第47話:ドラグレイクの今(2)


 時折、ふらっと現れては助言めいたことをするカレッサが、ただ雑談をしに来たとはアドニスにはとうてい思えなかった。なので、アドニスがそう切り出すと彼女は真剣な表情を浮かべた。


「何度も言っていることだが、戦争に備えとけよ、アドニス。今回の天魔は性急にして苛烈だ。いつ攻めてくるか分かりはしないぞ。人間の兵士が増えたのは大いに結構だが、それじゃあ奴等に勝てない。残りの竜姫の召喚をして、万全にしておいた方がいい」

「残り……となると、あと三人ですね」


 アドニスが、召喚済みである四人の竜姫達の顔を順に思い浮かべていく。


 竜姫達のまとめ役でもある、水を司る竜姫――ティアマト。彼女のおかげで、砂と岩しかなかったこの土地で暮らせるようになり、彼女がドラグレイク竜王国の礎を築いたと言っても過言ではないほどの活躍を見せてくれた。


 双子の竜姫の姉で、植物を司る竜姫――ユグドラシル。木材というあらゆる場面で使える資材の調達から、木製の船と言った輸送手段や食料生産まで、この国の産業において幅広く活躍している。


 双子の竜姫の妹で、大地を司る竜姫――ヨルムンガンド。開墾から城壁、住居、街道の作成など、国の発展に必要不可欠な土木作業を一手に担ってくれている。彼女なしにここまでの急発展はなかっただろう。


 そして、あらゆる文明において必然とされる火を司る竜姫――カグツチ。鍛冶もこなす彼女の作成する武具によって、竜王国軍は大幅に強化された。


 その全員がアドニスを慕い、そして彼もまた彼女達を信頼していた。 カレッサはそれを見抜いた上で――こう助言する。


「あと三人だが……実質あと二回だ。なんせ最後の二人は、二人で一人みたいなもんだからな。表裏一体とも言うが。だから、矛盾しているように聞こえるかもしれんが、最後の二人はこれまでの召喚とは少々勝手が違う。召喚には慎重さと、何より場所が大事となる」

「慎重さ……それに場所ですか?」

「その二人だけは、これまでの竜姫とは異質の力を持つ。これまでと同じように詠唱して終わり、というわけではないんだ。まあ、他の方法もないことはないんだが……」


 それを聞き、アドニスは小さく驚いた。これまでの竜姫だって十分に規格外の力を見せ付けてきた。それと比べ異質と言われるその二人は……一体どんな力を秘めているのだろうか。


「水も木も土も火も、そして次に召喚するであろう、竜姫の持つ理も……全て、人類は拙いながらその手に収め利用してきたものだ。だがな、最後の二つは違う。それは人類がまだ手にしたことがない概念なんだ。それ自体は知っていても触れることも出来ず、それを讃えることや怯えることは出来ても、手中に収めたことはこれまでに一度だってない。だからこそ――それを手に出来る竜王の凄さが理解できるだろう? その危うさも」

「……はい」

「ま、だがそれがないと天魔に勝てないのは事実だ。少なくとも、次の竜姫はもう喚んだ方がいい。あいつは、こういう状況下でこそ輝く奴だからな。ちと、めんどくさい奴だが」


 そう言って、カレッサがため息をついた。どうやら次の竜姫も他と負けず劣らずの個性派のようだ。


「分かりました。早急に次の竜姫を召喚したいと思います」

「奴がいればドラグレイク軍は更に強くなるだろうさ。あとはそうだな……おそらくだが、近いうちに白聖国から使者がやってくるはずだ。同盟を呼び掛けてくると思うが、必ず受けた方がいい」

「同盟、ですか?」

「ああ。しばらく帝国は動けないことは知っているだろう?」


 アドニスも一国の王である以上は、大陸の情勢はある程度把握していた。異形の存在である六道衆を率いるシエンが、祖国であるキサナギから独立し造り上げた新国家――百夜帝国。かつての覇者であったクロンダイグをあっさりと滅ぼし、この大陸における大国の一つだったロールフェルトも陥落させたその手腕は、是非はともかく見事だろう。だが、その苛烈な軍事行動と性急な領土拡大は、帝国の新しい領土内で様々な問題を生じさせていた。それにより帝国は当分、内政に専念するだろうというのが識者達の結論であり、宰相のスコシアもまたそれに同意していた。


「ええ。帝国軍はしばらく攻めてこないだろうと聞いています」

「それはもっともだが、あくまで普通の国家であれば――の条件付きだ。奴等には竜姫に匹敵する存在である、六道衆という厄介な奴等がいる。その規格外の力を鑑みて、しばらくは動けないと結論づけるのは、ちと危ういとは思わないか?」

