第5話:決心
炎を囲む俺たち4人は、魚が焼き上がるのを言葉も発さずに待っていた。
俺の場合は歩き続けたことに疲れ、声を発することさえもままならないという情けない理由からではあったが。
一度途中で抜けた川で水浴びをした際にもらった石鹸のひとかけら。それで鼻をつくようなキツい匂いはなんとか落ちた。この世界に来て初めて生きた心地を取り戻したって感じだ。
途中で襲ってくる
収穫はあの「クソ狼」のように強大なやつはそうそういるものではない……ということか。
道中で遭遇しなかっただけだが、あんなに大きな狼なら俺たちのような大集団を見逃すことはしないだろう。いないと考えたいものである。
まあ、それはそれとして。
あの後ラードに色々な話を聞いた。何故、こんなところに来ていたのか、も。
どうやらラードはある魔族の動向について調査に来ていたらしい。
なんでも最近になって、魔王の配下の目撃情報が上がってきたらしい。魔王とはなんともテンプレートなと思うが、それはあまり関係ないから良しとしよう。
まぁ、要はその魔族が彼らの街にまで被害が及ぼさないよう調査をしていた、という経緯らしい。
そんな事があった時に、俺とあの盗賊の男との戦闘?に遭遇したわけだ。
俺のせいで調査が遅れて町の人間にとってはいい迷惑だろうが、俺にとっては思わぬ幸運だった。
ラードたちと話す過程で、この世界について色々と聞けた。
魔法という、化学とはまた違った理論体系のことや、彼らの国の国教であり、世界最大の宗教であるユスタヤ教のこと、彼らの職業である
魔法についてはまだ理解していない部分が多いが、とにかく魔法というものが存在すると言うだけで、青少年の心は沸き立つってものだ。
もちろん俺も例外じゃない。
魔法を覚えるためには古代の精霊言語を覚えなければいけないんだそうだが、実は俺、歴史と語学は好きだったりする。
試験なんかも歴史と英語だけならいつも高得点だったし、折を見て誰かに学ぶのも悪くないだろう。
さて、考える余裕があると他のことに気を回せるようになるもので。
そう、そもそも俺にはもう一つ疑問があったはずだ。
俺がなぜ彼らの言葉を理解し、話すことができるのか。
日本語に翻訳されているとか、言語チートに目覚めたとかそう言う感じはしない。ただ、分かるのだ。母語のように。
あの小さい神様(仮)が俺に与えてくれた唯一……いや、「リスポーン」も含めると2つか。
とにかく、もう一つのギフトがこれってことか?今のところそう考えるより他にないのだが、もうちょっと考察できないものか。
たとえば、例の精霊言語学。あれも俺には理解できるんじゃないのか?
それに、他にギフトと呼べる何かはないか?そう言えばあれと戦った時、俺の体が絶好調だった気がする。運動能力の上昇?そんなことがあるのか?
そもそもなぜ俺なんだ?
あの少女の正体を……
「大丈夫か?ずいぶん長く考え込んでいたが」
「え?ああ、いえ。なんとなく希望が見えてきたので、未来のことでも考えてみようと思って」
「そうか。それはよかった。俺が誰かの役に立てたなら、魔狩冥利に尽きるというものだ。それよりほら、焼けたぞ。食わなければ力はつかない。今のお前に必要なのは、動くためのエネルギーだ」
嬉しそうに、うなずくラード。
俺はラードに手渡された魚を受け取ると、思い切りかぶりついた。ラードたちと同じように、口の中を動き回る骨を手でよける。
それをそのまま地面に捨てて、再び魚にかぶりついた。
ラードは俺の隣に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。
「未来を考える時は、目標を決めるといい。記憶を取り戻す、でもいい。平和に暮らす、でも。強くなる、でもなんでもいい。動くためのエネルギーも、目的がなければ行き場を失う。お前は、何がしたい?」
「俺が……何をしたいか」
俺は、ラードの言葉をかみしめた。
両親を無くした……いや、両親が俺を無くしたってことか?
どちらにせよ俺は事実上両親を無くした。進めていたゲームもできない、ネットの友達もリアルの友達も、心配かけた先生も、昔からなかの良かった親友も、全部置いていって、全部全部中途半端にして、置いて逃げている。
後悔も、不安も、寂しさもある。
でもつらい現実に目を背けて、俺はやってるんだって。頑張ってるんだってアピールして、終わり。
引きこもってまで追った配信者や絵描きの夢は中途半端に、人付き合いも、ゲームも、勉強も中途半端に。人生を、中途半端に。軽々しく死にたいなんてのたまって、それで死んで。
なら、それでいいのか?いや、よくない。
俺は無双小説の主人公みたいに完璧じゃなければ、幼稚で世間知らずで真っすぐでもなくて、そんな普通の人間だ。
でも、家族がいて、友達がいて、まだまだやりたいことがあって……そんな普通の人間だ。
じゃあ、ありきたりな願いを、普通の俺は、望もう。不可能な目標なのかもしれない。もう二度と、戻れないのかもしれない。
でも、いつか帰ろう。目標は、それでいい。
いや、違うな。
「存外、希望を失っていないじゃないか」
楽しそうに、小さく呟くラードの言葉が、俺を勇気付けた。
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