第2話:ドラグレイクの砂礫

 アドニスの前には――広大な砂と岩の大地が広がっていた。ギラギラと照りつける太陽に、ゆらゆらと揺れる陽炎。


「こいつはまた……予想以上に何もねえな」


 アドニスの隣でそう呆れた声を出したのは、筋肉質で茶髪を短く刈り上げた男だった。筋肉で引き締まったその身体は、度重なる実戦で鍛え上げられたものであり、来ている軽鎧も腰の両側にぶら下がっている曲剣も、相当に使い込まれているのが分かる。


「ミルムースの村長の言う通りだね、グラント」


 アドニスの言葉に、その戦士然とした男――アドニスの護衛であるグラントが頷いた。


「ここまで荒れ果てているとなると……開拓もクソもないんじゃねえか」

「いきなり荷物を全て持ってこなくて正解だった。住めそうな場所すらも……ないとは」


 アドニスはため息をついた。クロンダイグ王国より遙か東方。その広大な領土の東端に位置するミルムース村から馬を走らせて一時間ほど。東に行くに連れて草原が荒原になり、やがてそこは草木すら生えない砂と岩の大地と化していた。


 とにかく開拓するにも現地がどうなっているかを調べる必要があり、まずはミルムース村で荷物を降ろし、こうしてやってきたのだが……。


「どうするよ、アドニス王子」

「うーん……」


 はっきり言うと、考えなど何もない。当然、ここまでの道中色々と考えてはいたが――ここまで何もない場所だと、そもそもの前提が全て破綻してしまう。


「せめて……生活拠点に出来そうな場所があれば」

「どう見てもなさそうだよなあ。おーいスコシア、なんか見えたか?」


 グラントは横にある巨大な岩の上へと声を掛けた。その上には杖を握りながら砂漠を睨む、フード付きローブを被った、金髪を三つ編みにした少女が佇んでいた。


「更に東に行くと、人の住んでた痕跡らしきものはあったけども……村というかもはや遺跡? 的な? 住民は期待出来ないかなあ」


 少女――クロンダイグ王立魔導図書館の司書であり、アドニスの知識面や魔術面での補佐役を担当するスコシアが岩から軽やかに飛び降り、アドニスの隣へと着地する。


 彼女の緑色の瞳から、魔術の光が消えた。


「遠視の魔術で見ましたけど、ここから馬で東にしばらく行ったところにとりあえず雨風がしのげそうな遺跡があります。ただ……拠点として使えるかまでは実際に現地に行ってみないと、ちと分かんないですね」

「よし、じゃあ行ってみよう。とにかくまずは現地に拠点を作らないとね。いつまでもミルムース村に居るわけにもいかないし」


 その言葉でアドニスとグラントが馬にまたがると、グラントの方の馬にスコシアが飛び乗った。


「露骨に嫌な顔してましたしねえ、あのジジイ」

「仕方ないさ。追放された王子なんて厄介事でしかないから」


 アドニスがそう言いながら、まるでその言葉を吹き飛ばすように、馬を走らせた。


「はん、まあ仕方ないな。なんせ王子様だというのに、お供がたった三人だからな。わっはっは、みーんな途中で逃げちまった」


 グラントが豪快に笑う。


「残ったのは、この王立騎士団の鼻つまみ者である荒くれ脳筋馬鹿とあたしとメイドが一人だけだもんね」

「誰が脳筋馬鹿だこら。お前だってベラノ第一王子に喧嘩売ったせいで居場所なくした魔術馬鹿だろうが」

「私は自らの意志で、アドニス様についてきたから! 師匠の遺志を継ぐ意味でもね」


 そう言ってスコシアが遠くを見つめた。アドニスは彼女の顔に浮かぶ複雑な感情から、何を考えているか読み取れないが、きっと彼女が師匠と仰ぐ賢者の死について思うところがあったのだろうと推測する。


「むしろ、良く残ってくれたよ。僕は一人でもやる覚悟だったからね」

「そりゃあただの自殺行為だ。ま、四人に増えたところで、何が出来るかというと……」


 グラントが馬の上で器用に肩をすくめた。


「頼りにしているよ、グラント、スコシア。ミルムース村で待ってるタレットの為にも何か収穫がないと」


 アドニスは、荷解きの為にミルムース村に残ったメイド――タレットのことを思った。幼い頃から王宮付きのメイドとして働いていた彼女が今回の開拓についてきたことに、実は一番驚いていた。彼女は良い意味でも悪い意味でもメイド一筋であり、これまでも自分を庇う事もなければ、他のメイドのように陰口を叩いたり、自分に対する仕事だけ手を抜いたりなどはしなかった。


「あの無口メイドが一番謎だな。別に俺らみたいに他の王子や王に嫌われているわけでもないのに」

「あんたみたいな頭まで筋肉な奴には女心の機微が分からないよ」

「んだとてめえ、馬から落とすぞ」

「その前に魔術でその頭消し飛ばすけど」


 ぎゃあぎゃあと馬上で喧嘩する二人を見てアドニスは和小さく笑った。そして終始明るい二人の様子に心底助けられているなあと感じていた。もし一人だったら……何も出来なかったかもしれない。


 しばらく馬を走らせると、前方に巨大な岩が見えてきた。


「あれが――そうか。まあ確かに遺跡って感じだな」


 下手な家屋よりも巨大なその岩は内部がくり抜かれており、その横穴には窓や扉が取り付けられていた。


「家……とも言えないことはないけど、遺跡と呼んだ方がしっくり来そうだね」

「放置されて、最低でも百年以上は経っていそうな感じですよ」

「とりあえず中を確かめてみよう。魔物が住み着いているかもしれねえ」


 少し離れた位置でグラントとスコシアが馬から降りると、それぞれが得物を構える。


 近付いていくと、グラントが緊迫した声を出した。


「――アドニス王子は馬に乗ったままでいてくれ」

「どうしたの?」

「――嫌な気配がする。しかも飛びっきりヤバそうな奴だ」

「私も感じます……これまでに感じたことのない魔力です」


 二人がそう言いながら、じりじりとその遺跡へと近付いていく。スコシアはいつでも魔術を放てるようにと杖を遺跡へと向けていた。


「……来る」


 グラントがそう呟いた瞬間――遺跡の扉が勢いよく開いた。


「っ!! フレイムラン――」


 スコシアが反射的に魔術を撃とうとした瞬間、アドニスは、そこに人影を見て鋭い声を発した。


「スコシア、撃っては駄目だ!」


 しかし、既に杖の先から炎の槍が放たれ、遺跡の扉へと命中。爆音とが鳴り響き、爆炎と共に粉塵がもうもうと舞い上がった。


「馬鹿野郎、いきなり撃つやつがあるか!」


 グラントが怒鳴るも、スコシアが泣きそうになりながら杖をブンブンと振り回した。


「ご、ごめん! だって、気配が! って……え?」

「おいおい……嘘だろ」


 そんな二人の驚きの言葉を聞きながら――アドニスはジッと扉の方を凝視した。


「ふあー、せっかく出迎えてやろうと思ったのに、いきなり撃ってきやがるとはな。部下の手綱はしっかりと握っておいてくれないとこの先困るぜ?――


 そう言って無傷な様子で粉塵の中から出てきたのは、燃えるような赤髪をなびかせた――

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