第21話:偽神の加護
「おう、起きたか」
目が覚めると鬱蒼とした森の中にいた。
目の前にはグゼルがおり、そのすぐ左にはつい先日、俺が殺した狼の死体が、蝿に
思わず顔をしかめると、グゼルは俺の首の付け根をガッシリと掴む。
その力の入った腕を払い除けようとグゼルの手を掴むが、グゼルの手は俺なんかの力ではピクリともしなかった。
そのままグセルは俺を持ち上げると、首を左右に振ってゴキゴキと首を鳴らした。
そもそも、この状況はなんだ。
グゼルと目が合ったあとの記憶が殆ど無い。
「な、何してるんですか?」
なんとか目だけで下を向いて、小さく声を絞り出すと、グゼルは静かな声で俺に語り掛けた。
「先ずは、自己紹介から行こうや。礼儀は大事だ。間違いねぇ」
そう、自分に言い聞かせるように言うグゼル。
「俺の名前はガレル・ティソーナ。グゼルは偽名だ。響きはそう変わらねえけどな。魔法剣士と言う概念を生み出した武闘派貴族にして名門ティソーナ家の5男。最高位は侯爵で現当主の貴族位は3位だそうだ。家を飛び出してきたもんだから、追跡されないように偽名を使って魔狩なんかやってる。ティソーナ家はここから東にずっと行った場所にある。これが俺の出自だ」
「きゅ、急に何を言い出してるんです」
「ヨォ、ノワール。これも、偽名だろ」
「……は?」
言われている意味が一瞬理解できずに、反射的に声が出た。
ガレルは無表情を崩さずに、俺の首を持っていたのを胸ぐらに掴み変え、側にあった木へと叩きつけた。
「カハ……ッ!」
「すまねえな、苦しくしちまってよ。だがこれでも昔と比べりゃ落ち着いた方なんだぜ?昔だったら、既に斬ってた」
なんだこの男。
めちゃくちゃだ、俺が一体何をしたって……
「お前が一体何をしたのか、どうか。それを俺は聞きたいんだぜ」
「は?俺が、何ですって?」
俺が思わず聞き返すと、ガレルは話を聞いていないのか、聞く気がないのか、質問を開始し始めた。
「お前、記憶喪失って嘘だろ。何を企んでやがる」
俺は完全に意表をつかれた問に一瞬
そう考えるが1秒足らず、俺はすぐに彼に返答した。
「嘘じゃないですよ、何故嘘だと思うんです」
返答は蹴りだった。
俺の腹に吸い込まれるようにささったつま先が俺の腹をかき回し、同時に背中の木に思い切りぶつかった衝撃で俺は思わず胃の中のものを吐きかけた。
俺が嗚咽と咳を繰り返していると、ガレルは俺の髪を掴んで思い切り顔を上に持ち上げた。
「悪いな、俺にも余裕がなくてよ。フェアじゃなかったな、今の」
ガレルはそのまま俺の目を覗き込んで、もう少し顔を近づければ触れるような、そんな距離から俺に猫撫で声で言った。
「俺は"
「加護……?」
俺が疑問を口にすると、ガレルは驚きからか顔を歪めた。
加護。
響きから何となくは察しがつく。おそらくは人に神が与えし祝福的なソレだろう。
「加護を知らないのはマジなのか?……まあいい。説明してやるよ。加護っていうのは神が特定の生物に与える特異な権能のことだ。俺の偽神の場合……偽物の神って訳じゃねえ。偽物を司る神な訳だから、偽物を作ったり見破ったり、まあそんなもんだ。実際に偽神の加護を持ってる奴は世界に数十人近くいる。加護は与えれば与えるほど、一人ひとりへの加護はちゃっちくなる。おっきい神様なのにそれ程度しかできないのは、何十人も加護持ちがいるからだ」
「加護……」
「そう、加護だ。てめえが体力試験の時に焼かれた炎も偽物だ」
それを聞いて、思わず反論する。
「まさか!あれには焼ける匂いも、熱もあった。何なら触れた時に気を失ったんですよ!?」
