第22話:試験結果

 試験結果の発表はまたしてもずれ込み、異例中の異例ではあるが、試験官無しで一旦本人だけにのみ結果が伝えられる事となった。

 理由は、支部長の死の対応に協会内のほとんどの人員が駆けずり回って仕事をしていたからだ。

 その中にもガレルはおらず、昨日の夜にあったきり俺は彼を見つけられずにいた。

 今日も結局ガレルは来なかった。

 あれでお別れというのはあまりにも寂しい。

 確かに一度徹底的にいたぶられはしたが、俺が彼の立場なら、こんなに怪しい奴は放って置かないだろう。

 傷はもう癒えた……というか目立った怪我も後遺症も残っていないので、もうあまり気にしてはいないのだが、だからこそあの時に親しくなった彼との今生の別れになるんじゃないか、なんて悪い想像ばかりが頭の中を駆け巡っていた。


 俺の頭の中で、ガレルの話が一日中響き渡り続けていた。

 初めて飲んだ酒の味も、ガレルが話したティソーナ家のことも忘れてしまうくらいに。


 人の過去に土足で踏み入った自覚はあった。

 俺は、ただ、知りたがっただけだ。だけどその結果こうしてガレルは思い出したくもない過去の傷を思い出すハメになった。

 実際のところ、俺は何も変わっちゃいなかったんだと、ガレルの悲しそうな眼を見て思った。


 彼は俺がいてもいなくても、すぐに立ち直ることができたのかもしれない。

 でも、俺はそこに付け込んで、思わぬ高評価で調子にのった。

 彼は気にするんじゃねえと言ったが、俺には基本的に優しさが凶器だ。


 加護。偽神の加護。

 なるほど、神様の目は正しかったようだ。

 あれほど根が優しい人間を、本当は人を傷つけることにすらいちいち罪悪感を覚える男に。

 自分の親代わりを殺したかもしれない、その原因になったかもしれない男に対しても公平に話すことを自らの信念として刻み付けたあの人に、あのような加護を与えたわけだ。

 なら、俺は何だ。

 クソっ!


 終わらない呵責と後悔が頭を駆け巡り、彼の傷を深く抉ったことに何も謝れずに絶句を返してしまったことに、俺の心はひどく深く沈み込むだけだった。


「オイ、ノワール。お前に言ってるんだ。試験結果だ。聞いてんのか?」

「え?あ、ああ」


 俺は慌てて試験結果を受け取る。

 偽装されたままの、満点の学術試験の用紙がそこにはあった。


「あ、ありがとうございます」

「おう、算術も精霊言語学もできるとなると、家庭教師や計算士としての仕事を斡旋できるだろう。武術の結果も悪くない。体力に関しては高くないが……ま、どうにかなる。頑張れよ」


 ガルムの言葉が耳の右から左へと通り抜ける。

 答案用紙の精霊言語学の記述解答が、前見た通りに一部改竄されている。

 ガレルの話では、改竄前の回答が見つからなかったからそれで仕方ないということだそうだ。


 この、精霊に対する死の命令の部分が精霊へ水を出す命令に変わっている。

 もし、これだけの為に犯人が大勢の人の心を傷つけたなら、許される行為じゃない。

 なぜ俺の答案が改竄されているんだ?そもそも。

 精霊言語学は古代に生まれた言語なんだよな。

 もしかしたら、正確に訳してはいけな……


「ていっ!」

いたッ!」


 後ろから思いっきり頭を叩かれる。

 反射的に後ろを見ると、 前とはまた違った服装のブックが、俺の後ろで仁王立ちしていた。


「何があったのかは知らないけどなー、暗そうな顔されるとこっちまで暗くなるの!無理してでも笑え!」

「お、おう。ありがと」

「こーゆーときはありがとうじゃなくてごめんなさいだぞ!」

「それ、逆パターンしか聞いたことないんだけど……」


 俺が思わずツッコむと、ブックはニシシと笑って背中を思いっきり叩いた。

 相当強い力によろけそうになるが、何とか2、3歩前に足を踏み出して耐える。

 ふと、ガルムの方を向くと、一番最後のフーブに成績を渡し終わったところだった。

 フーブは「はっはっは!」と特徴的な笑い方でこちらに振り向くと、そのあまりに悲惨な試験の結果をこちらに堂々と見せてきた。


「ふはははは!」

「0点じゃねえか」


 字も汚ければ点もひどい。

 けど何故か彼らを見ていると、何となく沈んでいた気分も落ち着いてきた。


「やっぱり、ありがとうで合ってるよ」

「そうか?なら、それでいいのだー!」

「何だねーちゃん、そーゆー男がタイプなのか!?」

「ちげーよ、弟。暗ぇー空気だったから、喝入れたった」

「喝!」

「そうだ、喝!だ!にゃはは」

「ははは……何だよそれ」


 アホっぽい会話を続けるブックとセクに、俺は思わずツッコミを入れ、ガルムが呆れたように頰を掻く。

 悩んでたのが馬鹿らしい、なんてことは思わない。

 彼の心の傷を、親しくなってこじ開けたような所業を正当化しようとも思えない。


 だが、少しでも前を向けるなら、それにこしたことは無いのかもしれない。そう思っても、良いのかもしれない。


「お前、ブック。何でお前が算術と同じぐらい難しいって言われてる医薬学でほとんど満点なのか。俺は不思議でならねえ」

「ハッハッハ!キャラだからな。普通に喋ろうと思えば喋れるけどな!」

「嘘つけねーちゃん!俺、それ以外のキャラ見たことねーぞ!」

「もう一つの方も同じようなキャラなのだ!」

「じゃ、やっぱ同じじゃん!」

「ノリだ!」

「はは、息ぴったりだなぁ。羨ましい。ボクも兄弟欲しいなぁ……」

「そうなのだ!息ぴったりなのだ!」

「そうだっだ!姉弟だからな!」


 フィールが羨ましがると、2人とも嬉しそうに姉弟である事をアピールし始めた。

 放っておくと延々に続きそうな会話が姉弟で展開されている。

 話題が尽きないというか、話の中身がないというか。

 だめだ、あんまり褒め言葉が浮かばない。常に馬鹿っぽく見えるって以上の感情しか浮かばん。


「ま、この結果を公表するもしないもお前らの判断だ。本来は大々的に公表されるんだが、今回はそんな暇なかったからな。公表したくないなら今俺に伝えてくれ。そういう風に手配しておく」

「はいなのだ!」

「おうなのだー!」

「……は、はい」

「おし、じゃあここで解散だ。また明日になったらお前たちの試験の結果が掲示板に貼り出されるから、今日は親睦を深めるなり、帰って明日に備えるなりしておけ。忙しいぞー、勧誘は」


 ガルムは悪い笑顔で俺たちに言うと、パンっと手を叩いた。


「じゃ、俺は受付に戻るから。好きにやれ。期待してるぞ新人共」

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