛇のように鎌首をもたげ、先頭を走るガシンジャへと襲いかかる。


「馬鹿め!! 俺の前では魔術なぞただの幻に過ぎん!――ぶち破れ!!【魔術殺しメイジマッシャー】!!」


 ガシンジャは、希少なスキル【反魔術アンチマジック】を所有していた。あらゆる場面、特に戦場では魔術が重宝されるなか、彼のスキルはその魔術を阻害できた。特にその覚醒スキル【魔術殺しメイジマッシャー】は魔術を斬ることで無効化することができ、対魔術師相手であれば、ガシンジャはこれまで無敗であった。


 ゆえに、彼はアドニスが魔術師であると分かったからこそ、その挑発に乗ったのだ。魔術を封じられた魔術師なぞ――接近職の人間にとってはただの赤子同然だった。


 それが本当に……であれば――の話だが。


「てめえはまず手足を切断して、生き地獄を見せてやる!!」


 ガシンジャの三日月刀が赤い斬閃と共に、アドニスの放った木の大蛇へと叩き込まれた。


「……は?」


 しかし、ガシンジャの三日月刀はいとも簡単に――大蛇の太い胴体による薙ぎ払いを後ろにいた部下ごと喰らい、吹き飛ぶ。


「がはっ!!」


 ゴロゴロと転がるガシンジャが何とか受け身を取り、立ち上がるものの、口内に血がこみ上げてくる。


「ばかな……! くそ、お前ら、早く次の魔術と矢を放……て……」


 ガシンジャが振り向くと、後方にいた部隊が、樹皮に覆われた狼のような魔物の群れに襲われていた。既に彼等は援護するどころではなく、方々に逃げ回っているが一人ずつ確実に狩られていった。


「まさかお前が魔物を……! いやしかし、それでも俺の【魔術殺しメイジマッシャー】が効かなかったことの理由にならん!」


 ガシンジャが地面を蹴って加速。あの王子さえ殺せば……! 流石は百戦錬磨の剣士であり、その身体能力は並ではない。あっという間にアドニスへと接近すると、サイドステップ。


「読めてるんだよ!!」


 アドニスが木の根をまるで槍のように地面から突き出すのを読んで、それを回避。ガシンジャがアドニスの横へと回り込んで三日月刀をその胴体へと叩き込もうとした瞬間――


「……っ!?」


 その踏み込んだ足が、


「なっ!?」


 その勢いのまま転倒。アドニスまであと一歩のところで、ガシンジャは地面へと倒れるとようやく何が起きた理解した。


「なんで……砂に!!」


 そう、先ほどまでは普通の地面だったはずのアドニスの周囲一帯が、サラサラの細かい砂へと変化していた。


「ま、まずい!」


 ガシンジャがそこから脱出しようともがくほど、身体が沈んでいく。


 見れば、アドニスが立っている地面以外の全てが――砂となっており、部下や部下の死体を飲み込んでいく。


「【魔術殺しメイジマッシャー】!  くそ! 魔術ならこれで消えるはずだ! 【魔術殺しメイジマッシャー】! 【魔術殺しメイジマッシャー】!」


 ガシンジャが何度も三日月刀を砂へと突き立てるが、それはただただ沈むのを加速させるだけだった。


「無駄ですよ。この周囲一帯のさせ、砂にしました。この砂地獄から逃れるのは不可能です」

「ありえん! なぜ貴様の魔術が消せない!? なぜ木属性魔術だけでなく水属性まで操れる!?」


 そうガシンジャが思うのも仕方なかった。本来、スキルは単属性の物が多く、二属性を使いこなす魔術師は一握りしかいない。だからこそ、クロンダイグの王子であるベラノの【全属性】というスキルが如何に規格外であるか分かる。


 だがアドニスは軽く二属性の魔術を使いこなした。しかもどれも高度な魔術ばかりだ。


「ん? あー、そういうスキルを持っているのですね。なるほど……残念ながらこれは魔術のようで、魔術ではありません。貴方がこれまで相手してきたものとは全くの別物です。あえて名前をつけるとすれば……〝竜法術ドラゴンスペル〟とでも呼びましょうか」


 冷徹な目でこちら見つめるアドニスを見上げて……ようやくガシンジャは喧嘩を売った相手を間違えたことに気付いた。


 なぜならその目がまるで、爬虫類か何かのように縦長の瞳孔になっていたからだ。その視線から、一切温度を感じなかった。


 ガシンジャはその目を良く知っていた。それは――圧倒的な覇者のみが持つ目。


「なぜ魔物を従えている! なぜそんな力が使える! あ……あんたは……何者なんだ!」


 もはや身体が沈み、顔だけを出した状態のガシンジャが叫ぶ。


「僕ですか? 僕はアドニス。このドラグレイクの地を統べる……――になる予定です……ってもう聞いてないか」


 肩をすくめたアドニスの足下には――砂が何事もなかったかのように流れているだけだった。


 こうして、あっけなくラルドとカシンジャ率いる〝黒蠍の尻尾ジャグラ〟及び傭兵が連合したサリエルド軍は全滅したのだった。


 そのあまりに圧倒的な勝利は――サリエルド軍に追随していた商人や娼婦によってすぐさまサリル地方を中心に大陸全土へと拡がっていった。


 〝ドラグレイクの地には――〟、と。

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