第38話:罪を焼くは真なる炎なり

 ガレル・ティソーナは、吹き飛ばされた一瞬で機会が訪れたことを察知した。

 ブラフにすぎなかったとはいえ、封魔石が一切効かなかったのには驚かされたし、実際に物理だけで戦うのならば夜の顕現の効果によってガレルの負けは確定だっただろう。

 その上正体不明の加護ときた。


 本来ならば勝ちを諦めるほどの敗北条件が揃ってなお、ガレルはやっと、自分の勝ちを確信した。


「男見せたな。あとは俺に任せろ」


 空間魔法と加護の応用によってラード達の様子を伺っていたガレルは、彼らが既に。いや、たった今森を抜けたということを察知した。

 それが彼らにとってどれだけ過酷だったかも、どれほどの緊張感だったかも、ガレルには理解ができる。

 だからこそ、今ここでプチン・プチンを仕留められる自分が仕留めずにどうする、と。


 ガレルはギアを、一つ入れ替えた。


夜の顕現ナイト・リベレイション

「おいおい、長時間使って大技放ってまだいけんのかよ、その技」

「お前こそ、どういうことだ?俺の最強の攻撃手段を喰らってその程度の傷で済むなど……ありない!」

「その程度だと?骨イってるぜ何本か。これで軽症扱いたぁ、随分なヤブ医者もあったもんだ」


 骨折りの重傷者、圧倒的不利。対する相手は無傷の吸血鬼。圧倒的有利。

 しかしその態度諸々は全て逆。

 ガレルは余裕のある態度で持ってプチン・プチンを見据え、プチン・プチンは焦りと怒りが混じったような、そんな表情でガレルを睨みつけていた。


「さすがは愛に生きる使徒だな、熱視線が痛いくらいだぜ」

「黙れ、一度運よく避けようと関係ない。お前を殺すのにいくら夜を使おうが構わない。決めた、お前を殺す。絶対に、殺す」

「できねえよ」



 プチン・プチンは目の前で起こったありえない出来事に戦慄した。

 いや違う。明確に、はっきりと、目の前のこの人間に、恐怖しているのだと理解させられた。


「ナイト・リベレイションが、消えていく……?」

「俺は真実を見抜くのが得意なんだ。お前のこれを消すと何が起こるかわからないから消すのを躊躇ってたが、避難も終わったようだしな。こっからは、手加減なしで行かせてもらうぞ。派手に散れ変態野郎」

「なっ……」


 プチン・プチンが気が付いた時には、既にガレルが自分に刃を突き立てていた。

 腕ごと持っていかれる!


 そう感じ取ったプチン・プチンは自らの腕をあえて切り離すことでガレルの一撃を回避した。

 これまでの攻撃とは比較にならないほど、速い。いや、違う。そんな次元では、到底ない。


 力では確かに夜のプチン・プチンに及びはしない。今で互角がいいところだ。

 しかし、いるのだ。

 いてほしくない位置に、いてほしくない時に、剣が振られてほしくない時に、振られているのだ。


 速いというよりこれはもはや……


「未来視!」

「ふっ!」


(真実を見抜く加護、偽装を見破ったのもそれか。過去あったことがあるぞ。偽神の加護だ。しかし、こんなに圧倒的じゃなかった。むしろ弱いとすら言えた)


 そう、弱いはずなのだ。嘘を見抜くだけの力など。だが、なぜ目の前の相手はこうも。

 圧倒的なまでに、のか!


 数合を不恰好にこなすことで精一杯。いや、それすらもできているか……。

 短剣でいなすにも限界がある。これじゃ完全に立場が逆転しているじゃないか。と、プチン・プチンは焦りながらも冷静に考えた。

 打開策が怖いまでに思いつかない。


 加護によって自身の能力を看破し、無効化したならもう一度の夜の顕現ナイト・リベレイションは全くの無意味だ。しかし、正真正銘の奥の手である夜闇の拳ミッドナイト・ブローがガレルに有効なダメージを与えられると思えない。何より一撃必殺初見殺しの最強技が決まらなかった以上、プチン・プチンに勝ち目は薄いと言わざるを得ないだろう。


 思考の狭間、ガレルの剣が目前にまで肉薄する。

 横から叩きつけるような一閃。理解と同時に体を襲う激痛と浮遊感。自分が頭の半分以上を切り飛ばされたと、木に背を叩きつけられた時点で把握し、再生させた。

 再生速度も落ち始めている。馬鹿にならない傷も何度か喰らった。


 数合ごとにこれでは、数分後に自分はどうなっているのか。想像するのもおぞましい。

 プチン・プチンは自らの手に短剣がないのに、その時初めて気が付いた。


「おい、貴様何を……」

「あん時殺されてりゃあ、苦しい思いしなくて済んだのにな?」

「ぉ?」


 ガレルの剣が、自分の腹を通過して後ろの木に突き刺さる音を、プチン・プチンは聞いた。

 無様な服の上から、大量の血を滴らせる片手剣。腹の中がぐちゃぐちゃにかき回されるような痛みと共に、撫焼なでやきにされるような熱量に思わず悲鳴も忘れて息を飲んだ。

 時間が止まったような一瞬、しかし永遠に似た瞬間。プチン・プチンは彼の長い生涯の中で恐らく最大のそれに、恥も外聞も捨てて絶叫した。


「ぎゃあああああああああああああ!やめ、やめろぉぉお!俺に、この俺に何をしていやがる!やめろ、熱い、熱い!やめ、やめて、やめてくれ!なんでもする、なんでもするからやめてくれ!」

「じゃあ、ハッテーとマリアを生き返らせてくれよ」


 一瞬消えた痛みにしかし、プチン・プチンは痛み以上の恐怖を感じ取った。

 何かを口にしないと先程の激痛が再開すると分かっていて、それでも口を噤んでしまうような。そんな、ガレルの静かな怒りを気取ってか、プチン・プチンは一瞬、思考することをすら忘れた。


「聞いた時はびっくりしたよ。んで、その後にこっそり調べたんだけどなぁ、信じられなかったよ。1ヶ月経った今でもあの爺さんが死んだことを殆ど受け入れられないでいる」


 予想外のことにプチン・プチンは驚いた。

 ガレルは自らの内臓を焼くことを再開しなかったのだ。ガレルが話している間に絶叫されると話しづらいからだろうか?

