第20話:怒り

 相当高位の吸血鬼が犯人だと言い放ったグゼルに対して、一人の魔狩が声を上げる。


「俺が聞きてえのは、そんなことじゃねえんだよグゼル。まず、お前がそいつに勝てるのか、ってこと。そしててめえが二階にこっそり隠れて支部長のじいさんを殺したかもしれないって疑惑に対する答えこれだけだ。……ッ!」


 そう、魔狩の男が言った瞬間。グゼルは魔狩の男を蹴りあげ、腹を上にして一瞬だけ宙に浮いた男をその勢いのまま殴りつけた。

 腹と背中を思い切り殴りつけられたからか、男は嗚咽し、地面に唾を垂らす。


「下手に出てれば好き放題やりやがって……」


 男は恨み言を残すと、深呼吸して壁にもたれかかる。

 男はある程度呼吸をして落ち着けたのか、目の前に立つグゼルに対してなおも言った。


「あの爺さんを殺したって疑ったのは悪かったよ。だが、状況的にはそう考えられてもおかしくはないんだぜ?すぐにそう言われなかったのは、お前がそんな汚い手で相手を殺すような奴じゃあないって信頼だ。今はやってないってことを信じてやるよ、お前の行動に免じて、な」

「そりゃあ良かった。お前も殴られがいがあっただろ、ダリアン」

「……覚えてたのかよ」

「……元パーティメンバーだぜ?さすがに覚える」


 グゼルとは思えないほどに静かな言い合いが続いていく。

 その物静かなたたずまいは、嵐の前の静けさ、台風の目のような不気味な静寂だった。


「いいか、だがもう一つ答えなきゃいけねえことがお前にはある。勝てるのか、勝てないのか。それだ」


 グゼルは、ため息をつくと、手近な椅子に腰かけた。

 そのまま頭をボリボリと掻くと、椅子を前後に揺らしながら答えた。


「それに関しては、わからない。吸血鬼の分泌液、そして吸血鬼に相性のいい雷魔法の使い手である爺さんを殺せる実力。そしてほとんど余すことなく食らいつくされたマリアの死体。そのあたりから見ても最低『吸血貴人ノーブル・ヴァンパイア』。悪くすれば『始祖アンセスター』級だと思われるってはな……」

「ま、待ておいグゼル。お前の今の話を聞いてると、マリア嬢も殺されたって聞こえるぜ?」

「そう言ったんだが、わからなかったか?魔狩の質も随分と落ちたもんだなあオイ。そんなこともわかんねえ、若造に言われっぱなしの腰抜けだらけだ」


 協会内が騒然とし、再び怒号が飛び交った。

 今度ばかりはガルムも止める気はないのか、少し遠くから乱闘になったグゼルの周りを静観していた。


「マリア嬢って、マイアー・テングレム伯爵令嬢のことだよね。どういうこと?何があったの?」

「ふはは、説明を求めたい」

「え、いたの?」


 いつの間にか俺の横に立ってこの話――といっても暴動と言った方が正しそうだが――を聞いていたのだろう。

 フーブとフィールが俺の隣に立って話を聞いていた。


「いたも何も、高位の吸血鬼が何かをやったって下りからずっと君の隣で見てたんだけど」

「ふははははは、存在感が薄いと言われたのは何年ぶりだろうか!」


 言ってねえし……。

 フーブに存在感が薄いなんて言える人物がいるのだろうか。試験の時にも異様なまでに主張が激しかったし。

 しかも学術試験の時と違って今は戦闘服だ。

 全体的に赤みがかった服装と言い、燃えるような赤髪と言い、細マッチョ気味な体型と言い、すべてがなんかもう、主人公みにあふれてる。

 というか、よく見たらフーブの服って和装っぽいよな。

 いや、どちらかと言うと中華?ところどころに感じる布感と言うか、そういうのがそこはかとなく和な雰囲気を醸し出しているような気がする。

 名前も、風武とかだったりして。


「フーブって、東の国から来てたりする?」

「……?確かにこの国の人間ではないが、東から来たわけじゃないな。北だ。ヒタ帝国だな!」


 ヒタ帝国。

 ラードに教えてもらった話によれば人間が支配する領地の最北端がヒタ帝国だと言われているらしい。

 実際正確なことは分からないから"らしい"なのだろうけど世界の全体像が分からないのは個人的に気持ち悪かったりもする。


「フーブの出身なんてどうでもいいんだよ。何があったかを聞いてるんだよ」

「どうでもいいだと!まあ、確かに今はどうでもいいな!はっはっは!」

「ちょっとうるさい」

「すまん!」


 声がナチュラルに大きいフーブが、フィールに窘められる。


「で、話してくれるよね?」

「ああ、ごめん。えっと、ここの支部長である……ハッテーって人が何者かに殺されて、その上麻薬による死亡だと偽装されてた……みたいな話だったと思う。で、マリアって人が行方不明だったんだけど、どうやらグゼルさんによって死んだことが分かった……みたいな感じだったはず」

「うそだよね?」

「……いや、本当」


 俺がそう言うと、フィールは何度か頬をつねったりこめかみを指で押したりして夢じゃないかの確認をしていたが、痛みがあるとわかると、もう一度俺の方を直視して「ほんと?」と聞いた。

