第5話:無意識の邂逅と違和感

『ふむ、お前は、なのか』


 目も見えない、口も動かない、雑音も感覚もすべてがない。

 全身が存在している認識すら不安定な中、理解できたのはただその意思だけだった。


 しかし感情の揺らぎが生まれ、恐怖が全身を支配し、急激に湧き上がってきたのは泣き出したいという衝動。

 俺がその衝動を抑えようと必死で感覚をつかもうとするが、体が思うように動かず、思考の片隅にもどかしさと、先ほどの恐怖を超える不快感が沸き上がってきた。


『気が利かなかったな、これではどうだ』


 と、思考の中でいろいろと格闘している時だった。

 唐突に視界が開け、全身の感覚が復活する。吹き抜ける風の音や、草が揺れるくすぐったい感覚。

 視界はどこか捉えどころのない、どこまでも続く平野をぐるぐると見まわしており、頭の中が好奇心と眠気で埋め尽くされる。


 そんなどこまでも続く美しい平野には、筋骨隆々とした男の姿があった。

 鍛え抜かれた体躯は外国人のようにがっちりとしており、身長もおそらく俺より高い。190はあるのでは無かろうか。

 その男が身にまとう服装は平和そうな景観にそぐわないどこか、魔王のような威厳を感じるもので、その黒と赤のなマントは、中二病的な恥ずかしさよりも、似合うという感想がまず浮かんだ。

 赤々しく派手な上着は手首まで覆うほど長袖で、手袋もはめているせいか肌の露出が一切ない。ズボンに関しても同様、学校の制服のように足元まで覆うスタイル。

 靴は履かずに裸足だが、汚れている様子がない。その光景に俺は、俺を殺したんであろうあの少女を思い出していた。

 白を基調とした聖職者のような恰好という意味では真反対だが、露出の少ない格好で、しかし靴を履かない所や、それにも関わらず足が汚れていない所に共通点を感じられる。


『久しぶり、初めましてがいいかもしれない。が、ようやく相まみえる事ができた。さあ、こっちへ。我の方へ』


 手を広げ、大げさな身振り手振りとともに破顔したその男が、手招きをする。


 俺はその男に話を聞こうとして、初めて違和感に気が付いた。自分の意志で、体が動かない。

 ふと視界に意識をやると、端に映った自分の赤子のような手に違和感を覚える。


「あー、あー」


『悪かった、お前はまだだったな』


 当たり前のように言ってのけるその男は、一歩一歩と俺に近づくと、腰をかがめ、俺を抱きしめて頭を撫でた。


『もうすぐだ、もうすぐ会える。それも、ずっとな』


「うー、うー」


 ふいに訪れた心地よい感覚。それをもっと味わおうと俺の体が男にもたれかかる、ふと耳元で声がした。


『まだ、眠っておけ』


 風景が消え去り、再びあの黒い空間。しかし恐怖や怒りは頭からすっぽりと抜け落ちていた。


 これは記憶なのだろうか。ふとそんな思考が頭をよぎった。赤子の体で、見たことのない平原。自由に動かせない体に、思考を奪う支離滅裂な感情変化。

 しかしどうしてか、初めて見る顔なのに、他人とは思えないのはどうしてだろう。


 何かに引っ張られるような感覚。

 思考がとぎれる、意識が持たない。ここはどこだ。俺は一体……




 ふわ。ふわ。ふわ。ふわ。ふわ。ふわ。


 ぷつり。



 *



「ッ……」


 声を出すのが、久しぶりな感じがした。体を動かすのも、なぜかうまくいかない。

 どのくらい長く眠っていたのだろうか、思考がうまくまとまらない。


「起きたか!?」

「馬鹿なのかしら?病人がいるんだから大声を出すのは控えなさい」


 声はカトゥルと、あと一人。背中に当たるベッドの心地よさ的に、ここはカトゥルの宿だろうか。

 倦怠感に抗いながら瞼を開き、目を光に慣れさせる。ずいぶん長いこと眠っていたのか、宿の部屋の淡い明りですら明るいと感じてしまう。


 だんだんと空間に慣れてきた目で、視界の物をとらえる。例のスリの少年とカトゥルの姿があった。


「って、なんでいるんだよ」

「いや、目の前で血吐いて倒れたからさすがに心配になって……それにほら。俺がやったと思われてるかもしれないだろ?」


 血を吐いて、倒れた?

