第6話:水の都ラピス

「街、でか」

「この街を見て何か思い出すことはあるか?この街から来たのなら、何か思い出すことがあるといいのだが」

「わかんないですけど、多分ここは俺の故郷ではないし、ここから来たわけではないと思います」

 

 そう言うと、ラードは妙に納得した顔でうなずいた。

 

「そうか、まあ、そう言う直感は馬鹿にならないからな。「英雄三にして故郷を訪ねる」と言うのはなかなか有名な諺だ」

「どういう意味です?」

「どんな人間でも故郷には何かしら特別な感傷やら記憶やらがあるということだよ」

「なるほど」


 さて、とりあえずこの世界から一時的にせよ、完全にせよ帰ると言う最終目標は決まった。一旦帰って、とにかく現実のあれこれに決着をつける。決着がつく問題じゃないかもしれないが、そんなことは帰ってから考えればいいのだ。

 だが、方法や方針も何もかも未定。あるのかどうかに関しても不明だ。来られた以上行けると思いたいが。


 ということで、当面の目標を生活の安定と定めてみる。全てはそこからだ。

 そうするとまず仕事が必要不可欠である。ここで一生を過ごすつもりはないので、縛られず、パッと稼げる感じの仕事。

 ただ、そんな都合のいい仕事があるとは思えないんだよなぁ……。


 と。頭の中で試行錯誤を繰り返していると、ふと彼らの職業である魔狩について気になった。ハンターとも言うらしい。

 ラード曰く、命を張って魔獣を狩る気狂いなヤツらと言うことだ。魔獣の存在に関しても魔族だとかなんだとか意見が分かれているがそれは良いとして。

 要するにこの職業。俺の想像で補うのなら、冒険者に近いものなのではなかろうかと思うのだ。

 いや、実際に俺がラード達にを冒険者と言っても特に突っ込みが入らなかったから、そうなんじゃないかなーと勝手に考察しているだけなのだが、無い線ではないと思う。

 実際物語の中の冒険者は大抵兄弟な敵や魔獣を相手にしているじゃないか。


 っと、話がそれた。

 要は俺にそれができるかと、それが俺の目的に則しているかが重要だ。

 基本的に俺はなんの技術もない。この世界にテレビゲームかなんかがあれば別なんだが、そんなものはなさそうだ。

 いや、世界観からみる考察でしかないのだが、銃もなさそうだ。おそらくゲームもないだろう。すると俺のこの世界で持っているものは、義務教育レベルの歴史と剣道と空手の経験、それくらいだ。

 異世界で日本の衣服が高く売れるっていうのは定番だが、俺の衣服はすでに奴の胃の中でとろけていることだろう。

 

 「そう言えば、身元はどうしようか。一時的に俺達が保証してもいいが、ずっとは無理だ。俺たちもここに止まっている訳ではない。仕事探しも容易ではないだろう」

 「実際後1月もしたら出ていっちゃうしね」

 「ラピスは綺麗だけどずっといたらさすがに飽きちゃうもんねぇ〜」


 やっぱり彼らも身元のない俺の仕事や生活を心配してくれているようだ。ありがたいことだ。

 しかし、そこまでお世話になるわけにもいかないだろう。

 憲兵に引き渡してくれるようだし、そこで方針を練るのもアリだ。

 

 「やっぱり魔狩やったらいいんだよ、魔狩ったって全部が全部危険な仕事ってワケじゃない。そりゃあちょっとはそう言う面もあるけど、なりふりは構ってられないでしょ?」

 「しかしそれで彼が危険な目に遭ったらどうする?命を落としたら?」

 「仕事につけなきゃ餓死するしぃ……記憶もない、身寄りもない、自分もない。選択肢なんて、あってないようなものじゃなぃ?」

 「しかし……」

 「ラード、優しすぎじゃない?彼はもう大人だよ。同情こそすれ、甘やかす義理はないよ。何より……」


 フェルは一度言葉を切ると、俺の方を向き直して、言った。


 「選択肢が少ないにしろ、自分で選択しない未来に意味はあるの?」


 その言葉には、実感がこもって聞こえた。責めるようでも、貶すようでもない、純粋な質問。でもその言葉の持つ力は、表面上暴力的な言葉より、よっぽど重たく俺を殴りつけた。

 そう。これは選択。思い知れ、ここは地球じゃない。つい先刻、自分の甘さを悔いただろ。


 甘える場所じゃない、選択する場所だ。

 

 「やります」

 

