第48話:シエンとの再会

 

 その突発的な会合は――議事録すら作られなかったという。


 〝大樹の館〟の一階にある応接用の広間で、アドニスはその突然の来客を迎えた。


その脇には、二足歩行する巨大な牛のような姿をした巨漢が立っており、威圧的な雰囲気を放っていた。


彼が、竜姫を除いたドラグレイク軍の最強の一角であるミノタウロスのゴンザであり、今日の護衛当番として、たまたまこの館にいたのでこうして駆り出されたのだ。黒い鉄製の鎧と幅広の剣を装備しており、既に臨戦態勢である。


そのゴンザの反対側には背の低い少女が立っていた。植物を纏うドレスを着た、緑髪をショートカットにした美少女で、彼女こそがこのドラグレイク竜王国における最高戦力である竜姫と呼ばれる存在の一人――ユグドラシルだ。その幼くも整った顔は、不機嫌そうな表情を浮かべており、近づき難い雰囲気を放っている。


普通の人間なら見ただけで物怖じする姿と迫力を出すその二人を前にしてなお、白いドレスを着た少女は平然としており、アドニスへと笑顔を向けていた。頭上に載せた禍々しい形のティアラ以外は、あの王都で会った時とさほど変わらない姿だ。


「あはは、アドニス久しぶり! なんかやつれてない? 仕事しすぎ?」

「多分それ、シエン様のせいだぞ……察してやれよ」


 その少女――〝百夜帝国〟の女帝にしてスキル【天魔】の持ち主であるシエンに呆れたような口調で答えたのは、その横に立つ涼しげな目元の、見た目麗しい青年だった。キサナギ独特の民族衣装を纏っており、何より目を引くのは、その黄金色の髪と同色である頭部から生えた狐耳と――背中の後ろに広がるフサフサの九本の尻尾だ。


「やはり、貴方は帝国の人間だったんですね」


 アドニスがあえてシエンには答えず、その九尾の青年――レーヴに鋭い視線を向けた。ミルムースの郊外で襲撃されたことを忘れるわけがない。


「かはは、覚えていてくれて光栄だよ。改めて……〝百夜帝国〟が最強集団、〝六道衆〟が一人――レーヴだ。よろしくしてくれよ、竜王さん」


 レーヴのおどけた態度を見て、ゴンザが剣を抜きかけるがそれをアドニスが制する。そんなことで一々手を出していては、この先まともに会話なんて出来そうにないからだ。


「……ドラグレイク竜王国のアドニスです。隣にいるのが僕の護衛のゴンザと、ユグドラシルです。念の為、この場に同席をしてもらいます」


 アドニスはあえて、内政の長たるスコシアやその部下達には別室で待機してもらい、今すぐ集められる最高の戦闘要員だけをこの場に呼んだ結果、こうなった。なんせ相手は敵であり、かつ竜王や竜姫に匹敵する力を持っていると言われている。何かあった場合に、対応できる人間以外に同席させるのは危険と判断したのだ。


「うーん……やっぱり竜姫って可愛いよねえ。カグツチさんも美人だったし。ねえレーヴ、なんであんたら六道衆はムサい男ばっかなの? 全員美少女もしくは美女化してよ」


 そんなシエンの軽い言葉にレーヴが肩をすくめる。


「知るかよ。アゥマ辺りは喜んで性転換の術を開発してやりそうだが」

「うげ……あいつが女になったらもっと面倒臭そうだから却下で」


 まるで、遊びにきたかのような二人のやり取りを見て、アドニスは頭が痛くなってきた。大陸中の人々を脅かす女帝であり自分の天敵であるこの少女はしかし、前会った時と何も変わってはいなかった。ただ一つ、あの時には感じられなかった禍々しい力を彼女が秘めていることだけは、嫌というほど分かってしまう。だから――やはり、こう聞く他なかったのだった。


「――シエン。君は……何がしたいんだ。僕を騙し、そして国を二つも滅ぼした。なのに、君はまるで友達のような顔で僕の目の前に現れた。僕には、それが理解できないよ」


 それがアドニスの、まごうことなき本音だった。分からない。彼女が何者で、どんな力を有しているか――ではなく、何を思い、何を考え動いているのかが、まるで分からなかった。理解できないがゆえに、この場にいる誰よりも、彼女が異形に思えた。


「うわあ……ショック。あたしは友達のままだと思ってたのに!」

「いやいや、シエン様……それはいくらなんでも無理があるだろ。かはは、同情するぜ、竜王さんよ。この御方は我らですら、理解できない存在だからな。考えれば考えるほど、ドツボに嵌まるぜ?」