「だが、それは偽物だ。熱量を感じさせるのも焼けたような匂いも、体を焼く痛みも、全て再現できる。だが偽物。それが俺の加護だ。まあこの話し合いにおいて覚えておかなきゃいけないのは、俺がてめぇをいつでも殺せて、お前が
ありえないような話を聞いて、俺はくらっとした。
そんなめちゃくちゃな力を持っていながらその力をそれ程度と言い切るガレルにもそうだし、神が彼のような暴力の権化のような人間に加護を与えたと言うことにも、だ。
「そんなことは、どうでもいいんだ。つまりは俺は、お前のついた嘘を見抜ける。隠したってしょうがねえんだぜ」
「あなたの言う通りですよ」
俺は逃げ道をこれ以上見出せなかった。
それがブラフであろうと、彼が俺を殺すようなことはしないと思う。
もし殺されたとして、もうあの街に戻ることはできないだろう。
ならさっさと白状してしまうのが俺には得策に思えた。
「記憶喪失では、ないです」
「じゃあ、てめえが犯かその一派人だと思っていいよな?正直、試験の時から厄介ごとの臭いしかしなかった。ウソの記憶喪失、見たこともない魔力欠乏、魔法の感知、常識知らず。何もかもの要素が破茶滅茶で噛み合ってない。正直なところ、俺はお前を犯人だと思うのが一番ありうる線なんだ。実際に吸血鬼含め魔族と呼ばれる部類の奴らの魔力はあの水晶じゃ検知できない」
俺はその滅茶苦茶とも言い難い理論に怖気が走った。
タイミングが悪すぎた。それも、あらゆるタイミングが。
「そんな、それこそ滅茶苦茶じゃないか!はっきり言うけどな、俺はここの支部長のことも領主のことも、何なら殺されたことだってついさっき知ったんだ。これは本当だぞ!」
俺は激昂したようにそう宣言する。ガレルの力で俺の言葉が真実かどうか分かるなら、対処法は簡単だ。
本当のことを言えばいい。
実際に俺はこの事件に微塵も関わっていない。
ガレルは「チッ」とあからさまに舌打ちをすると、頭をボリボリと掻き始めた。
「面倒かけさせやがって……。だが、想定内だ。疑いが晴れるわけじゃねぇ」
「無実は証明できたでしょ」
「いいや、晴れないね。言動に嘘はないが、お前の行動には少しばかり嘘がある。それに、状況証拠が揃いすぎてる。お前が魔王や上位神のような超越者だったり、その眷属だった場合権能が発動しないこともあるしな。これを見ろ」
ガレルは俺の目の前に突き出すようにして
いや!?待て!
俺の解答が書き換えられてる!?
「……こ、これって!」
「まさか、それも知らねえのか?クソッ」
ガレルは答案用紙を掴んで強引に取り上げると、しゃがみこんで全員分の解答用紙をバラバラに地面に並べた。
「これから嘘の匂いを感じて、偽装されたんだと一発で分かった。それも、全部だ」
言うが早いか、ガレルは掌から炎を出し、あろうことか解答用紙を全て燃やしてしまった。
炎が上がる解答用紙を無表情に眺めているガレルを見て、俺は思わず叫んだ。
「何してるんですか!?重要証拠なのに燃やして!」
「馬鹿が、燃やす訳ないだろ、さっき言った偽モンの炎だ」
よく見ると燃えているのは紙自体ではなかった。
紙に付着した何か……それがしつこく悶え続けている。
「へっ、吸血鬼の肉は流石に耐えやがるな。だが、切り離された肉でも意思はあるらしい」
「まさか、偽の炎で焼いて吸血鬼である証拠を掴んだんですか?」
俺がそう問いかけると、ガレルは先程までの乱暴な対応とは裏腹に、落ち着いた声色で俺の質問の答えを解説し始めた。
「俺が見抜いたのは、解答用紙の偽装と、マリアとジジイの死の偽装……つまり麻薬で逝ったっていう偽装だ。偽神ってえのは仮にも神だ。発言の嘘を見抜くだけじゃあねぇんだぜ」
「なる、ほど」
つまり彼に対する偽装やブラフはなんの意味も持たないと言う訳だ。
外交官とかになればめちゃくちゃ優秀なんじゃないか?
