第4話:岩の館


「えっと……僕はアドニス」


 アドニスがそう言って、目の前の巨大な竜――ティアマットに頭を下げた。


「はい、主様。なんなりと言ってね~」


 その見た目に似つかわしくないのんびりとした口調にアドニスが苦笑いを浮かべた。後ろにいるグラントとスコシアは硬直したままだ。


「……おい、こんなデカい魔物初めて見たし、しかも喋ったぞ」


 グラントの言葉に、思わずスコシアが杖でその足を叩いた。


「馬鹿、魔物じゃないわよ! あれは……竜よ!」

「竜って、おとぎ話とかに出てくるあれか? 正気かよ……」


 グラントのその言葉を聞いて、カレッサが笑う。


「くくく……そう、お前達は全て忘れ去ってしまっているんだ……竜が実在したことも、そして何度も歴史にその姿を現しては、確かな爪痕を残していったことも。真実は全て歴史の闇の中ってやつだな」

「――カレッサさん。つまり僕のスキル【竜王】は……竜を召喚して従えることができるってこと?」


 そのアドニスの問いに、カレッサに代わってティアマトが答えた。


「その通りよ主様。私達〝七竜〟は古の盟約に従って竜王の御印を持つものに手を貸すことになっているから――好きに使ってね――流石にこの身体では少しやり辛いわね~」


 その言葉と共にティアマトの身体が光に包まれていく。


 そして光が消えると同時に――アドニスの前に、美女が現れた。青に白が混じった長く豊かな髪はウェーブしており、頭には角を模した王冠を被っていた。露出の多い水着のような服を着ており、その巨大な胸が嫌でも視界に入る。全体の色彩といい、王冠といい、アドニスはその美女がティアマトだとすぐに分かった。


「この形態の方が親しみやすいでしょ~?」

「ええ……なんというか、そういうことも出来るんだね……」

「歴史に竜の名が残らなかった要因の一つね。みんな人に化けたがるのよ」


 カレッサがそう言ってため息をついた。まるで、そのせいで散々苦労したかのような物言いだ。


「大暴れする時以外は人間体の方が都合が良いのよねえ。この世界は私達にはちょっと色々狭すぎるの」


 ティアマトは頬に手を当て、しみじみそう言ったのを見て、アドニスが恐る恐る声を発した。


「えっと……ティアマトは、水を操れる竜ってことだよね……? この水もティアマトさんの力?」

「そうよ~水にまつわることなら大体なんでも出来るわ~」

「じゃあ、この大地を潤すことも出来るってことか」

「もちろんよ~。この水も、地下水脈を押し上げてきただけだし、地下には数百年分ぐらいの水はありそうね~」

「なるほど……じゃあとりあえず――この水を引いてくれる?」


 アドニスの言葉に、グラントとスコシアが力強く頷いた。周囲を水で囲まれた今の状況では埒が明かない。


「はーい。あ、そうだ、主様。主様は

「築かれる……? ああ、そうだね。僕はこの土地を開拓しに来たんだ。それで、拠点を探しているのだけど、何よりも必要なのは水だから」

「なるほど~。じゃあこの足下の岩が、暫定的な拠点なのね~」

「とりあえず雨風が凌げて、かつ水があれば、そうだね」

「ではでは水を引くついでに――水の力をご覧あれ~。あ、その泡玉に入ったら下まで運ぶね」


 そう言って、ティアマトが水に飛び込むと――周囲の水が渦巻き、複雑な水流が水中で何かを削り取っていく音が響く。アドニス達が目の前に現れた泡玉に入ると、それがふわりと浮き、地面へとゆっくりと降りていく。


 そしてすっかり水が引いて、元の景色に戻ったのを見てグラントがしみじ呟いた。


「……規格外だな」

「それよりも……あれ……」


 スコシアが岩をくり抜いて作ったあの遺跡のあった場所を指差して、あんぐりと口を開けていた。


 そこには――まるで計算され尽くした設計図によって建てられた、城と呼ぶには少し大袈裟だが、やかたと呼ぶにぴったりな建造物が佇んでいた。


 壁が全て元あった岩のままであることや、元々の遺跡が部分的に残っているとことから考えると――


……」


 アドニスの推測に、ティアマトが笑顔で答える。


「はい~。彫刻みたいな物ね。外見だけでなく中もきっちりそれっぽく作ってるよ~」


 そう言ってティアマトは手に持っていた石を水で削っていき、一瞬でアドニスそっくりの石像を造り上げた。


「どういう魔力操作をすればあんな精密な動きを……」


 開いた口が塞がらないとばかりにスコシアが呟く。水を操るという魔術はありふれたものではあるけれど、これだけの規模でかつあれほど精密な動きができるのは異常だった。


「水は大地を削るのよ。山も岩も土も……全て」


 カレッサの言葉にアドニスが頷いた。水は、生活に欠かせないものであるが、それと同じぐらい脅威にもなり得るものなのだ。だからこそ――治水、そして水源の有効活用は開拓には必須なのだ。


 だがこれで、少なくともその部分の心配が解消されたばかりか、更に高度なことが色々出来そうだと分かり、アドニスはここでようやく笑みを浮かべたのだった。


「もしかしたら……この開拓……上手くいくかもしれない!」


 その言葉にグラントとスコシアが同意し、ティアマトが嬉しそうに笑ったのだった。


「とにかく、拠点は出来たわけだ。まずは名前でもつけたらどうだ?」


 カレッサの言葉に、アドニスが即答した。


「――〝岩の館〟」

「悪くねえ。俺はそういう分かりやすい奴の方が好みだ」

「そうね、私もそう思う。良い名前だと思いますよアドニス様」

「素晴らしいです~」


 グラント、スコシア、ティアマトの言葉を聞いて、アドニスが頷いた。


「さあ……ここからだ」

「それで……次は何を次期竜王様?」


 そのカレッサの問いに、少し考えたのちにアドニスはこう答えたのだった。


「こことミルムースの村を結ぶ――

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