 驚くようなラードの様子と裏腹に、二人は力強く頷いていた。


 *


 関所のようなところで軽い手続きを終え、ついでにあの盗賊を憲兵に引き渡すと、俺はその大仰な門を通った。

 と、そこで俺はちょっと気になったことを聞いてみた。

 何故盗賊は全裸で明らかに金も何も持っていなかった俺を狙ったのか?という疑問だ。

 答えは単純、死体であろうと人間の体は高く売れるという話だった。髪は糸に、皮や肉は魔法触媒、血は儀式用や特殊な染料歯や爪は硬い装飾やならず者の防具に出来る。

 聞いた時は流石に唖然とした。というかそんな発想があること自体に恐怖を感じたものだ


 さて、わだかまりというか胸のつっかえというかが取れ、やっとこさ異世界生活に向けての心構えが整ってきたので、俺は気持ちを切り替えて行こうと首を振って決意を新たにした。

 抜けた先にあった水の都ラピスは、想像以上の美しさを誇っていた。整備された水路に、大きな船、その船を引くツノが生えた謎の魚。というかあれは本当に魚なのだろうか?

 道は狭くも広くもないが、所々が濡れている。水は澄み、街並みは石造り。橋の下には商店街のような脇道が形成されており、船の上で商売をする人たちもちらほら見かけた。

 活気に溢れ、潤いに満たされた美しき都市ラピスという売り文句は、なるほどと、確かに納得できるものだった。


 「ここが水の街ラピスか。でかいっていうか、綺麗だな」

 「そうだろう、俺たちが見てきた街でも1、2を争う美しさだ。そしていつまでも飽きることがない。いつも変わる水の様子は詩人の唄によく詠まれる」

 「私は濡れるのやだからぁ、飽きたけどねぇ」


 吟遊詩人!やはりいるのか吟遊詩人。ファンタジーもののお決まりだが、実際に聴くことは少ない。

 いや、現代人のほとんどは聴いた事すらないだろう。絶対に聴きたい。

 俺は心のやりたい事ノートに、「吟遊詩人と会う、そして唄を聴く」と書き足して、とりあえずあふれる吟遊詩人への興味を押さえ込んだ。


 さて、この美しい都市にやってきたはいいが、右も左も分からない。

 ハンターになろうということは決まったが、それ以外はほぼオール未定だ。

 とにかく金がないと始まらないのはどこの異世界、どこの世界でも一緒と考えると、俺の無一文状態は早めに脱出しなければいけない窮地だろう。

 

 「とりあえず、魔狩の組合に向かおう。そこで魔狩として登録すれば、当面の資金と職はなんとかなる。ある程度実力をつければプロとしても認めてもらえる」

 「やっぱ始めたばっかはアマチュアですよね」

 「まぁ、そこまで気張る必要はない。普通に仕事をこなしていれば、1、2年でプロになれるだろう」

 「1、2年……」

 

 1、2年と言ったら相当長い時間だ。楽観的に考えず、こっちの世界と向こうの世界の時間経過は同じとすると、プロになって安定してから世界を戻ろうとすると、もう取り返しがつかないほどに時間がかかる。

 1、2年待ってたんじゃ遅い。

 1、2年の間に帰る算段を立てたい。


 「あとは……」

 「後は?」

 「やってみなければわからん」


 あっけらかんと言い放つラードは、珍しいことに、微笑んでいた。

 

 「どれだけかかるかはお前次第だし、全部お前の責任だ。生き急ぐのが正しいとは言わないが、その理由があるのなら、何も考えずに突っ走ってみたらいいんじゃないか?フェルの言う通り、な」

 「えへへー」


 その微笑みをそのままフェルに向けると、フェルは照れたように頬を掻いた。

 その様子を不満げにみていたマヤが、ラードに蹴りを入れる。

 

 「ハーレムじゃねぇか」

 「……?何か言ったか?」

 「いえ、何も」


 流石に日本語は分からないようで、日本語での呟きを聞き返された。

 うん、どこで使うんだこのアドバンテージ。


 「さぁ、ついたぞ」

 「うわ、スッゲェでっかい」

 「君ってぇ、語彙力低くなぃ?」

 「感動してるんです、水刺さないでください」


 図星を突かれてマヤを見ると、彼女は楽しそうにクスクス笑っていた。

 全くもって羨ましい。

 美女を2人も両手に華だ。


 俺は余計な思考を振り払うと、目の前の建物をみて、溢すように言う。


 「ここが、これが……」

 「そう、これが……」


 目の前の堂々とした建物の中心には盾と剣を合わせたエンブレムが飾られており、これが世界最大の超国家機関の力かと感心する。

 元の世界にいた頃からの憧れの冒険者……いや、ハンターに、俺がなるんだ。


 「ラピス憲兵団の本部だ」


 感動を返せ。

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