第28話:竜の武具


 ドラグレイク――ミルムース村、村外れにある貯蔵庫。


 その倉庫はかつては小さく粗末な倉庫だったが、今は竜達の力で木材と土で造られた巨大かつ頑丈な倉庫になっていた。


「うん……いいね。凄く質の良い鉄鉱石だ」


 ルック村長を代表に、鉄鉱石の採掘を行っている村人達が見守る中、カグツチはテーブルの上にあった鉄鉱石を手に取り注意深く検分すると、無表情で小さく頷いた。


「これで良ければ、それこそ売るほどあるのですが……」


 ルックの言葉にカグツチが無言で首を縦に振るだけだった。


「残念ながら、精錬までの技術はこの村にはないんだ。最新式の高炉なんかがあれば良いんだけど、そもそも燃焼物があまりない土地でね。炭を使うにしろ、魔術を使うにしろ」


 横にいたアドニスの言葉に、カグツチが言葉を返す。


「心配いらない。それに関しては私がやろう。ヨルムンガンドがいるなら、何かしら作れるだろう。あとの細々とした道具やら設備はこの村の鍛冶職人の物で構わない。足りない物は適当に作らせるさ」


 カグツチはそう言って満足げな表情を浮かべた。


「あとは、どういう物を作れば良いかを色々と聞きたい。特に亜人向けの武器は作った事がないからな」

「今から案内するよ。それじゃあルックさん、サリエルドへの売却分を半量にして残りは村で使うことにします。いずれは村で採掘精錬まで一貫でやれるようになると良いですね。鉄鉱石と鉄では、売れる値が全然違いますから」

「そうですね。そこまで出来れば素晴らしいですが」


 アドニスの言葉にルックが同意する。鉄鉱石と塩の取引が正常化したおかげで、村の資金にはかなり余裕が出てきた。だが、それでも今後の開発を考えるとまだまだ足りない。そのためにも主要産業である鉄関連の施設拡張そして生産量を増やしていくことは急務だった。


「あとは鍛冶職人を増やして、武具の量産輸出なんかも良いかもしれないですね。残念ではあるけど……未だに世界から争いは絶えず、需要はある。しかもただの武具じゃなくて――〝〟なら特に」


 アドニスはそう言って、腰の短剣を抜いた。シンプルな形をした片刃の短剣だが、その刃は微かに青く染まっている。それは彼が持っていながらも殆ど使う事がなかった護身用のナイフを打ち直した物で、カグツチに最初にやってもらったことだった。


 その腕前を試す為の試験的なものだったのだが――その成果は彼の想像を遙かに一本だった。


「竜の武具……それは既存の武器とは違うのですか?」


 ルックの言葉に、アドニスが嬉しそうに笑みを浮かべた。


「もちろんです。竜の創造には、常に竜の魔力が付き纏い、それは武具でも一緒でした。カグツチが打った武具は全て彼女の魔力を帯びています。竜の魔力を帯びた武具は、それだけでも普通の武具よりも性能が良いし、何より予め魔力を蓄積したり、弾いたりする効力も得られるのですよ」


 そう言ってアドニスが短剣に軽く魔力を込めると、その刃から炎が噴き上がった。


「おお! これは魔術とは違うのですか?」

「ええ。予め、炎の魔力を込めていたものです。あとはそれを、誰もが持っている体内魔力を微量に使うだけで起動させることができます。ルックさんでも発動させられますよ」

「ちょっと待ってください。それってつまり――誰でも擬似的に魔術を使うことが出来ると。そういうことですか!?」


 信じられないとばかりに言うルックに、アドニスが肯定する。


「その通りです。予め魔力を込めないといけないですが、そもそもカグツチの打ったものには全て炎の魔力が込められています。武具の大きさや金属の組み合わせ、後は魔力に干渉する魔石やクリスタルを柄や刀身に組み込めば、更に複雑なことが出来そうですが――これはまだ研究段階ですね。僕が確認しただけでも、この大きさの短剣で三種類の属性を持たせることが出来ました」


 そう言って、アドニスが器用にその短剣に水を纏わせたり、小さな石を生成して射出したりとしてみせた。


「一番の利点は予め準備しておけば、使用者を選ばない点です。当然込められた魔力も使っているうちに無くなっていくので再補填する必要はありますが……なんせ元が竜の魔力なので中々無くなることはないかと」

「凄いですね……これは絶対に売れますよ!」

「ええ。ですが当分は、自軍だけに配給するつもりです。誰でも使えるってことは……敵に使われる可能性もありますから」

「あ……なるほど。それは確かにそうですね」


 ここまで黙って聞いていたカグツチがゆっくりと口を開いた。


「そこは……なんとかできないか頑張るよ……試したいこともあるし」

「うん、ありがとうカグツチ。とりあえず、まずは迫る戦いの為に一つでも多く武具を作ろう」

「任せて……ふふふ……戦いは嫌いだけど武器作りは好き……」


 薄く笑うカグツチを見て、アドニスはいよいよ戦争への準備が佳境に入りつつあることを実感した。


 武器さえ揃えば――あとは待つだけだ。


「おそらく一週間以内に、クロンダイグ王国の討伐軍がサリエルドに到着します。僕はこの地で新造したドラグレイク軍を率いて彼等を撃破するつもりです。そしてそこで――公式に独立を宣言し、世界に対して名乗りを上げます」


 アドニスは既に、大陸各国の暗部や情報部がサリエルド近辺にやってきていることは、領主であるエルギンとタレットから聞いていた。意図的に彼等にはある程度情報を流すように指示してある。


 よってこの戦いは嫌でも、この大陸の衆目を集めることになるだろう。


「例えそれが甘い理想論であっても、ただの偽善者だと指を差されようと、僕は僕が理想とする平和な世界の為に――戦いを、戦争を、血塗れの道を、厭わない」


 カグツチを喚び、アドニスは改めて自覚したのだ。既に、この手には世界を滅ぼす力があることを。


 そして自分が望めば……彼女達は簡単にこの大陸なぞ支配してしまうだろう。だが、それにはおそらく膨大な数の死と破壊がついてくる。それは――アドニスが理想とする世界ではなかった。


「俺は……信じていますよ、アドニス王を」


 ルックがそう言って深く頷いた。その目には確かな信頼があった。


「ありがとう……ルックさん」

「この村はアドニス様と共に歩むと決めたのですから。どこまでもお供しますよ」

「心強いです」


 二人の青年が堅く握手するのを見て、カグツチが再び笑みを浮かべる。


「ふふふ……いつの時代も良いねえ……若者の青春は」


 しかしそのカグツチの呟きは誰にも聞かれる事はなかった。



 一週間後。


 新生ドラグレイク軍の準備は完了し――ついに歴史の表舞台へと登場したのだった。


 その初戦は――あまりに衝撃的で、のちに偉大な歴史家となった人物が当時のことをこう書き記していた。


〝第一次サリエルド防衛戦と呼ばれるその戦いは、真実を書けば書くほどあまりに伝説じみており、しかしそれは実際に神話の体現かのようだった。当時の覇国であるクロンダイグ軍と共に我々は――目のあたりにしたのだ。英雄を、

 

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