 そんなレーヴの言葉を聞いて、ここまで無言だったユグドラシルが彼を睨みつけながら口を開いた。


「あんたは黙ってなさいよ、へらへら狐男。少しは場をわきまえなさい」

「あん? なんだ、草女。文句あるならやるか? てめえにゃあ、前回色々とやられたからな。今度こそ灰にしてやる」

「知らないわよ、そんなの。そっちがやる気ならあんたのその尻尾ごと皮を剥いで、カーペットにしてやる」


 殺気を放ち始めた両者を見て、アドニスとシエンが同時に言葉を放つ。


「ユグ、落ち着いて」

「レーヴ、ちょっと黙ってて」


 それを聞いて、二人は口を閉ざすとお互いを睨みはじめた。どうやら、何かしらの因縁があるようだが、それを今聞く暇はアドニスにはない。とにかく、シエンの気持ちを聞きたい。それが彼の本音であり、最初から交渉だのなんだのを期待なんてしていない。


 そんなアドニスの思いを感じてか、シエンがようやく真面目な表情を浮かべ、口を開いた。


「今日は本当に挨拶をしに来ただけだよ。前はさ、色々あたしにとっても想定外が起きて、ちゃんと話せなかったから。うちの馬鹿達がはしゃぎすぎて、すぐに王城に乗り込んでくるしさ……」

「いやだって合図を送ったのはシエン様じゃ――」

「黙っててって言ったよね?」

「はい、すみません」


 レーヴがスッと頭を下げたのを見て、シエンが言葉を続ける。


「もうアドニスも知っていると思うけど、私は【天魔】というスキルを持っているわ。そのスキルの存在意義は徹頭徹尾、【竜王】を殺すことにある。ねえ、アドニスは想像したことある? 幼い頃から、ずっとスキルによって心と体を蝕まれて、見た事も聞いた事もない相手を殺すことを運命付けられた日々を送る虚しさを。あたしはずっとずっとずっとずっと探していたの――【竜王】を持つ人を。でも、ずっと見付からなかった。それでようやくその気配を感じたんだけど、いきなり会っても、向こうから殴りかかってきたらどうしよう……そう不安になったの。だからあえて【天魔】の力は封印して、ただの女の子として竜王であるアドニスと喋りたかったんだ。それで、王都では正体を隠して接近したけど……本当は最後に全部言うつもりだったんだよ。ちょっとでも好きになれば――殺したいって気持ちが消えるかもしれないと思って」


 その言葉を聞いて、アドニスが目を細めながら短くこう言い放った。


「嘘だね、それ」

「……あはは、流石アドニス! でも、酷いなあ……せっかく一所懸命らしくない事を喋ったのに」


 ケラケラと笑うシエンを見て、ユグドラシルとゴンザが怒気を放つ。ゴンザが握り締めている剣の柄から、ミシミシという嫌な音が聞こえてくるほどだ。


「君のその言葉と、やっていることは矛盾しすぎている。クロンダイグを、王都を、そしてロールフェルトが今どうなっているか、君は分かっているのか? 僕は国というものが、王というものが何かなんて偉そうに言える立場ではないけど――君がどうしようもなく間違っていることだけは分かる。そして一国の王として、君の行っている侵略行為は絶対に許せないってことも」


「王を語るには、あたしも君もまだ若く幼すぎるよ」

「例えそうだとしても、僕は王として何をすべきかは分かっているよ。王は、国を守るものだ。決して私利私欲の為に民を支配したり、争ってはいけない」


 アドニスが真面目に語るのをシエンはジッと聞いていた。彼自身も、それが青臭い理想論であることは分かっていた。それでも、だからこそ――王は理想を求めるべき存在であると信じていた。


「あたしにとって、王なんて立場はどうでもいい。宿命に抗う為なら、あたしは悪魔にでも鬼にでもなれる」

「それは……間違ってるよ。それがなんであるにせよ、無辜の民を巻き込んでいい理由にならない。強い力には必ず責任が付き纏うんだ。君はそれを無責任に放棄している」


 アドニスが否定すると、シエンが笑った。


「でもね、アドニス――力はね、圧倒的な力はね、全てを捻じ伏せるんだよ。運命も、宿命も、そういう青臭い言葉もね。だからあたしはあたしの力で、この運命を、くだらない宿命を捻じ伏せる。その為になら、なんだって犠牲する」


 今の言葉は、間違いなく……シエンの本音だ。だからこそ、アドニスも本音をぶつけることにした。


「シエン。これは王としてではなく僕個人の気持ちだけど……君のやったことは許せないけども、それでも君とは争いたくない。だから……和解の道を探りたい。その抗うべき宿命と運命をどうすべきかを一緒に考えよう」