「本当だよ。正直ハッテーって人もマリアって人も知らないから、間違ってるかもしれないけど。でもここの支部長とその秘書が殺されたって話ではあるぽい」

「……君もしかして、マリア・テングレムもザルヴァレン・ハッテーも知らないの?」

何分なにぶん、記憶がないもので」

「ああ、そういえばそうだったね。そりゃあ知らないわけだよ」


 フィールが俺の言葉に納得して頷くと、人差し指をたてて話し始める。


「『雷帝』ザルヴァレン。冒険王ロザンの旅に何度か同行したとされる生ける……と言っても死んじゃったわけだけど、伝説級の人物。一般公開されてるロザンの文献にもザルヴァレンの魔法についての記述がある。10年間ラピスの支部長と議員を務めあげた英雄だよ」

「詳しいんだね」

「詳しいんじゃない、常識なんだよ。雷帝の存在を知らない人はいないんじゃないかな?」


 ごくりと唾を飲み込む。

 そんな伝説級の人物があっけなく殺されたとなれば、魔狩達がここまで殺気立つのも納得がいく。


「そしてマリア・テングレム。貴族位4位伯爵も持ってるのマイアー。テングレムという高位貴族の3女で、一年後にここの領主になる予定だった人。今は魔狩協会の支部長補佐って肩書だけど実情はザルヴァレンの弟子兼個人秘書って感じだったらしいよ」

「そんな偉い人だったんだ……って、貴族位?伯爵?」

「……簡単に言うなら、貴族位は個人に与えられる勲章を含めた貴族としてのくらい。伯爵っていうのは6爵のうちの上から3番目。正確に言うなら王族を含めた6爵1王のうちの4番目だけどね」

「いや、そこじゃなくて。伯爵持ちって、爵位を複数持てるみたいな言い方じゃないか」


 フィールは頭に手をやって首を左右に振ると、「あのねぇ」と言ってつづけた。


「爵位っていうのは領地ごとに決められた、このくらい価値のあるこの領地の管理者ですよっていう指標なの。一つしか持てなかったら複数領治める時に問題が生じるじゃん」

「複数領持てること自体驚きだよ」

「ボクもこんなにも物を知らない人初めて見たよ。記憶喪失って本当に何もかも忘れちゃうんだねえ……」


 すごく情けない話である。

 というかラノベの知識が先行して爵位は複数持てないと思っていたが、なるほどこの世界では複数持てるのが普通ってことなのか。

 いや、もしかしたら本当は地球でも複数持つのが普通だったのかもしれないな。真相は分からないが。


「ッチ!クソ。分かった、マリア嬢が死んだのは分かったよ。お前が勝てないかもしれないっていうのもわかった。じゃあどうする?このまま泣き寝入りして次の支部長は誰がなる。ラピス・コムリスタの領主には誰が付く!?」


 乱闘が一段落し、グゼルとダリアンは再び向かい合って立っていた。

 周りにはグゼルによって気絶させられた魔狩たちが何人も転がっていた。

 ダリアンはグゼルに向かって言い放つ。


「領主は変わらず現ラピス・コムリスタ領主であるテングレム雌爵にやってもらう。支部長に関しては、一時的にせよ長期的にせよ、俺はベルハドットを推薦するぜ」

「そういう話をしてんじゃねえんだよ!」


 その怒りのこもった叫び声で、協会内には再び静寂が訪れた。


「そういう問題じゃねえなら、なんだよ」


 それは、怒りだった。

 あの飄々としたグゼルの顔から完全に笑みが消えていた。

 先ほどダリアンを蹴り上げたときも、その後ダリアンと静かに話し合っていた時も崩れなかった笑みが、グゼルの顔にはもう一切写っていなかった。


「オイまさかてめえらだけが怒り、悲しみ、後悔してると思ってんじゃねえだろうな」


 グゼルは手近なグラスをつかむと、それをパリンと握りつぶした。


「俺は、今。猛烈に怒ってるんだぜ。英雄をむざむざ死なせる協会にも、その怒りを他人にぶつけるしか能のないバカな魔狩にも、そしてあっさり殺されたクソ爺にも」


 そう、自分の意見を一方的にたたきつけると、グゼルはガルムの方へと向き直り、手早く指示を出した。


「ガルム、本部に連絡して、判断を仰げ。トリは俺専用の奴を使っていい。あれが一番早い。そんで、俺は数日でここを出る」

「……了解だ、グゼル。お前の指示に従おう」

「お前みたいな賢いやつがいて助かるよ。あと、ダリアン。そこで寝てるやつらに伝えとけ。てめえらに出来る事は無駄死にと犬死しかない。おとなしく、今まで通り魔狩としての活動に専念しろ、とな」


 ダリアンは頷かず、ただ唇を噛んでこぶしを強く握っていた。

 俺はその姿を見ていられず、ふとグゼルに視線を移すと、目が合った。


「お前は確か……魔力がゼロの奴か。学術は何を受けたんだ」


 ふいに投げかけられた質問に、俺は一瞬たじろいだが、昨日のことを思い出してながら慌てて答えた。


「精霊言語学と算術です……。ぐぇ!?」

「ついてこい、お前に用がある」

「え!?」


 フィールの驚いたような声が聞こえたのを最後に、俺の意識は途切れた。

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