第3話:王都とスリ

 王都プリアトラ。世界最大級の国家であるカレダ公国の最高爵位でかつ、生まれた時点で最高貴族位を与えられる特別な存在、プリアトラ王族が主に収める巨大な城とその城下である。

 ラピスから馬車で5日ほどの距離にあり、世界最高の賢者と呼ばれるテリアマイオ=カステロが住む森、ジキルハド大森林から最も近い大都市。

 プリアトラ城の規模と美しさは世界で見ても最大級と言われ、それは城下も例外ではない。

 自然を超えた完全人工の都市として作られたこの大都には木一本すら生えていない。道も完璧に整備されていた。町の中央から少し離れれば、美しく整備された噴水。

 その周りには待ち合わせをするように、たくさんの人が集まっていた。


 そして、防衛面においても王都は隙がない。高い外壁は魔物に対する防波堤としてこの上なく優秀だし、プリアトラに滞在している騎士団の練度は、並の魔獣に引けをることはないだろう。

 住むという意味においては、プリアトラほど安全な都市はそうない。それがたとえ、危険な立地の危険な国の首都だったとしても。


 そしてプリアトラにはハンターも多い。龍の住まう北のアルビア山脈、南西にある巨大湖。又の名を"海"。そして南東を強欲の魔王の領地に挟まれた危険な立地にあるカレダ公国。

 だがそれゆえか、はたまた別の原因があるのかは不明だが、魔獣や魔族。ダンジョンの存在が多く確認されており、更にはロマンの塊であるジキルハド大森林だ。魔狩にとっては絶好の稼ぎ場と言えよう。

 魔狩による武器や防具の需要が増えれば、それに敏感な商人たちが彼らに商売を始める。それを聞きつけた他の魔狩が、供給の整った王都プリアトラに来る。

 その様にして魔狩が集まり、プリアトラの防衛力はさらに高まってゆく。

 プリアトラの安全の裏側には、魔狩の存在も大きいのだ。


 そのためプリアトラの別の呼び名は他の都市に比べて幾分か多い。『美しき人口の都』『賢者の街』『南の魔狩の楽園』『地獄の安全地帯オアシス』。

 それらを全て兼ね備える多面性を有した稀有な都市。それが王都プリアトラなのである。


「そしてその人が多い王都ですら全然人が来ない宿屋の主が、カトゥルさんなわけですね」

「うるさいわよ」


 疲れているとは言ったのだが、そんなの知るかとばかりに俺を連れ出した少女は、毅然とした態度でそっぽを向いた。

 最初の頃は一々ツンツンして疲れそうだと思っていたが、今は慣れたのか、なかなかに子どもらしくて可愛いな、なんて思っていたりする。

 ……ロリコンじゃないからな?あくまで子供らしくてあどけない……とはまたちょっと違った可愛らしさがあるなと思っただけだ。


「王都プリアトラは円状の都市で、だいたい四つの区画に分かれているの。一つが西区。その反対に東区。そして南区と、北区。北区は治安がめちゃくちゃ悪いから近寄ると死ぬわ」

「死ぬの!?」

「良くて性奴隷、悪くて死亡よ。魔法触媒になりたくなければ本当に近寄らないほうが良いわ」

「……」


 俺はバッサリとした酷い説明に言葉を失う。

 良くて性奴隷って、どんだけだよ。笑えないわ。

 男娼とかにされるんだろうか……俺の体に価値があるとも思えないし、普通に臓器売買コースかもしれないな。

 いやな想像に身震いする俺を、見下すような顔で一瞥するカトゥル。呆れた様に口を開けていたのだけがちらりと見えた。


「そしてお前たちが来たのが、東門。ここはラピスや他国から来る商人が多いから露店系が多いわね。珍しい物とかもよく売ってる。宿も多いわ。それで……」

「それで?」

「私たちが歩いているのが南区。ハンターギルドや武器防具屋、食料品や商店街がある、市民と魔狩の生活の要ね」


 なるほど。確かに東区には露天の様な店が多かったが、対して建物には宿や住宅が多く、路面店などは少なかった印象だ。

 北はヤバイ、南は冒険者と住民御用達、西は対外。東が出てきてないな。


「東区は何があるんですか?」

「東区は住宅街ね、完全に」

「なるほど」


 綺麗に区画分けされている訳だ。

 北区に近付いたらダメってのは流石に酷い話だが。

 でも逆にスラムや無法者をそこに集める事によって表面上は綺麗に見えるって訳だ。

 汚いものはすみに寄せて掃き集める。少なくともこの美しい都市を維持し続けている要因の1つとして、北区の存在は否定できないだろう。


「そして王都名物が噴水よ。それぞれの地区の境目辺りに大きな噴水があってね。それぞれ黄色、茶色、赤、青の四大魔法色になってるのよ」

「さっき見たのは赤色の噴水ですね」

「東区と南区の境は炎精霊を称える赤の噴水なのよ」

「へー」


 さっき見えたものは、レンガで構成されている赤々とした噴水だった。どのような手段で水を噴き上げているのか分からないが、これも魔法なのだろうか?魔道具って可能性もあるよな。

 でも、異世界では比較的一般的と思われる魔法具、魔道具の存在。それを俺は街で数回、カルミアとの魔狩。そしてフーブの刀……?

