第3話:第一村人

 死んだか……?


 俺は何度か胃壁を蹴るが、反応がない。確認方法が乱暴だって?

 もっと酷いことされてんだからおあいこだよ。


 しかし、なんだかんだ奴は死んでいると考えていいだろう。

 そう予想をつけて、俺は周囲を見渡した。


 ほとんど暗闇の胃の中で、俺はほっと息をつく……訳にも行かないので、剣を持ったまま慌てて胃から反対方向へと向かった。

 半分以上剣先が無くなっているその剣を食道の壁に突き立てて、何とか口から這い出ると、服はもうほとんど溶けてなくなり、体からは汚臭が漂っていた。

 文明人にあるまじき醜態である。お風呂入りたい。


「ご飯にする?お風呂にする?それともわ、た、し?ってな。うお、自分でやっててなんだけどキモイな」


 冗談も大概にして、とりあえず状況把握が先決だ。

 近くに川か何かがあればいいのだが、鬱蒼とした森の中、そんな気配はない。

 狼の攻撃……というか大暴れによってできた、開けた場所が有るだけだろう。

 そんなふうに思いを巡らせつつ俺は地面に腰を置き、狼の顔にもたれかかった。

 やっと息ができるという安堵感から思い切り息を吸い込んで、吐く。

 うん、悪くない。せ返るような異臭さえなければ。


 久々の呼吸に案の定噎せながらも、だが俺の心は達成感のみで満たされていた。

 絶対に勝てないと思った相手に、能力を駆使して勝つ。まさに主人公ムーヴと言うやつである。

 と、心の中でナレーションを入れたりする。


「クソオオカミ野郎が。一時はどうなることかと思ったが……」


 と、戦闘の疲れからか眠気が沸き起こってくる。

 狼の腹によじ登り、寝転がってみると、意外に寝心地が良く、取り敢えず寝て体力を回復しようと、そう思い立って目を瞑るが、体の匂いやらが酷すぎて寝るのに集中できない。

 せめて匂いだけは消せないものかと思うものの、そう都合よくファ〇リーズや何かを持っている訳もなく、家でいつも着ている部屋着も溶けてなくなってしまったわけだから困る。

 いや、裸なのも一応の文明人として十分問題だとは思うのだが、それ以上にひどい。


 気持ち良い毛皮の感覚に別れを告げると狼の背中から飛び降りて、水源を探してみるかと思い立つ。

 剣を置いて辺りを見回し、少し周りを散策する。

 適当に歩いていて見つかればいいのだが、見つからなかったら悲惨だ。

 なんなら餓死してしまったらその時点で復活できない可能性すらある。

 死を前提に考えるのも歪んだ話だが、こんな歪な状況から抜け出すのに、歪なものを使わなくてどうできるって話でもある。

 なんとか、一時的でも構わないから、飢えや水分不足を解消できる手段はないかと頭の中を模索すると、ふと頭に名案のようなものが浮かんだ。


「そういえば……さっきこいつ、魔法みたいなの使ってたよな」


 狼との戦闘で、胃の中で考えていたことを思い出す。ここが異世界なのだとしたら、魔法を使ったりもできるのではないか?

 ふと、そう思うとやってみたいことが出てくる。

 そう、例えば異世界ものの定番、主人公の魔法チートだ。こんなふうに……。

 

「ウォーター!クリエイトウォーター!アクア!」


 何も感じない……?

 いや、こういうのはイメージが大切だと言うのも定番じゃないか。こう、具体的に水が出るイメージをだな……


「ウォーター!クリエイトウォーター!アクア!水よ、出ろ!アクアクリエイト!」


 ……なんか、惨めだ。

 なんだかこう、なんて言うんだろ。何やってんだろ、俺。


 他にも思いつく限り詠唱っぽいのをやってみるが、ただ体力を消費するだけの徒労に終わって、俺はがっくりと肩を落とした。

 正直あまり期待はしていなかったが、期待していないなりに期待していただけに期待外れな結果に終わってやや不満というかなんというか。

 俺は現状への不満を一旦消化すべく、すぅっと大きく息を吸い込んだ。そして……


「なんなんだよ!こんな状況なんだから魔法ぐらい使えたっていいだろー!それぐらい期待させろよッッ!!」


 ッッッ……!

 

「うし、すっきりした。いや、してない。してないけど、してるって事にする」


 じゃないとストレスで死ねる。

 まぁ、死んでも復活するんだろうけどさ……。


「でも、復活にも回数制限が無いとは限らないしな〜。何より死の恐怖をそう何度も味わいたくは無いし。あの感覚は生易しい物じゃない」


 思わず語気が強まる。

 ……独り言を空に放つと何だか気が紛れるような気がする代償に、この上ない惨めさを得ると俺は学んだ。

 そもそも、こちとら戦いなんて無い世界の中の、さらに甘ったれた境遇の男だ。親に甘え、世間に甘え、自分に甘え、果てには死にすら甘えるウルトラシュガーだ。


「どうする、どうすればいい?」


 くだらない脳内思考、終わりなき自問自答を繰り返す。

 多分意味は無いだろう。


「あー、もう。喉乾いたし。誰か俺にお恵みを……うっ!?」


 詮の無い思考がぐるぐると。一周2周しようとしたとき、ふいに後ろから切られた感覚が身体中を襲う。

 痛い、痛い。


「けど、これじゃあ、すぐに死ねない」

「はん?」


 人間の声。相手は人間だろうか?声色的に男か?

