第19話:支部長の死

 試験結果は、翌日に全て明かされるという事だった。

実際に次の日に、まだ筋肉痛も微妙に治っていない体で協会に行くと、ガルムさんが受付で暇そうに総合受付で頬杖をついていた。

 総合受付はいつも暇なんだろうか……なんて思ったりもしたが、まぁ別にあまり関係の無い話だろう。


 そんな風にまだ他に誰も来ていない他の受験者を待ちながら、ガルムさんと談笑していると、2階からドタバタとうるさく音を立てて誰かが降りてくる音が協会内に響き渡った。

 まだ朝の9時だし、協会内は騒然としていたがそれをも上回る声で「たいへんだ!」と叫び始めたため、流石の魔狩達も彼の方を向いてどうした事かと問い詰めた。

 すると、彼は大声で、しどろもどろになりながらも、叫んだ。


「支部長が、死んでます。しかも、クスリだ。マリア嬢も行方不明で、無断欠勤なんて初めてなのに!」


 協会内は、完全に静寂に包み込まれた。

 殆どの魔狩がポカン、としてその男の方を見ている。

 そしてその数瞬後に訪れたのは殺気と怒号だった。


「テメェふざけたこといってんじゃねぇぞ!」

「あの爺さんがクスリだぁ?有り得ねえよ!麻薬取り締まりの第一人者じゃねえか!」

「あの爺さんが死ぬわけねえだろお前から殺してやろうか!?あぁん!?」


 行き場のない殺気と、あまりに唐突な報告に対する驚愕とが混じり合い、ついには彼に手を出そうとするものまで現れ始める。

 俺は何が何だか分からないままに、耳が痛くなるような音に恐怖し、ガルムさんの受付にへばりついていた。

 そんな俺の頭をガルムさんはポンポンと優しく叩くき、その巨体を動かし、ゆっくりと受付から出た。

 その背中は俺の頭を優しく撫でた時の柔らかさは無く、呼吸すら忘れるような威圧感があった。


 1回、だった。

 ガルムが地面を足で踏み鳴らし、全員の視線がガルムへと向く。


「てめーらはハンターとして人を守るって矜持も無くし、自分の力の使い方も忘れちまったようだな。そいつはお前らの八つ当たりのための道具じゃないんだぜ」


 シン……と協会内が再び静まり返る。

 その静寂を打ち破ったのは俺とそう変わらない歳の魔狩の一人だった。

 装備は革が基本、所々にあいた装備の穴から、下にはかたびらを着ているのがわかった。

 茶髪で、腰につけた剣から察するに、おそらく彼は剣士だろう。


「てめえ、昔強かったからって調子乗ってんじゃねえぞ……」

「おい、やめとけよ」


 彼のパーティメンバーだろうか?

 若い剣士風の男は、しかしその静止を振り切ってガルムへと迫る。


「昔強かったってだけで周りの奴らに尊敬されちゃあいるが、今はもう怪我で引退したマヌケじゃねえか。そもそも、もう現役か引退したのかも分からないようなジジイが支部長だってのも気に食わねえ。気の毒だとは思うがね、死んだってことはそれだけの奴だったってことだろ……!」


 その言葉を意に介すこともせずに、ガルムは威圧的な態度で彼に現状を突きつけた。


「お前はザルガだったか?俺の権限でお前を魔狩協会から追放することもできるが、そんなことしちゃあ可哀想だよな。どうだ、ここは一つ手を引いてみねえか。周りの先輩方を見てみろよ」