 それ以外に見たことはない。実は魔道具の存在ってだいぶ貴重?

 この世界では俺の思っていた"ファンタジー"像が何回かぶっ壊されてるし、魔道具は実はすっごく貴重で市民には手が出ないって言う事実が出てきても驚きはしないのだが。

 そもそも魔道具ってなんなんだろうか。今まで考えた事も無かった、専門職か何かがあったりするんだろうか。

 不思議だ、ファンタジー。


 俺がそんなことを考えながら歩いていると、カトゥルに肩を叩かれる。

 なんだと思って見てみれば、目の前にはその威を見せつけるように然と立つ大きな建造物。見覚えのあるエンブレムと旗に、俺はここがどこなのか一目で理解することができた。


「ラピスのよりだいぶでかいんだな」

「そう、ここが世界有数の巨大ハンターギルド」

「世界有数とはまた大きく出ましたね」


 俺はカトゥルの姿を視界の端に留めつつ、ハンターギルドに近づいた。

 中の熱気がそのまま伝わってくるような圧迫感に身震いをする。


 俺はその姿を、扉に手を触れると、光沢を放つ協会の扉の取っ手の元へと滑らせるように手を動かした。一目見てから他のところへと思ったのだ。

 俺はふと、上へ視線を向けて建物を観察する。


 ラピスにあった協会よりもだいぶ大きい建物だった。階は4階建てと高く、周りの建物とは一線を画している。

 石造り、真っ白なギルドの作りもそれを後押ししているだろう。

 無骨な剣が一本描かれた無骨なエンブレムはラピスのものと変わらないが、その大きさや存在感はラピスのそれとは異なっていた。風になびかれる赤白黒の大きな旗は、まさにこの街における魔狩の権威を示している様でなんとも堂々としていた。

 対して扉はラピスと違い、木製の扉だった。大きさとしてはラピスよりも大きいが、傷や汚れの跡が少なく、新品の様な手触りだった。

 建物に年季が入っているといった感じはないし、新築されたばかりなのだろうか?


 警戒しながら少し顔を近づけるにつれ、協会の中の喧騒がだんだんと大きくなっている様な錯覚に襲われ……


「てめコラぶっ殺すぞ!」


 中から聞こえてきた怒号に思わず飛び退く。

 大きな振動が響き、協会を構成する石の破片がパラパラと音を立てて降り、協会のドアが半開きになる。

 半開きになった奥の空間、魔狩協会の中人外魔境から聞こえる音に、俺は戦慄した。

 壁に誰かが叩きつけられたり、食器が飛び交ったり。なんとか争いを諍いを止めようと静止する声や、やれやれもっとやれと煽る声まで聞こえてきた。

 地獄かな?ラピスにいた頃ここまで治安悪くなかったぞ。ガルムがいたからかな?


 俺はそのまま恐る恐る一歩、また一歩と下がると、ちょうど横の位置に来たカトゥルに声をかける。


「いつもこうなんですか?」

「こうじゃない日はないわ。実力者が多いから尚更、ね」


 こっわ。


「今日はちょっとやめときます。もうちょっと落ち着いてからで……」

「分かったわ。じゃあ次は商店街ね」


 商店街は確か南地区だったな。と言うことはもう近くまで来ているのだろうか。

 魔狩協会のあった通りから一つ曲がり、壁側の道へと戻ってくる。


「壁めっちゃ白いな……インクとかでもなさそうだし。なんなんだろ」


 俺が壁に目を奪われていると、カトゥルの姿が横にない。どうやらもう商店街の方に歩いている様で、猫耳少女が少し離れたところで歩いていた。

 俺の反応を待たずにさっさと先に歩くカトゥルに、慌てて着いて行こうとしたその時だった。


「あ、すいません」

「おっと。こっちこそな、にいちゃん」


 俺よりいくらか小柄な少年が、俺にぶつかって通り過ぎる。

 一瞬スルーしかけたが、俺は海外で良く話題になる"アレ"の存在に思い至った。


「スリ……」


 俺は慌ててポケットを確認するが、案の定財布がない。

 こんな場所でスリに遭遇するとはついてないな、本当に。


 これも勉強か……だなんて諦め半分で後ろを振り向くと、そこには捕縛されている少年の姿。

 しかも捕縛している少女は、さっきまで俺の前にいた人物だった。


「か、カトゥルさん……?」

「お前がスられたら宿代を払って貰えなくなるから捕まえたのよ。勘違いされても困るわ」


 やっぱりツンデレじゃん。

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