第27話:始まりの火
ドラグレイク――大樹の館より東方。
「〝七竜召喚……顕現せよ――カグツチ〟」
アドニスがだだっ広い何もない砂漠で、そう言い放つと同時に杖を振りあげた。
右手の甲から赤色の光は放たれると同時に、上空の風が渦巻き、それはやがて炎の嵐となっていく。雷と風を纏うその炎はやがて赤き雷となってアドニスの前へと降り注いだ。
それは一つの小さな火となり――アドニスの前で揺らめく。
「えっと……カグツチ……だよね?」
いつものように派手な登場だが姿が見えず、アドニスは思わずその小さな火に恐る恐る話し掛けた。
「……だれ?」
火から発せられたのは何とも気だるげな女性の声だった。
「君を召喚した者なんだけど。僕はアドニス……君の主人だ」
「ああ、もうそんな時期か……嫌だなあ……寝てたいなあ」
どうにもこれまでとは勝手が違うようでアドニスは困惑するが、すぐに気を引き締めた。
この程度で動じていては、この先やっていけない。
「――僕の力になって欲しい。君の火と炎を僕の国の為に使いたいんだ」
「……」
しかし、返ってきたのは沈黙だった。だがその火の揺れ方で、アドニスはなぜそう思ったのか分からないが、彼女は何かに対しとても不服なのかもしれない気がした。
だからこそ、はっきりさせるべきだと思い、口を開いた。
「僕は――
「……すーすー」
しかし返ってきたのは寝息だった。
「……寝てたの!?」
「はっ……!? いや……寝てない」
「嘘だ……」
真面目に話したのが馬鹿らしくなってきたアドニスだったが……。
「君もどうせ……
そんな言葉が火から発せられた。その言葉と共に火の色が徐々に明るくなっていく。
アドニスはいつぞやスコシアに聞いたことがあった。
火は――蒼に近くなるほど……温度が高いということを。それを目の前の彼女に置き換えると……
「君は、怒っているんだね。火の力を使っていつまでも殺し合う人間に」
古から火は人の歴史と共にあった。文明を開いたのも火であれば、文明を終わらせたのもまた火だった。それは火薬であったり魔術であったりと形態は様々だが……やはり人類の栄枯盛衰の側には常に火があった。
火は――始まり、そして終焉の象徴だ。
だけどきっと彼女は……もううんざりなのだ。作ってまた壊されるのが。
「ならば、誓おう――僕は決して君の炎を破壊には使わない。とはいえ……破壊に通ずる行為、つまり戦争の為の武具を作ってくれって言うのがそれに含まれるなら……難しいかもしれないけど」
「武具……?」
目の前の火の色が元に戻る。
「うん。これから起きる戦いで良質の武具が必須なんだ。しかも人の手で作れないような……例えば三メートルを超す亜人専用の武具だとか、空を舞う翼人が飛びながら撃てる弓だとか……」
「なにそれ……
火がふるふると揺れた。
「ティアマト達から、君はそういう鍛冶仕事が得意だと聞いた。前の主人が君をどういう使い方をしたのかは分からないけども、僕は君を鍛冶職人として迎え入れたいと思っている。君にはずっと始まりの火で居てほしい。創造の火であって欲しい。決して君の炎自体を敵に向けたりはしないし、強制するつもりもない」
アドニスが言葉を終えると同時に――火が膨らみ、やがてそれは女性の形へとなっていく。
それは鍛冶職人が付けるような前掛けがドレスと一体化した鎧のようなものを着ており、オレンジ色の髪を後頭部でまとめている、猫背気味の背の高い美女だった。その右目には瞳の代わりに蒼い火が揺れており、左目には眠そうな赤い瞳があった。
腰には純白の鍛冶道具がぶら下げていて、彼女が動くたびに涼やかな音を鳴らしている。右足には黒い脚甲とブーツを履いているが、なぜか左足は何も纏わず素足だった。全体的に黒い服装なだけに、その左足だけがやけに浮いて見える。
「私は……カグツチ。よろしくね……アドニス君」
そう言って、ぺこりとカグツチは頭を下げたのだった。
☆☆☆
城塞都市サリエルドより西方――ヨルムンガンドにより造られた〝急造山脈〟の半ば。
細い谷間をのろのろと行軍しているのは、ベラノ王子率いるクロンダイグ王国軍だ。
「また山賊です!! 右方の斥候部隊が襲われています!」
「伝令!! 後方の第十補給部隊が山賊らしき集団の襲撃に苦戦中!!」
次々舞い込んでくる報告に、ベラノは頭を抱えていた。
「ええい! くそ! なぜこの本隊を襲ってこない!? 俺が蹴散らしてやるのに!!」
手に持つ杖を振り回したいのを我慢してベラノが叫ぶ。
「おそらくここに最大戦力が集中しているのがバレているのかと……先ほどから的確に輸送部隊や食料の入った馬車ばかり狙われています。情報が漏れている可能性が……」
「馬鹿な。敵国ならともかくたかが山賊に軍の情報を漏らす奴がどこにいる?」
ベラノがそう反射的に反論しつつも、頭の片隅では冷静に思考していた。
これは明らかに――妨害工作だ。となると……山賊を装った敵軍の可能性が高い。
だが……そんなことを誰がする?
アドニスが? その可能性はあるが、しかし違和感がある。このやり方は、どう考えても歴戦の将がやりそうな手だ。いくら智恵と何らかの力があろうと、あのうだつの上がらない弟が一人で仕組んだとは到底思えなかった。
「……まさかサリエルドが裏切った? あのドハウがアドニスに? ありえんな。仮にそうだとしても、奴の子飼いの部隊とはやり方の毛色が違う気がする……」
「ベラノ王子……どういたしましょう? ヘインズ将軍はさっさと抜けてサリエルドで一旦立て直した方が良いと仰ってましたが」
この討伐軍を指揮しているのは名目上はベラノであり、実際に指示も出しているのはベラノだが、実際に軍を動かしているのは今回同行しているヘインズだった。
彼は若かり頃から現在のクロンダイグ王と戦場を駆け巡った男であり、その実力は確かで彼を英雄として崇め尊敬する兵士達も多い。
だがベラノからすれば、父親と同じく疎むべき存在だった。古い慣習と思考に縛られた憐れな老人――そんな気持ちしか抱いてはいないが、大軍を淀みなく動かすには彼の協力と人望が不可欠なのは分かっていた。
「さっさと抜けられないから苦労しているんだろうが」
「とにかくまずは後方に、いくらかの魔導兵を救援に送るべきかと。あとは斥候を増やしましょう。明らかに奴らはこちらの動きが見えています」
「そうだな。特に食糧と水は死活問題だ。魔術である程度カバーできるがそれで戦闘用の魔術に使う魔力がなくなっては元も子もない」
「かしこまりました」
部下達がテキパキと指示を各所に送っていく。
その姿に安堵しつつ、早くもこの討伐軍の先行きが暗雲に包まれていくような錯覚にベラノは囚われていた。
「くそ……この忌々しい山といい……どうなってやがる」
その後、ベラノ王子の行軍は散発する山賊の襲撃によって、その歩みを毎回止めざるを得ず、かといって先行部隊を急がさせるとあっさりと分断をされてしまい、山の中で散っていく。
「俺は……何か間違えていないか……? 根本的な……何かを」
そんな事に今さら気付きながらも――ベラノは結局、撤退するという選択肢を選ぶことはなかった。
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