「要は相手が"偽装"しようとしているかが重要なんだ。発言にせよ、行動にせよ」
と、そんな話をしていると、紙に付いていた
「燃えたと、錯覚しているな。だからこいつは全部取り払って、いっぺんに燃やしちまおう」
ガレルは全ての偽装解答用紙から吸血鬼の肉なるものを取り外し、空中に投げ捨てた。
一瞬の「ゴウッ」という音と共に空にオレンジ色の光が放たれ、それでもまだ炭のようになって残っているそれの残滓を、暴風で固め、再び燃やした。
流石の高位吸血鬼の肉でも、流石に耐えられなかったのか空気中には土埃を含めたチリが殆ど無く、ガレルはその様子を見てようやく、安心したようにその肉があった場所に背を向けた。
「そういえば、てめぇは結局なんなんだ?名前は?誰にも言やしねぇから教えてくれ。正直、そんなに怪しい経歴で、今回暫定白だったからって信用できるもんじゃねえんだよ」
「……」
「秘密を共有した仲じゃねえか。言っとくが俺が加護と本名を明かしたのはお前と家族と、あと数人それだけだ。他はほとんどないんだからな」
「じゃあ、なぜ俺に明かしたんです」
「フェアじゃねぇからだ」
「フェア?」
その言葉の真意が一瞬わからず、聞き返す。
「一方的に条件を持ってて相手を断罪するのは、フェアじゃねぇ。あくまで俺はお前をアバいて断罪しようってんだから、俺は自分をアバかれ、断罪される覚悟をしなくちゃならねえ、まあ今回の場合はそれも杞憂に終わった訳だが、関係ねえそれが俺の信念だからだ」
「……」
「まあアレだ。得体の知れねえやつに教える家もないってことだ」
信念。
その言葉に思わず息が詰まる。
彼の暴力は、痛く、苦しかったが、何となく殺意を感じはしなかった。
それは彼が、俺を殺そうとしていると口で言ってはいるが、本当はそんなことをしたくないという心の底の表れだったのかもしれない。
それは彼が、臆病だからなのだろうか。
それなら少しわかるような気がする。
彼が俺と同じで、自分が嫌いで、自己嫌悪にまみれていたからなのかもしれない。
辿り着いた先は違っても、臆病な本質はそう変わるものじゃない。
俺だって、臆病を振り切って今を生きているつもりだが、昔とほとんど変わっちゃいないだろう。少し違うとすれば、支えてくれる優しい人達に恵まれ、立ち上がる勇気を得たことだ。
なら、俺は、出来たてほやほやの俺の信念に従って行動しよう。もう後悔をしないように、そう決意した自分を裏切らないために。
「まぁ、言いたくねぇのなら無理に言わなくていい。俺がお前に全てを話したのも、お前にとっちゃあ俺の勝手だから……」
「
「何?」
食い気味に放った言葉を、聞き返される。
俺はそれに答えるように、俺の名前を復唱する。
「白谷
「どっちが苗字だ?」
「白谷の方です」
「……そうか、そうか。」
俺が正直にガレルに言うと、ガレルは「ふふっ」と笑いをこぼした。
その後、先程のように小さく隠すことも無く大爆笑すると、暫くして一通り笑い切ったのか、ずっと見せることがなかった笑顔を顔に戻した。
それは今までの
「おい、アスカ」
「なんです」
「異世界ってぇのは、どういうことだ」
「俺はここじゃない世界、地球ってところから来たんです。魔法もなければ剣も
「それでなんだ、お前はそこからのスパイで来たってことか」
俺はガレルのその問いに答える。
「違います。俺は、そこでどうしようもないクズだったんです。親に養ってもらって、仕事もせずに遊んでばかり……」