 アドニスがシエンをまっすぐに見つめた。それが王失格の言葉だというのは分かっている。今更、和解なんてしたところで、シエンの罪はなくならない。それでも、アドニスは戦いを避けたかった。戦争を行って、一番辛い目にあうのは国民であることを彼は、王都崩壊の日に嫌というほど経験したからだ。

だが――そんなアドニスの言葉を聞いても、シエンが少しだけ驚いたような顔をするものの、すぐに何かを誤魔化すような笑みを浮かべるだけだった。


「それは……無理だよ。あたしにはあたしの運命がある」

「そうか、分かった……なら、戦うしかない。僕は君のやり方を拒絶する。僕個人として、王として、君と君の国に抗う」

「……そうだね。そうなるのは分かっていたんだけどね。アドニス、あたし達は半年以内に白聖国を落とす。なぜなら、あの地にこそ全ての元凶が眠っているから。それに抗うと言うのなら……首都ルアンでまた再会しましょう。だって、アドニスも――彼の地が必要なのでしょう?」

「……もう話すことはないですね」


 アドニスの言葉に、シエンが頷いた。ならば、話はこれで終わりだ。アドニスが出口の近くに立っていた兵士に目配せをし、扉を開けるように指示する。


「さようならアドニス。次会うときは、こんな暗い感じじゃなくて、愉快に笑いながら殺し合えるといいね。あと、一つだけ忠告――もし〝竜の魔女(エキドナ)〟を語る女を知っているのなら……その言葉は信じない方がいいよ」


 そんな意味深な言葉を吐いて、シエンが去ろうとした、その時。


「待たれよ!」


 そう声を張り上げたのは、ゴンザだった。彼はなぜか鋭い視線を、レーヴへと向けていた。


「なんだよ? もう話は終わりだぞ、牛野郎」


 レーヴが鬱陶しそうに視線をゴンザへと返す。


「そちらの女帝はともかく、そこの狐! 貴様はその配下に過ぎぬくせに、その我が主への態度はなんだ⁉ あまりに不敬だ! 到底看過できぬ‼」


 怒気の籠もったそのゴンザの言葉を聞いて、レーヴが鼻で笑った。


「……で? それがどうした三下牛野郎。何も出来ねえなら、雑魚は黙って突っ立ってろよ」

「――我と決闘せよ!」


 ゴンザがそんな事を言い出すので、アドニスがそれを止めようか止めまいか迷っていると――


「は? なんで俺が家畜風情と決闘なんてしなきゃならねえんだよ」

「その無駄に多い尻尾を巻いて逃げるなら、それはそれで構わぬぞ。末代まで語り継がれるだろうがな……主君の前で決闘を恐れ逃げた、惨めな狐がいると、な」

「てめえ……はん、良いだろう。だがな、俺様と決闘なんて百年早え。てめえなんざ、うちの〝式兵〟だけで十分なんだよ」


 レーヴが裾から、妙な文字や図形がびっしりと書き込まれた長方形の紙を取り出した。なぜか、アドニスはその文字や図形に覚えがあるような気がした。あれは確か母さんが……なんて思い出そうとしていると、それをレーヴが床へと落とした。


 その紙が床に触れるとひとりでに燃え上がり、見た事もない装備をした兵士が一人、煙と共に出現した。鋼色の無骨な鎧に、帝国独特の緩く反りの入った曲剣――刀を腰に差している。その顔は面頬で隠れて見えないが、目が赤く光っているところや、口から覗く牙を見るに、人間ではないことが分かる。


「我が帝国軍の一般兵だが……てめえよりは強いぜ、デカブツ。俺に喧嘩売りたければ、まずはこいつに勝つことだな」

「笑止! こんなひ弱そうな兵士に、ドラグレイク軍最強とも言われる〝巨獣隊〟の隊長である我が負けるわけがない! アドニス様、よろしいか⁉」


 今さら聞いてくるゴンザに、アドニスは内心ため息をついた。それにゴンザ本人は気付いていないようだが、レーヴに決闘をあっさり回避されている事実を指摘すべきか迷う。だが、帝国軍の兵士の実力を見たいという気持ちもあり、結果としてアドニスはシエンへと振ることにした。