「何を……ヒッ!」


 熱くなって周りが見えていなかったザルガは、怒りのこもった周囲の視線にやっと気付いたのか情けなく悲鳴を上げる。

 先ほどのガルムの言葉が効いたのか、手を出したり罵声を飛ばすものはいないが、しかしその抑制された圧力は、あからさまなへと向けられていた。

 ザルガはペタンと地面に腰をつくと、自分の座っていた椅子に座り直そうとして、間違えて椅子を倒す。

 それと同時にザルガも地面に倒れ込む。

 その情けない姿を見て少しは胸が空いたのか、魔狩たちはザルガへと向けていた視線を再び報告に来た職員の男に向けた。


「悪かったな。血気盛んなやつだらけで俺も困ってるんだが……大人しくできるよな?」


 ガルムが魔狩たちにそう言うと、その言葉に含意された明確な命令に従って、それぞれのパーティが各々席に座るなり、立って聴くなり大人しくするという意思表示をした。


「さて、話してくれねえか。もし誰かがお前に手を出そうとしたら、俺が絶対にお前を守るから」

「は、はい。ありがとうございます、ガルムさん」


 報告にきた男はその優しげな言葉で安心したのか、ポツリポツリと話し始めた。


「朝、僕は、あの、一般職員の中でいつも、一番早くに来て支部長に書類を届けることになってるんです。昨日は支部長は泊まりの日だったから、絶対いるはずだって思って、お届けするんだ、イや、ですよ。だけど、そのもうマリアさんも来てるし、もう書類届けてるかも、と思って、二度手間になったらヤだなって思って、行ったんですよ、先に。執務室に。で、その途中で先輩にあったんですよ。で、マリアさん来てるか聞いたら、来てないって言って、それで執務室行ったら、開いたクスリの袋と荒らされた部屋、それに支部長が手とかを引っ掻いて死んでて、僕慌ててここに来て、で今に至るんだ、いや、です、よ」


 めちゃくちゃに噛みながらも、現状を報告する職員の男に、一人の細身の男が手を上げて質問した。


 「麻薬検査はしたのか?種類は?」

 「し、しましたよ!血液はその、たくさん出てたので、ちょっぴり苦労しましたけど、えへへ。あ、で、その、種類はラズピリア。一般に流通なんてしようがなくて、その、なんていうか、マリアさんとか支部長ぐらいしか手に入れられないようなシロモノで、ええと」


 ドン。

 と、机を叩く音。

 支部長とマリアという人物を犯人と決めつける口調に我慢ならなかったのだろう。

 それに怯えたのか、職員の男は慌てて訂正し、続きを話し始めた。


 「その、服用は相当長い期間か、直接血液に取り込んだようなレベルで、その、超濃度の麻薬が、支部長から検出されまして、その、ええと……以上、です?」

 「ありがとう。まあ状況証拠的には支部長がクスリやってハイになったそのままに自傷して逝っちまったとしか思えんわな」

 「いや、その、僕も信じ難くてですね」


 その言葉を聞くと、ガルムは安心させるように職員の頭を撫でて、言った。


「報告ありがとう。お前は立派に役目を果たしてる。多少主観が入ったのはいただけねえが、若いのに見事な判断力だ。その調子でこれからもこの支部で力を奮ってくれ」

 「は、はい!」


 ガルムはそこで言葉を切ると魔狩たちに向けて大声で言い放った。


 「つまり俺たちが今からしなきゃならんのは、落ち着いて、いつも通りに魔獣を狩りながら同時にこんな手のこんだ最低最悪の偽装を仕込んだクソ野郎を見つけ出して、俺たちの前に叩き出して、全員でぶち殺してやる、そしてその許可を領主様からもらうってこった」


 その言葉に魔狩たちが「うおおおおおお!」と雄叫びをあげ、その声は地面を揺らし、壁を揺らした。

 そのいつまでも続いてそうな雄叫びをガルムは左手で制し、「だが」と続けた。


 「だが、俺たちが束になっても勝てるかどうかわからない『雷帝』ザルヴァレンを抵抗もさせずにいともたやすく殺してしまうような相手だってのは、さっきの話で分かっただろ。実際、雷帝が本気で相手を殺そうとしたってえなら、この街だって消えててもおかしくない。単独で挑んで勝てる相手では絶対に、ない。だからこそ、俺たちは冷静にならなきゃならない。分かるな?」

 「いいや、俺がいりゃあ話は別だ。ハッテーの糞爺は確かにこの、天才であるグゼルをもってしてもそこそこ強いと言わざるを得ねえ。だが、接近戦ならいうまでもなく、魔法戦でももはや俺はあの爺とほぼ同じレベルにいる。断言しよう。俺はあいつよりいくらか強い。頭脳では、敵わねえがな」


 2階から降りながらそう宣言したのは、例の怪物受験者の一人であるグゼルだった。

 そのグゼルに、ガルムがもっともな質問を投げかけた。


 「グゼル、てめえなぜ二階から出てきた?」 

 「魔力の痕跡を調べてた。普通のやつには分かりようもねえが、ご存知の通り俺は天才だ。だから分かる。あれは吸血鬼の仕業だ。それもおそらく相当高位の、な」

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