第4話:親和
「か、カトゥルさん……?」
「お前がスられたら宿代を払って貰えなくなるから捕まえたのよ。勘違いされても困るわ」
盛大にツンデレをかます猫耳少女ことカトゥルが、怒った様に鼻を鳴らした。
しかし彼女の尻の下には手足を掴まれて動けなくなったスリの少年がいた。絵面カオスすぎん?
周りに人は見当たらないが、もし居たならばカトゥルの方を止めてしまうだろう。
今まさに虐められていると言わんばかりに(勝手な想像だけど)じたばたと藻掻く少年だが、カトゥル力の前には手も足も出ない。
「く、クソ!はなせチビ!」
「……まだ成長期だから」
スリを捕まえたとは思えない雰囲気の会話が目の前で展開されているのを見て、どこか気が抜けた様な気分になる。
この絵だけ切り取れば、同世代に尻に敷かれてる可哀想な少年っぽいのがまた、脱力ポイントだ。
逃していいとは思わないが、仕返しをしてやろうなんて気は完全に消え失せてしまっている。さっさと引き渡すところに引き渡して、宿に帰って休みたいって気分だ。
というか、なんで俺の前に居たカトゥルが少年を引っ捕らえているのだろうか。猫獣人だから?
一介の宿の主人、しかも俺よりも5歳ほど若い子供より弱いって、俺この世界に嫌われすぎてない?
俺はその疑問をそのままカトゥルにぶつけた。
「……カトゥルさんって強かったんですか?」
「昔、魔狩を志してたのよ。つまんないし怖いからやめたけど。お金だけはあったのよ」
カトゥルはあっけらかんとそう言った。
それより、なるほど。元々宿屋を継ぐつもりは無くて、魔狩を志していたのか。つまんないし怖いって所に含みがあった気がするが、あえて気にしないでおく。
……と言うか、叔父が死んだと言っていたが、両親はどうしたんだろうか。
こう言う事聞くとまた地雷を踏みそうだが、生きているならあそこに一人住んでいると言うことはないだろう。
何か事情がありそうだが、迂闊に聞いたりはしない事にしよう。
「よし、ノワールの小汚い袋は取り返したわ。さっさと騎士団に渡しちゃいましょ」
「一言多くねぇ?」
シンプルに失礼なことを抜かしたカトゥルは、やはり知ったことかといった顔。お詫びのために俺を案内するって話をすっかり忘れてそうだ。
スリ捕まえた時点で立場逆転してるけどな、多分。元々そんなに気にしてないし。
「ま、待てよ!オレを引き渡したっていいことないだろ。なら、ほら。得する方を選びたいと思わないか!?」
少年が往生際悪く俺たちに交渉を持ちかける。が、
「思わないわ、スリと交渉なんて」
当然と言うかなんと言うか。カトゥルの冷たい視線に黙らされていた。
全くもって同意見だ。結果的に財布……というか小袋は帰ってきたが、カトゥルが捕まえていなければ確実に全財産盗み取られていた。
交渉するメリットが無さすぎる。
そもそも交渉したからと言って本当に利益が得られるかどうかなんて分からないのだ。相手の土俵に乗った時点で、負けって一番言われてるから。
「ほら、オレどうせ叱られるだけだし、取引した方が得だぜ?ドーブじいちゃんとも繋いでやれるし……」
「ドーブ爺ちゃん?」
「知らないのか?王都で1番の情報屋だよ、北区の!」
「北区って、やばい所だろ……?」
「まぁ、有名よね。裏帝都の剣聖。会ったことは無いけど、おじさん伝いに聞いたことがあるわ」
「そうだろ!だからほら、な?」
「どっちにしろダメだよ、諦めた方が身のためだよ」
俺がそう言っても少年が諦めきれないのか、追加交渉を試みる。
しかしとりつく島もないカトゥルと俺の前にガックリうなだれてしまった。
その様子を見て流石のカトゥルもどこか申し訳なく思ったのか、哀れみのこもった声色で諭した。