「シエン、君はどう思う」

「いいんじゃない? どうせ負けないから。だから、勝ったらごめんね? うちの兵卒にそっちの最強のなんたらが負けたら、戦意喪失するかもだけど」


 そう言ってシエンが不敵に笑った。そんな挑発じみた言葉を受けて、アドニスはため息をつくしかない。


「はあ……仕方ない。決闘は許可するけど、殺し合いは無しだからね」


 その言葉を受け、ゴンザと名も無き兵士が頷いた。


「我は負けぬ! ゆくぞ、兵士よ! 我が剣を喰らうがいい!」


 アドニスの合図と共に、ゴンザが剣を構え突撃する。しかしその決闘は、一瞬で勝負がついた。


「……」


 物言わぬ兵士――〝式兵〟が深く腰を落とし、腰に差していた刀を抜刀しつつ一閃。

「ブモ⁉」


 その居合と呼ばれる帝国独特の剣技と同時に、澄んだ音が響き渡った。


「ば、馬鹿な」


 キンッ、という刀を鞘に納める音と共に、ゴンザの剣――剣と言っても常人なら振り回すどころか、持ち上げることすら困難な程の重量を誇る大剣――と、彼が纏う分厚い装甲の鎧が、あっけなく切り裂かれた。


 何よりアドニスを驚かせたのは、鎧は切り裂いても、ゴンザの肌には一切の傷がつけていない点だ。一体どれほどの技量があれば、それほどの芸当ができるのだろうか。何より、いくら技量があろうと、剣がなまくらであれば、ゴンザの剣と鎧を斬ることなど不可能だろう。


「勝負あったね。近衛兵の装備と腕がその程度なら、もう大人しく国ごと投降した方がいいかもよ? あ、もしかしたらそれが一番平和に終わるかも! どう? いっそ、結婚しちゃう⁉」


 シエンの突拍子もない言葉に、二人の人物がいち早く反応する。


「な、何を馬鹿なことを言いやがる! け、結婚って!」


 ここまで余裕の表情だったレーヴが初めてそれを崩した。


「ば、馬鹿じゃないのあんた!」


 ユグドラシルが柳眉を逆立てて、声を荒げる。

 そんな二人の様子を見て、アドニスは苦笑するしかない。


「謹んでお断りするよ。まだ、結婚なんて歳でもないしね」

「歳だけの問題じゃないってば!」

「その通りだ! お前ら為政者の自覚あんのかよ! 国同士のトップがそんな簡単に結婚とか言うな!」


 ユグドラシルとレーヴに睨まれて、アドニスがため息をつく。


「いや、なんで僕が怒られなきゃいけないんだ……」

「あはは! というわけで、またね! ほら行くわよ、レーヴ。早く戻らないとアゥマに怒られるよ」


 そう言って、シエンがスタスタと部屋から出て行く。


「ちっ……いきなり竜王に会うって言って連れてきたのはシエン様だろうが……じゃあな、竜王に草女、それにそっちの雑魚牛も。次会ったらぶっ殺す」


 そう言い残して、レーヴがシエンに続いた。


「それはこっちの台詞よ、狐野郎!」


 ユグドラシルがそんな言葉をレーヴの背中に投げたと同時に――扉が閉まった。


「……ゴンザ、大丈夫?」


 床に膝をついたまま呆然としているゴンザに、アドニスがそう声を掛けるが……。


「馬鹿な……我がただの兵士に負けた……? ありえん……断じてありえん」


 しかしゴンザにアドニスの言葉が届いている様子はない。


「しばらくソッとしておいた方がいいかも。それより、あの兵士……あれが帝国の標準的な兵士だとすると……」


 その先を、ユグドラシルは言わなかった。あの練度、装備。それはドラグレイク軍を遙かに凌いでいる事実を、アドニスは受け止めざるを得なかった。


「ゴンザが装備していた竜の武具は、今のところ、うちの国で手に入る最高の素材を最高の技術で打ったものだよ。それがあんなあっさり斬られてしまうなんて」

「……練度はともかく、素材は何とかなるかもよ。あいつを喚べば」


 そのユグドラシルの言葉にアドニスが頷いた。どうせ召喚するつもりではいたが、更にその必要性を再認識できた。この先の戦いでは、ただの鉄製の武器では話にならないだろう。


 ならば――


「ああ、すぐにでも召喚をしよう。金属を司る――五人目の竜姫を」



*作者からのお知らせ*


新作公開しています!

良かったら読んでくださいな!


傭兵の街のゴーレムラヴィ ~秘匿された実験部隊から抜け出した強化人間の少女は、元英雄に拾われ傭兵となるようです~

https://kakuyomu.jp/works/16817330666895175322

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜王様の最強国家戦略 ~竜姫を従えた元王子はスキル【竜王】の力で反旗を翻す~ 虎戸リア @kcmoon1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