「……」
「けど、ここに来てどうしてか変われる気がしたんです。フェルさんや、ラードさん、ガレルさんみたいな人に出会えて。そりゃそれぞれ全然違う人ですけど、みんな俺に無いもの持ってて、だから俺も、目指したいものが出来たというか……」
がレルはそのままの笑みで俺に問いかけた。
「やりたい事が出来て、自分を持ってりゃ人は生きてける。そういう意味じゃお前、今まではクズでも、今は最高の奴だぜ」
「……そんな事ないです。俺は俺の、出来たてでちっぽけでやわこいですけど、そんな信念に従っただけです」
「それでいいのさ。てめぇの信念なんて、てめぇが欲しい時にありゃあそれで十全なんだぜ」
ガレルはニタニタとした嫌らしい笑みを崩しはしなかったが、しかしどこか吹っ切れた様に柔らかな雰囲気を纏っていた。
「ガレルさん、一つだけ聞いていいですか」
「おう、なんでも聞きやがれ」
ガレルの了承を貰い、俺は彼が何故ここまでこの事件に執着し、感情的になるのかを、聞こうと思った。
「ザルヴァレン・ハッテーさんとは、どんな関係だったんですか?」
ガレルはそれを聞いて、眉をピクリと動かした。
笑みは崩さず、それでもどこか自嘲気味というか、哀愁漂う潤んだ瞳と震える唇から発された言葉は、意外中の意外そのものだった。
「俺は奴の弟子で、親のようなジジイだったよ」
俺はその言葉に絶句する。
「奴は世話焼きなやつでな。実家から逃げ出してきた俺に才能があるとか抜かして、魔狩にしてやるって言われたんだ。戦うのが嫌で逃げ出してきたなんて知ら無かったんだろうよ」
「戦うのが嫌で、実家を出たんですか?」
俺は今の姿や性格からは想像もつかないガレルの過去に思わず疑問を投げかけた。
「偽神の加護は、偽装や騙そうとする意図を、全て感知する。俺にはフェイントも効かなければ、厄介な事に剣才も人並み外れてた」
「何となくそんな気はします。剣術、筋力、体力。どれをとっても桁違いだ」
「そうだろ?そんでな、俺は斬っちまったんだよ。決闘で、真剣で、兄貴の腕を、な」
……。
「それで俺は類まれなる剣才と優秀な魔力機関、保有量と、全てにおいて魔法剣士に向いてた。歴代最強の魔法剣士の誕生とまで言われたもんだった。すげえだろ。幼少期からずっと変わらず天才だったってこったな」
……。
「けど、臆病で不器用だった。魔狩にされて、ジジイに扱かれてすこしはマシにゃあなったが、今でもほとんど治っちゃいねぇ。人と関わるのも、人を傷つけるのも、怖くて、見てられなくて、だから全部を拒絶してる」
……。
「ジジイに教わったことは多い。人のために生きること、どうやって戦うのか、環境を舐めたら死ぬこと。そして、てめぇの信念を持って生きること。」
……。
「正直なとこ、俺は本当は最強の兄貴に仕える最強の文官に成りたかったんだ。でも、優しくて、半端に才能があった兄貴は俺の才能を即座に見抜いて、俺を次代当主にしようとした。だから、負けようと思ったのに……」
……。
「俺は兄貴から剣を奪い、何もかもを奪った挙句、兄貴の望む次代当主になるのが怖くて、兄貴に会うのが怖くて、逃げ出してきた」
……。
「お前も、俺に似てる。だがよ、お前は弱っちくてちゃっちいが……
いや、なんでもねぇ、なんでもねぇや」
……。
「悪いな、
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