「その通りです」


 それはアドニスも想定していたことだ。しかし、スコシア達の意見もまた真実であり、何より相手の情報がなさ過ぎる。なので今はいつ来ても対応できるようにしつつ、国力増強に励むという中庸作を取らざるを得なかった。


「白聖国もまた、同じ考えだろうさ。だから、今のうちに同盟を結び、対帝国の連合を作り上げたいと思っている。というよりアドニス、お前に全部任せたいんだよ」

「僕に?」

「ああ。同盟を結ぶべき理由がそこにある。アドニス――白聖国には竜王の秘密が、歴史の闇が眠っているんだ。そして――さっき場所が大事だと言ったろ? 最後の竜姫達の召喚は、とある場所でしかできないんだ。だからその場所にお前が行く必要がある。そしてその事実を、白聖国の連中は知っている」

「召喚の為の場所……白聖国は何を知っているのですか」

「自らの目で確かめてくるがいい。いずれにしろ、かの地は必ず戦場になる。ならば同盟を結んで堂々と行く方がいい。きっと奴等も同盟の見返りとしてその場所を提示してくるはずだ」


 カレッサの言葉に、アドニスが真剣な表情で答えた。


「つまり……僕に白聖国へ行けと、そう仰るのですね」

「ああ。首都ルアンにあるエテラ神殿の最奥に、その場所はある。護衛役に竜姫を誰か連れていけ。あとは防衛用に残しておいた方がいい。今回の天魔は何をしでかすか、あたしでも読めないからな」

「分かりました」


 アドニスが頷くのを見て、カレッサが満足そうに頷くと立ち上がった。それと同時に執政室の扉が勢いよく開いた。飛び込んできたのは、金髪を三つ編みにした魔術師――この国の宰相であるスコシアだ。


「アドニス様! 緊急事態です!」


 スコシアの切羽詰まった表情に、慌てた声を聞いてアドニスは嫌な予感がした。彼女がここまで慌てた様子でいるということは、きっとただ事ではないはずだ。


「や、館の前に――シエンと名乗る女が! その風貌は確かに、女帝シエン・百夜と一致していまして! ど、どうしましょう⁉」


 その言葉を聞いてアドニスが素早く、執務室からバルコニーへと飛び出た。砂混じりの風を顔で受けながら、アドニスがバルコニーの柵に手を掛け、下にある館の正門へと視線を向ける。


 そこには――確かにあの王都で出会った白髪の少女――シエンが立っていた。脇には見覚えのある、九尾の青年もいる。


「間違いない……シエンだ。スコシア、すぐに応対の準備を!」


 アドニスが鋭い声で指示を出す。その声色には有無を言わせない迫力が混じっていた。


「は、はい!」


 スコシアが再び慌てた様子で執務室から飛び出していく。


「……殺しますか」


 横に立つタレットの耳打ちに、アドニスは首を横に振って否定する。


「多分、人形(ヒトガタ)だろうから無駄だよ。それより、対話を僕は望む」


 あの二人が本人ではなく、キサナギ独特の魔術系統――陰陽術による、人形(ヒトガタ)、つまり本人そっくりの分身である可能性が高いことを、アドニスは分かっていた。ならば、争うだけ無駄だ。だが、いくら分身とはいえその言葉は本人の物である。それだったら対話を選んだ方がまだマシだ。


「かしこまりました。ですが、万一が何かあれば……」

「分かっているよ。その時はよろしく」

「承知致しました。では、少し失礼します」


 そう言って、タレットの姿と気配が一瞬で消えた。それを見て、カレッサが立ち上がった。


「あたしのことは気にしなくていい。さっさとあの馬鹿娘に会ってくるといいさ」

「すみません。それでは」


 アドニスが頭を下げると、早足に執務室から去っていった。一人残されたカレッサが大きくため息をつくと、どこを見るでもなく呟いたのだった。


「やはり今度の天竜戦争は……歪み始めているな。でもそれでいい……それでいいんだ。アドニス、強くなれよ。強くなって、天魔さえも飲み込んでしまえ。それをきっとあたしは……待っているはずなのだから」


***


<作者よりお知らせ>

カクヨムコン向けに、青春学園ミステリーを連載中!

因習村、民俗学的要素を入れた、ラブコメな雰囲気もある作品なので是非!


嘘つきマーメイド達の恋と戦争

https://kakuyomu.jp/works/16817330650219413088

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