「逆に怒られるだけで済むならいいじゃない。諦めた方が身のためよ」
「くそっ」
下を向いたまま悔しそうにとぼとぼと歩く少年と、呆れながらそれを見守って進む俺たち。どこへ向かっているのかはわからないが、多分騎士団本部って所だろう。
そう考えると俺って何かとお役所に縁があるな。地球にいた頃は仕事も勉強も全然してこなかったから役所なんかに縁はなかったんだが。
……うん、自虐になってないしあんま笑えないな。これ以上は精神的に傷つくだけだし、やめよう。
下らない思考に頭をやっていると、少年が頭を上げて口を尖らせた。拗ねたような滑稽な仕草に年相応のそれを感じられる。
多分こいつも、やりたくてやってる訳じゃないんだろうなぁ……なんて想像が頭に浮かんでしまった。
「他の都市からの冒険者だから、ジキルハドに挑むのかと思ってたのに。アテが外れたぜ」
「ぶーたれてないで歩くのよ。全く、これだからガキは困るわ。そもそも最近じゃあジキルハドに挑もうって人間も殆ど居ないわよ」
「お、お前の方がちっこいだろ!そもそも知られてないだけで、ドーブさんはジキルハドを踏破したことがあるんだぞ!」
「ハイハイすごいわね」
カトゥルに腕を掴まれたまま素直に連れて行かれる少年。その2人のやり取りは、基本的には平和的だった。
普通なら、特に指摘する様なことも無い普通の会話。スリと言う立場を考えなければ、俺以外にはそう見えるだろう。
しかし、その口から飛び出したのは聞き捨てならない一言。
心臓が飛び出すような。
俺が足を止めて少年を睨むと、少年に問い質した。
「ジキルハドについて、何か知ってるのか?」
少年は付け入る隙を見つけたと思ったのか、肩を竦めて首を振った。
「交渉はしないんじゃなかったのかよ」
「ドーブってやつはジキルハドの情報を持ってるのか?」
「……こっから先は交渉次第だ」
「教えろ、そこが分からなきゃ交渉もクソもない」
「ちょっと、何言ってるのかしらノワール」
カトゥルの遠回しな静止をあえて無視して、俺は少年に問いかける。
冷静さを欠いているのは自覚しているが、それでもこんなに早く見つけた手掛かりを手放したくない。
「……ドーブ爺ちゃんがジキルハドに昔挑んだことがあるってだけだ。それで情報を集めてる。繋いで欲しけりゃ金を寄越すのと、解放しろ」
「ノワール……?」
にやけ面を浮かべて勝ち誇った様にこっちを見据える少年と、訝しげに見つめてくるカトゥル。
まだ年相応で可愛げがあると思っていたが、相手の隙や弱点をついて揶揄う様に交渉しようとする態度が、なんとなく鼻につく。
同族嫌悪か、それとも俺が余裕を無くしているのか。フェルを助けられる可能性が増える手段が目の前にあるという事実がある。
だが……
「やだね。交渉失敗だ」
「なっ!」
「良かったわ、お前まで拘束するのは面倒だと思ってたのよ」
「割と酷いこと言いますね!?」
もちろん、犯罪者を逃がしたり、勝手に取引したりするのは違法行為だ。最初から逃がす気は無かった。
が、なるほど。北区に手がかりあり、か。
俺の能力なら死んでも甦れるわけだし、ある程度安全に……とは言い難いが探索出来そうだ。ドーブって人とも接触可能かもしれない。
その人に直接迷惑をかけられた訳では無いし、戦って勝てるような相手だとしてもそうで無かったとしても、戦闘行為に及ぶ気は更々無い。
襲われても逃げるか、素直に殺されて
最悪俺の能力で殺せばいいかもしれない。1人ぐらい殺しておけば見せしめになるだろう。
俺は自分の拳を閉じたり握ったりを繰り返す。そうしていると何となく、自らの手が自分の体ではないような気がしてくる。
「……俺なしで北区を生き残れるわけないぞ。知り合いでもなけりゃ、あいつらは血相変えて襲ってくる。ドーブの所に辿り着く事なんてできやしない」