 あーあ、こんな状況なんだから初エンカぐらい女にしてくれよ。

 ハーレムチート街道走るプランが台無しだよ。


 だが、状況は最悪の数十歩手前だ。

 死ぬ感覚に少し慣れたからか、自分の死のボーダーラインが分かりやすくなっている。そう、分かってる。

 今の攻撃は急所じゃないから、走れると気付く。走れちまう、だから本能的に生きる方を選びたがっちまう。

 

「くそがァァァァァアアアア!」


 叫ぶ同時に、剣をなるべく長く持って、振り向きざまに思い切り斬りぬいた。

 が、手ごたえは小さく、後ろのそれを薄く切り裂くだけに終わった。


「チッ!いってえなおい!」


 薄汚れた服を着た髭を生やしっぱなしの男が後ろに飛びのいた。

 最悪の第1村人発見に、俺は思わず怯んだ。

 そんな一瞬の間に、男は俺の首を切り落とそうと薄汚れた剣を俺めがけて振っていた。

 避けろ、避けろ、いや、避けずに死ね。

 そんな俺の半ば狂気的な思考とは裏腹に、俺の体は奴の凶器から逃れようと身を捩って地面に尻もちを着きかける。


「リスポオオォォォォオオオン!!」


「死ね!」


 後ろ足でなんとかバランスをとる。

 

 俺は張り裂けそうな痛みに耐えながら、咆哮した。

 もう避けられない程に近付いた剣先は、俺の命を刈り取ろうと迫る。

 来い、一撃で殺せ。復活したら、即殺してやる。

 人相手なら狼ほど難しくはない。


「そこまでだ!」


「■■■■ ■■■■■ ■■■■」


 剣先は俺の喉を掻く直前に止まり、その先からは冷気が漂っていた。

 

「クソ!氷魔女か!」


「それだけじゃないもん!」

 

 目の前の男と後ろにいる、恐らくは今魔法を使ったであろう人物が数度、やりとりをする。

 しかし、日本語じゃない、なのに何故俺は彼らが言ってることがわかるんだ?異世界特典?それとも俺の言語能力の才能がここに来て急に開花したのか?

 見ると、男は、足や腰、俺を突き刺そうとした右腕まで無惨に凍りついており、左腕でなんとか動かそうとしているが一ミリたりとも動いていなかった。

 動けなくなった男から逃れるように、俺は何歩か後ずさってついには尻もちを着いてしまった。

 その衝撃で背中の傷がジクジクと痛む。


「悪党、今お前が何をしようとしたか、何をしたか俺はしっかりとこの目で見たぞ」

「だいじょぶですかぁ?背中、ずばっていってますけど」

 

 剣士風の男が剣を腰から抜きはなって、2、3歩と盗賊風の男に近付き、それに追従するように魔法使い風の女が後ろをついて行く。

 俺の後ろには神官風の女がいて、俺の背中を支えてくれる。

 この人たちは一体何者なんだ?あれか?冒険者っていうやつか?


「ち、違うんだぜ。そこのそいつが俺に襲いかかってきて、だから俺は仕方なくだな……」


「ほう?剣ともいえない剣を持つ彼が剣を持つお前を襲おうとしたと。彼はよほど腕に自信がある剣士か何かだったのか?なら何故にお前に負けているんだ」


「それは、魔法使いの可能性だってあるだろ!」


「魔法使いが何故、魔具も持たずに裸一貫で人を襲うのだ。ますます意味がわからん」


「うっ……」


 追い詰められたように男が唸る。


「もう、十分だ。貴様は憲兵に引き渡す。せいぜい出所が早くなることを祈るのだな」


「ウルガス監獄って、夜冷えるらしいよ?暖かくして行きなよね!」


「昼は暑いですけどねぇ〜」


 更に追い詰めるように3人は男に言う。

 

「わかった、降参だ」


「よろしい。せめてもの情けとして最後には降参したと、伝えて置いてやろう」


 男は凍っていない首と左腕だけで項垂れて、降参の意を示した。

 それに満足そうに頷くと、剣を腰の鞘に収めた。

 女魔法使いは背負っていた鞄から縄を取り出すと、男の腕に触れて氷を溶かす。

 拘束を解かれた男が抵抗する間もないまま、男は剣士に抑えられ、その太い腕ごときつく縛られた。


 唖然としていた俺は、ふと我に返ると自分が服も何も着ていないことを思い出す。

 それを察したのか、剣士は魔法使いの背負っていた鞄からマントを取り出すと、俺に投げ渡した。


「君がここで何をしていたのかは知らないが、とにかく今は怪我人だ。街まで送ってから君も憲兵に預けるとする。が、何も着ていないのは不安だろう。それを羽織れ」


 剣士は男に向けていた声色よりもだいぶ優しめのトーンで俺に語りかけると、男を肩に担いだ。


「さて、このまま調査を続けるのもいいが、2人も人が増えてしまった。期間にも余裕があるし、今日は一時帰還しようと思うが……いいな?」


「いいよー!」


「いいんじゃなぁい?」


 剣士が他の2人に確認を取ると、大きく頷いてこちらを向いた。


「さて、名乗っていなかったな。俺の名前はラードだ、宜しくな」


「私は天才魔法使いのフェルだよ!」


「私はぁ、数少ない時魔法の使い手、マヤだよぉ。よろしくねぇ」

 

 彼らは自己紹介をすると、堂々とした足取りで森を進んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る