 取るに足らないと、くだらないとプチン・プチンはそう思ったが、言えば何が起こるか分からないということもプチン・プチンは理解していた。


 下を向いたまま、ガレルの言葉に耳を傾ける。逃げるチャンスを窺う為に。

 表情を気取られぬように。


「『雷帝』って名に恥じない、魔術の天才。第一人者。俺はそんな最高の師匠を失った。親を失ったと言ってもいい。てめえによって殺された。そしてその、大恩ある人間の最期の想い人が喰われた。俺とも仲が良かったからなぁ……。そして、お前に会ったんだよ。想像以上のクソ野郎だった。子供攫って洗脳して、感情を覚えたら用済みとばかりに殺させて、そのくせ無闇にくだらない愛を騙るゴミクズだ」

「ぐ、グゼル……」

「俺の名は、ガレル・ティソーナだクソ野郎。人の名前ぐらい覚えらんねえのかよ二度と間違えるな」


 プチン・プチンは、腹ではない部分に熱を感じるのが分かった。

 思わず顔を上げると、ガレルの掌に渦巻く白炎が意思を持った獣のようにうねり声をあげていた。

 本物だ。だが、あり得ない。プチン・プチンは長く生きた記憶と知識を総動員し、目の前の事象を否定しようと努める。


 炎は燃料があって初めて形になり得るのだ、なにも使わず、炎を具現化させるなどあり得ない。あり得てなるものか。


「あ、あり得ない。俺は、私は……どうなるの?」

「死ぬんだよ、跡形もなく、永遠の苦痛を味わいながらな」


 白炎はガレルの手から離れると、ゆらゆらと揺れ動きながらプチン・プチンの中に入り込む。

 その瞬間、太陽も霞むような光が辺りを照らし、そして収束した。


「皮肉な名前だな、愛情プチン一途なプチン。哀れなだった」


 ガレルが憎々しげに、血のついていない剣を振るう。

 こびりついた深い愛を、振り払うように。



 *


 激痛の中で女が悶える。

 捨てたはずの自分の姿を見る事に対する羞恥。そしてその醜さへの憎悪で。


 吸血鬼によって作られ、プチン・プチンと名付けられた女は、その親と二人で幸せな生活を手にしていた。

 美しい顔の多い吸血鬼の中でも更に美しかった女の母との生活は、ある日人間によって壊された。吸血鬼ハンターと名乗る集団によって。

 どうやら母は自分のために人間を持ってきた所を見られ、居場所が割れたらしかった。


 親を殺され、自らをも殺されそうになっていたところを魔王に救われ、魔王軍の一員として生きていくこととなった。

 強欲の魔王ヘトナ。当代の名はそのようだったと、女はぼんやりと思い出した。


 ヘトナに言われた言葉は今でも鮮明に思い出せる。

 自分に戦いの才能があること、加護のこと、愛のこと。


 強欲の魔王である彼女は女を求め、彼女の夜の相手の一人として彼女に愛され、また自らを救った彼女のことを、女もまた憎からず想っていた。

 やがて数年の月日が経つと、強欲の魔王が他の魔王に殺された。相手は傲慢の魔王。名前はよく覚えていないが、最強の魔王であったという話だ。


 その時に強欲の魔王の命令で傲慢の魔王の領地に紛れ込んだ女は、ある時に男に襲われた。

 数人でよってたかって女を犯した魔族の男達は、しかしジャッジメントと呼ばれる傲慢の魔王の三傑の一人に断罪された。

 直接的な言い方をするのならば、殺された。


 その後、実力で名をあげた女は、自らの姿を男に変えてローディ・バットというこれまた三傑の一人に仕えた。


 女がなぜ自らの姿を男に変えたのか?

 自らの口調や、格好をかえつづけたのか?それは単に、愛されるためである。

 母に愛されるために幼い少女を演じ、ヘトナに愛されるために男勝りな自分を演じた。

 だからロディ・バットに愛されるために男になった。


 しかし女は初めての拒絶を経験する。愛のために自らを演じ続けた女はやがて、なればいい自分を見失った。

 愛を求めるがために大量に妻を持ち、そして殺した。時には夫を持って殺した。愛を見失ってしまったからだ。愛されたいが先行し、愛することを忘れた哀れな女。


 この世から愛がひとつ消える。

 彼女は人殺しの狂人ではあったが、愛に生きる美しい女性でもあったのかもしれない。



 彼女は愛を理解できない。

 しかし自らを焼くこの聖火が、自らを清める贖罪ならば。

 彼女はそれを受け入れようと、ふと思った。


 そして彼女を愛する人もまた、彼女が冥府へ行き、罪を贖うのを祝福するのだろうか。


 隔絶された空間の中で、土を踏む音が聞こえる。

 それはガレルが去る音だったのかもしれない。しかし誰かが彼女の元へと訪れる、そんな音だったのかもしれない。

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