俺の考えてることが顔に出てたのだろうか。少年は俺を諌めるように言った。
自身の重要性をアピールして交渉に持っていこうとしているのか、本気で心配しているのかは分からないが、気にする必要も無い。
俺が考えた事に口を挟まれる筋合いもない。
何の権利があって俺の行動を制限するのだろうか。なんの自信があってまだ交渉ができると思っているのだろう。
俺がしようとしていることは、ただ北区という王都の一部に行って、人を探すことそれだけだ。
誰も襲ってこなければ無為に人を殺したりなんかしない。俺だって殺人が好きなわけじゃない。ただ、信じられないだけだ。
そもそも俺を殺そうとしている時点で正当防衛は成立している。たとえ襲われることが分かってても、悪いのは絶対に襲った側だ。
俺は偉そうに俺に忠告する少年を、恫喝する様に睨みつけると、底冷えするような低音で脅しをかけた。
「おれに、指図するなよ」
俺の言葉にカトゥルと少年、2人の体が一瞬硬直する。なにか恐ろしいものでも見たかのような表情に、俺の心は少しだけ
自分でも驚くほど低い声が出た、俺にはこういう才能もあるのかもしれない。
ははっ、と乾いた笑いが漏れ出し、口に手を当てる。
フェルを助けるための手がかりを得られるかもしれない、いや。得るのだ。
全てはフェルを助けるため、助けてやる為。
目を治した後に見るであろう、フェルの感激した顔を想像するだけで興奮が止まらず、喉の奥に熱いナニカがこみ上げる。俺はそれを抑え込めずに、思わず咳き込んだ。
手に違和感、唾ではないだろう。なにか液体がついているような、そんな感触に疑問がわいた。
手を口元から離してチラリと見ると、そこには赤い血がべっちゃりと付着しており、慌てて口元を拭えば袖が赤く滲んだ。
どういうことだ?なぜ俺がこんな目にあっている?誰かに毒を仕込まれた?あの少年、いやあの
いや、動機がない。ならいったいなぜ、俺は今血を吐いているんだ?
下がった目線が地面に垂れた血液をとらえ、激しい立ち眩みに襲われる。フラフラと、立つことさえままならなくなった体を壁に預けてなんとか姿勢を維持しようと努めるが、やがて体はずり落ちていく。
カトゥルに助けを求めようと上を見上げると、驚いた様な、怯えたような顔をしているのが見えた。
俺を見ているのか、俺のそばにに誰かがいるのか、と思って首を回そうとするも、もう首が曲がらない。
「ぇっ……」
喉から漏れ出すのは声にもならない
体から完全に力が抜けて、一種快感のような波に意識が飲まれていく。体の奥にある高熱の何かを吐き出そうと、必死に咳をして苦しむが、出てくるのは血液ばかり、やがて視界も狭まっていく。
魂を焼くような苦しみと、意識がまどろむ快感が一斉に押し寄せて脳がパンクすると、やがて思考力も失われてゆく。
小さく、小さくなっていく自分の命が心細くてたまらない。何処かに拠り所を見つけようにも、あたりは暗闇、音もかすかで口も動かない。
「の……る!の…………!しっか…………い!」
「だ………………オイ!な……がお……………………だ……!」
遠くのほうで少年とカトゥルの声が聞こえる気がした。
それがなぜか、ひどく不快なものに思える。
俺にしゃべりかけるな、俺に同情するな、見下すな、俺を侵すな、来るな、触るな、見るな、やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
俺が最後に聞いた音は、どこか聞きなれたような、あきれたような声だった。
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