 俺が?駄目だ、何も思い出せない。


「待て待て、血を吐いて倒れたってどういうことだ?確かスリがドーブって情報屋と知り合いで、それで……なんだっけ?思い出せない……」

「……呑気な魔狩ね。急に血を吐くなんて、体調管理もできてないのかしら」

「あと、スリって呼ぶのやめろ」

「事実だろ。それはそうと……体調管理の不足で血吐いて倒れることってあるのか……?」


 てか、だとしたら何が原因なんだ?

 食事?睡眠時間?

 どれも違うはずだ。食事は地球にいた時と同じ、いやそれ以上のものを食べているだろう。カップ麺やらインスタントカレーばかりだったし、十分に健康的なものを食べているはずだ。

 睡眠時間に関しても絶対に違う。この世界の人間にとっては普通で、俺にとっては毒の食べ物があったとしてもおかしくは無い。

 だが睡眠時間はここに来てからは食事と同じく地球で、よりも長くとっているはず。ということは……なんだ?王都に来てラピスと変わったものは食べていないし。


「魔力が関係してたりするのか……?カトゥルさん。参考までに聞くんですが、俺に魔力が一切無いのと血を吐いて倒れたこと。何か関係があったりします?心当たりとか……」

「魔力が一切ない?すぐ出て行っちゃうとか貯められないという症状は聞いたことあるわ。でも、一切無いというのは……聞いたことがない。専門家でもないし、全く分からないわ」

「ドーブじいちゃんなら、知ってるかも」


 ふと、少年が口を開いた。


「魔力が一切ないって例も知ってるかもしれないし、そのワケとか、今回の症状の関係とか」

「ドーブ爺ちゃん、ね」


 そういえば、あれ?


「騎士団に行くんじゃなかったのか?その……名前は……」

「パトラだ!あと騎士団にはもう行った!」


 視線を移すと、渋々といった感じで頷くカトゥル。本当に怒られるだけで済んだんだろう。じゃあなんで逃げようとしたんだか……。


「でも騎士団には行ったんだろ?じゃあ交渉は無かったことにる。俺のコレの原因も……一旦お預けだ」

「…………いぞ」

「え?」


 パトラの俯いた口から出た小さな一言。しかしその前半が全く聞こえずに、俺は思わず問い返した。


「その、案内してもいいぞこれでお前に死なれても目覚め悪いし……」

「ほ、ホントか!?良かった〜どうしようかと思ってたんだよ。俺だけじゃ確実にカモだし、心当たりも無いし!」

「お、おい!勘違いするなよ。善意だからな!貸しだからな!」

「素直じゃないわね」


「あなたが言いますかね……?」

「何か?」

「いえ、何も」


 哀れカトゥルに封殺された俺の呟きであった。


 しかし、これで俺の体の秘密についても分かるかも知れないな。もしかしたらリスポーンの方も分かるかもしれないし、ここに俺を呼んだ人間の存在も、なんならフェルを治すためのジキルハド大森林攻略についても明らかになるかも……


 あれ?


 今俺なにかおかしな事考えたか?


 俺の体と、能力と、ジキルハドについて、なんならフェルの治し方さえ分かるかも、と俺は考えたんだよな?

 何も、おかしくないはずだ。


「何か気になることでも?また倒れたりしないで欲しいものだわ。汚れるし」

「俺の心配よりベッドの心配!?でも、なんだろう。まぁ、いっか」

「そう……」


 結局俺の心に残った違和感を解消できぬまま、その場は解散、集合は明日の昼。青の噴水で、と決まった。

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甦生の侵略者 波風多子 @ta1nko

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