第4話:青藍の天虎

「お前の名前はなんだ?裸の青年」

「さあ、覚えてない、です」

「そうか」


 背中の傷を治してもらった俺は、震える体を支えられながら森の中を歩いていた。

 その間にほとんど会話は無く、強いて言うなら一度逃げ出そうとした男を再度捉えた程度の事か。

 その静かな行進の時間は、俺は今まで起こった散々な出来事を思い返すのに十分な時間だった。


「あの、ありがとうございます」

「礼には及ばん、当然のことをしたまでだ」


 戦っている間はあんなに昂っていた心が、今では冷え切ってしまっている。

 腕を組み、冷たい体に立つさぶいぼを掌に感じていると、マヤという神官風の女性が俺の背中を叩いてきた。


「まぁ、何があったのかは知らないけどぉ。出来る事なら相談ぐらい、乗るよぉ?」

「本当に、何も覚えてないんです。魔法とか、魔狩とか。言葉だけはなんか喋れて、でも」

「深刻だねぇ….…」


 俺が咄嗟についた嘘を、疑う事もなく信じるところを見ると、この人たちは本当にお人好しなんだな。

 と、フェルがこちらの顔を覗き込むようにして前に出ると、にっこりと笑って口を開いた。


「まあ、一個一個思い出していけばいいんじゃないかな。思い出せなくても作ればいいんだよ、これからを」

「……そう、ですね」


 かけられた明るい言葉が、俺の心を少しだけ上向きにさせる。

 しかし騙している罪悪感も、同時に押し寄せて来てしまう。

 その、疑う余地もなくこちらを励まそうとする口調に母が重なって、意図しないままに息が詰まった。



 思い出せば、ひどい人間だったと、地球での俺を振り返った。


 学校には行かず、始終配信ばかりやっていた。たった一度学校をサボってから、俺の人生は狂っている。

 収入が入るわけでも無い、人が多いわけでも無い配信画面に向かってぶつぶつ喋りながら憂鬱な自分の人生を切り崩していくだけ。

 親が俺に甘える事を許す限り甘え続ける人生。

 ただゲームをして現実から逃避するための言い訳にしていただけだ、くだらない。


 結果が、異世界に逃げられた訳だからまた笑える。



 何故、殺されたのか分からない。何故、あんな所に居たのかわからない、何故、俺なのか分からない。

 いつも通り布団で寝ようとしただけだ。学校をサボって昼まで寝過ごしてしまおうと考えただけだ。

 そしたら何故かビルの屋上にいて、体が勝手に動いて、ビルから落ちて、気付いたらここ。


 なんの為に俺は、ここにいるんだ?


 俺を落としたんであろう少女のことは今でも鮮明に思い出せる。


 濁りのない美しい金の長髪に、腕や首に付けられている絢爛な装飾品。

 長めのスカートと露出のない衣服は白地に金と青で模様が入っており、アニメや漫画なんかで見る聖職者の様で、完璧なまでに整った顔立ちは日本人的というよりどちらかと言えば欧系だったと思う。

 赤い目はすべてを吸い込むような妖しさを放ち、しかしどこか懐かしさを感じるような雰囲気が漂っている。

 その威容は、神と形容するに足りていた。


 まさに「オーラ」が違ったのだ。願いを叶えようとしてくれたのだ、覚悟もなく死にたいなんて言ったから天罰が降ったんだ。

 俺は顔を伏せると、小さな声で言った。


「ありえないんだよ、全部。なんで、俺なんだよッ……」

「……青年、そう気を落とすな」


 軽く言ってくれるな、と心の中で呟く。


「俺たちで良ければ魔法や俺たちについても教えていい。この国についても。それで気が紛れるなら、お易い御用だ。悩みすぎるのも体に毒だし、な」

「……はい」


 俺が覇気の無い返事をしたのを気にしたのか、ラードは溜息を吐いて俺の背中をドンッと叩いた。


「お前が立ち直る気が無いなら、俺たちに出来る事は正しく"何も無い"。ただ、ちょっとでもその気があるなら、俺たちを利用していい」

「ラードさん……」

「例えば、俺達のこと。冒険譚は好きか?」

「好きです」


 ラードは一拍置くと、自信ありげに胸を張って語り始めた。

「魔狩、という職業がある。ハンターと言ったり、冒険者と言ったり様々だが、正式名称は「魔獣族狩猟者」。人族に仇なす魔獣や魔族を狩る、命懸けの、気狂いな職業だ」


 ……。


青藍の天虎ブレイ・ティグリスという名だ。俺達のチーム、パーティとも言うな。魔狩自体が世界中にいる職業だから、呼び方は適当なんだ」


 ……。


「俺はそこそこ名の売れたハンターでな、このチームのリーダーも務めてる。青藍は俺の髪色から、天虎は俺の剣術の師匠に付けてもらった名だ」


 ……。


「元々ソロだったんでこの名前にしたんだが、暫く魔狩をやった後、フェルと仲間になった。フェルは元々魔狩を目指してた訳じゃないんだが、俺に憧れて独学で、氷魔術まで修めたんだ、凄いだろう?」


 ……。


「そして、マヤに出会った。マヤの村が魔族の襲撃に合った時、俺とフェルが何とかその軍勢を退けることが出来たんだ。けど情けない事に俺が死にかけてな、村の教会に運びまこまれた時、治してくれたのがマヤだ。時魔法を使って瀕死の俺が回復した時、フェルが泣いて喜んでくれてな」


 ……。


「それで村を出るって時にマヤが、私も行くって言い出して。村の皆に送り出されて俺の仲間になった。今も昔も頑固なまま変わらないんだ」


 ……。


「それでもう、数年になるかな。毒蛇と格闘したり、武術大会に出たり、色々あった」

「お前みたいに悩む事も多かった。特に2人が傷ついた時、俺は2人を冒険に連れていった事を何度も後悔した」

「でもその度に2人に支えられて、3人で何とか今日まで魔狩を続けられてる」

「今の状況に希望を見出すも絶望を見出すも、全部お前次第なんだよ。フェルやマヤや、俺。何の転機も起伏の無い人生の方が珍しい。なら……」


 なら、また1から楽しむのも悪くないんじゃない?と、フェルが言った。


 ラードとマヤが驚いた様にフェルを見ると、フェルはしてやったりと言った感じで微笑んでいた。


「まぁ、そういう事だ。少し恥ずかしいな、こうも赤裸々に自分語りをすると」

「フェルぅ?私フェルのそう言う所ぉ、超尊敬してるよぉ」

「そう?ありがと」


 マヤの皮肉を気にも止めず、いたずらに笑うフェル。

 そんな光景に俺は、あぁいいな、と少しだけ思った。

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