第3話:七竜召喚

「まったく……お行儀が悪い魔術師だな。だが魔術の精度、威力は悪くない。人間にしては――だが」


 そうのたまいながら出てきたその赤髪の魔女は背が高く、頭には真っ黒なとんがり帽子を被っており、身体にはボディラインが良く分かるぴっちりとした黒いローブを纏っていた。その姿はいっそ怖いほどに妖艶だが、美女に弱いグラントも、その言い知れぬ雰囲気にそれどころではなかった。


「……スコシアの魔術を喰らってなんで無傷なんだアイツ」

「当たったのは確かなはずなんだけど……反魔術を使った?」

「なら……刃は効くかもしれねえな!」


 グラントが凶暴な表情を浮かべると、両手の片刃の曲剣を構えた。

 

「二人とも待って」


 アドニスはそう声を出すと、馬から下りた。なぜか彼は――その魔女が敵ではないと確信していた。


 だけど……手放しで味方と判断するのは早計だということも分かっていた。


「僕の部下がいきなり攻撃してすみませんでした。僕の名は――」


 しかしアドニスがその言葉を言い切る前に――魔女は彼の目の前にいつの間にか移動しており、アドニスの顎を右手で掴んでいた。


「可愛い顔だねえ、アドニス・クロンダイグ第三王子……いや、元王子か」


 魔女に斬りかかろうとするグラントを手で制したアドニスが真っ直ぐに、その魔女の真っ赤な瞳を見つめた。


「なぜ……それを」

「遅え。思考がスローすぎる。あたしの第一声を思い出せ、あたしはお前をなんと呼んだ」

「――次期竜王、と」

「そういうこった。あたしの名はカレッサ。〝竜の魔女エキドナ〟と呼ぶ奴もいたがね」

「え……それって……いえ、ありえない」


 スコシアが驚いたような声を上げたのを聞きながら、アドニスが魔女――カレッサを見つめたまま口を開く。


「貴女はここで何を」

「無論、君を待っていた。それがあたしの役割だから」

「なぜ僕が来るのを知っていた」

「そういう運命だからさ。君がこのドラグレイクの地に来たのは偶然ではない」

「まどろっこしいのは無しにしましょう。貴女は味方ですか」

「それは……、次期竜王」


 そう言ってカレッサがニコリと笑うと、アドニスから数歩後ろへと離れた。


 すぐにグラントがその間に割って入り、剣を構える。彼は決して目の前の魔女が味方だとは思っていない。


 その様子を見て、カレッサが微笑む。


「良い部下だ。さて……このままじゃ信用もクソもないだろうから、初回サービスだ。アドニス――君にそのスキルの使い方を教えてやろう」

「……使い方? このスキルは魔物の発生を抑え、活性化を防ぐのがその効果なのではないですか? 現にここまでの道中もほとんど魔物に襲われませんでした」

「かはは……ちげえ、全然ちげえ。それはただの副産物にすぎない。仕方ない、ほれ右手を出してみ」

「え? 右手?」


 アドニスがそう言って、右手を宙に浮かべた。


「そうだなあ……アドニス。この土地で生きていく上で一番必要な物はなんだ?」

「えっと……」


 アドニスはその質問の意図を考えながら、脳内で描いていた開拓計画を思い出すが、どれも前提条件としてあるものが必要不可欠だった。


 それは全ての生命に欠かせないものであり、だからこそ――それが一切見当たらないこの大地は死に絶えていた。


「それは――

「……正解だ。そして君のスキル【竜王】の力を使えば――この枯れた大地に水を蘇らせることができる。それを教えてやろう。必要なのは――御名だ」

「御名?」

「あたしの言葉に続いて――〝原初の海に揺蕩う蛇よ〟」


 アドニスが右手を差し出したまま、カレッサの言葉を復唱する。


「――〝原初の海に揺蕩う蛇よ〟」

「――〝その青き鎧と白き刃を持って、大地を削りし者よ〟」

「――〝その青き鎧と白き刃を持って、大地を削りし者よ〟」


 その言葉と共に――アドニスの右手の甲に青白い紋章が浮かびあがっていく。


「――〝七と十一の盟約に基づき、我が呼び掛けに答えたまえ〟」

「――〝七と十一の盟約に基づき、我が呼び掛けに答えたまえ〟」


 その言葉の先を――なぜかアドニスはカレッサに言われる前から分かっていた。否――。ああ、なぜ僕はこんな重要な言葉を、そして名前を――忘れていたのだろうか。


「〝〟」


 そしてアドニスは――その名前を口にした。


「〝顕現せよ――ティアマト〟」


 その言葉と共にアドニスの手の甲から青い光りが溢れ、同時に――大地が揺れた。


「なにこの魔力量……!?」

「何が起きてやがる!? 足下から何か……来るぞ!」


 グラントが咄嗟にスコシアとアドニスの身体を掴んで、横っ跳びする。


「無駄よ。だって彼女ったら……ちょっとだけ豪快なのだから」


 そうカレッサが笑った瞬間、地面が爆発。


 遺跡の周囲の地面から噴き出したのは――大量の


 それは巨大な水柱となり、天高くまで届いていた。そしてその噴き出す水柱を巨大な黒い影が猛スピードで昇っていき、そして天へと体を踊らすと同時にその姿を現した。


 それは頭部にはまるで王冠のような角が生えた蛇で、翼のような巨大な刃状のヒレを複数もった長い胴体で悠然と、そこが海の中のように空を泳ぐと、そのまま遺跡の前へと降りてきた。


 その泳いだ軌跡に――虹が架かっている。


「もう少し、登場の仕方は考えなさい――ティアマト。新たな主が溺れそうよ?」


 遺跡の周辺一帯が噴水で陥没したことでそこは巨大な湖になり、辛うじて遺跡の上部が島のように突き出ていた。その島の上で呆れたような声を出すカレッサが、湖で溺れそうになっているアドニス達を見てため息をついた。


「あらあら……やりすぎたかしら~」


 そんなのんびりした女性の声と共に、アドニス達の周囲の水がまるで見えない力で操られているかのように彼等を優しく、島の上へと運んでいった。


「えっと……これは……」


 島で起き上がって、ようやく何が起きたか理解しつつあったアドニスが水を吐きながら、引き攣った笑みを浮かべた。


 そんな彼に、湖から頭だけを突き出した巨大な蛇――ティアマトがその見た目に反して、優しい声でアドニスにこう語りかけたのだった。


「初めまして主様、私はティアマト。再生と破壊――つまりよ。というわけで、これからよろしくお願いね~」

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