epilogue1:最悪な戦後処理

 陽光の差し込む明るい病室は、これ以上ないほど緊張した雰囲気に包まれていた。

 狭い部屋に6人もいて、誰も喋らない、誰も笑わない。ただ目の前で彼女に魔法が施されているのを見つめている。

 部屋にいるのはガルム、ラード、マヤ、医者のジニエ、俺とそしてフェル。

 全員がジニエ ――命魔法の使い手である神官らしい―― の集中力を損なうまいと、喋れずにいるのだ。


 その圧迫感たるや、である。

 しかし医者も必死なのか、その背後からかかる緊張感を感じていないような様子である。うんうんと唸りながら、意識のないフェルに魔法をかけている。


 いくつかの詠唱、いくつかの呪文をかけ終わったところで、既に数時間が経過していた。

 すぐに処置すれば、命に関わる程では無いほどではないだろう……と告げられてから経っている時間の分だけ、俺の心臓が強く締め付けられるような気がした。



 *


 ラードが帰ってきたのはラードの宿の戸を叩いたおよそ5時間ほど後だった。

 一度は馬を馬宿に返しに行って、宿に帰って眠ろうとしたのだが、一向に眠れる気がせずに門の近くでラードの帰還を待つことにした。

 何を考えるでもなく、長く時間が過ぎゆき、遂に日が昇って1時間ほど。


 疲労困憊といった様子で帰ってきたのは、ラードに抱えられたマヤと重傷を負ったフェルだった。

 俺は慌てて事情を聴くと、フェルが顔から胸にかけての大火傷をして、命が危ないという事。そしてユスタヤ教会の門がそろそろ開く頃だという事だった。


 ラードに地面に下ろされたマヤは、若干ふらつきながらもラードと俺と一緒に教会へ走った。

 彼らは来なくても良いと言ったが、行かせてくださいと頼み込んで、なんとかりょうしょうしてもらったのだ。

 やがて教会に着くと、丁度門を開けようとしているところだった。俺たちは空いた門の奥に駆け込んで神官の一人に治療を頼むと、丁度腕のいい命魔法の使い手が来訪しているとのことだった。


 奥の医務室に通され、フェルは紹介された腕のいい神官であるジニエに治療を受けることになった。

 『雷帝』ザルヴァレンの死に関する事実確認を行うために王都から派遣されてきたらしい。何故こんなに遅い今のタイミングなのか?とも思わないではないのだが、とにかく運がよかったと考えるべきだろう。

 早速準備を整えて手術に取り掛かる、といったところで俺はラードにひとつ頼みごとをされた。魔狩協会のがルムに対する言伝である。

 

 俺は頼まれた伝言を果たすため、足早に魔狩協会へと向かった。

 朝の協会は誰もおらず、こざっぱりとしていた。と、受付のほうにがルムの姿を見つけて声をかける。

 落ち着かない様子で頬杖を突きながら、誰かを待っている様子だったガルム。


 しかし俺の声に気が付くと、何かを察したのかカウンターから出てくる。

 義足を木の床にカツカツと鳴らしながら歩いてくると、ガルムは俺に問いかけた。


「どうした、何かあったのか。こんな朝早く」

「ラードさん達が森から帰ってきました」

「そりゃあ……早すぎるな。流石『藍迅』というか……」

「『藍迅』」


 名前の通り、速く、青いという事だろうか。

 俺がその二つ名を知らなかったのが意外だったようで、ガルムが「知らないのか」、と問いかけた。

 それに俺が肯首すると、ガルムは説明し始めた。


「ラードの二つ名だよ。藍色の髪と紺の瞳。そして超速の剣技、疾走。転移魔法。それらの実力と功績を認められて、ヤツは『藍迅』という二つ名を得ている。何年前だったかは忘れたが……っと。そんなことより、用事は何だ」

「そ、そうだった。えっと、『仲間に裏切られた後輩を助けるために負傷した仲間への手当』と『人を殺すような人間を魔狩に認めた責任書』を書いてほしいと、ラードさんから」

「……分かった。あいつが言うんなら、そうなんだろうな。本当はもっと確実な手段を用意するはずだったんだがしょうがねえ。また今度に……」


 そう言いかけ、別れようとしたその時だった。

 扉を開く音と共に、これまた久々に見る顔が。


「ガ……グゼルさん」

「よぉ、久しぶりだな、ノワール」


 俺がガレルと言い間違えそうになったのを、俺の氏名を言いかける事でくぎを刺したガレル。

 その言葉に俺が軽く身を震わせた。


 そう、そこにいたのはあれ以降一度も顔を合わせていないガレルだった。

 相変わらずの軽薄な笑みと、燃え盛るような赤髪。黒を基調とした中二心を激しくくすぐる衣装。そして何より、その剣と

 攻撃のための防御と、反撃の隙を与えない圧倒的技量を俺に見せた張本人であり、俺を一瞬殺しかけるも、自らの性格や境遇を気に入ったのか、俺に秘密を明かしてくれた友人でもある。

 協力無比な加護と魔力諸々を持ち合わせており、その実力は折り紙付き。千羽鶴折っても足りないぐらいの実力者であった。


 俺はなんとなーく、察したことを心の中で叫ぶ。


 まさかの待ち人ってガレルかよ!?


 俺がガルムのほうを見ると、ガレルが肩をすくめて笑った。


「そう、そいつの待ち人は俺だぜノワール。そして以前、俺にお前を探れと言ったのもこいつだ」

「……え!?」

「疑わないわけにはいかなかったんでな。だが、そのおかげで潔白は晴れるし、今回も同じだ。グゼルに見てもらえばいい」


 ガルムはガレルの加護のことは知っているのだろうか。口ぶりからしてそんな感じがする。

 俺がガルムとガレルを交互に見ると、ガルムが大きくうなずいた。


「知ってるよ。偽神の加護……だろ?以前聞かされた時は驚いたが、まあ此奴ほどの男が加護持ちじゃねえってのも逆に不自然な話ではある。疑う余地はねえわな」


 申し訳なさそうに、両手を横にして肩をすくめるガルム。

 別に怒ったりしようとは思っていなかったわけだし。


「なんとなく事情は分かりました。つまり……」

「今回の件について本当のことを全部しゃべっちまえば、お前の潔白は証明される。早く見舞ってやりたいならさっさと話せってわけだぜ」


 ガレルが俺の言葉を遮るようにその続きを言った。

 そんなふうに軽い口調でのたまうガレル。

 その言葉の一つに少しだけ違和感を覚える。見舞うって……。


「聞いてたんですか」

「ちょっとだ、そんな目で見てんじゃねえよ」


 俺がジトっとした目で軽く睨むと、ガレルは逆に強く睨み返してきた。

 俺は眠っていない疲れからか、重く溜息をついて眠ってしまいたいような気分になった。が、ガレルの言う通り今すべきことは彼女のもとに一刻も早く駆けつける事。


 俺は若干早口になって噛みながらも、事の顛末と、俺のとった行動を話すこととなった。



 *


「フェルぅ、大丈夫かなぁ」

「フェルがどうにかなるところが想像できるか?一週間後にはぴんぴんしてるよ」

「……うん」


 マヤを安心させるように背中をさすって、落ち着かせる。一見軽薄そうな口調だが、そのつぶやきに万感の意が込められているというそれだけははっきりわかった。

 手術は成功したらしい。

 というか1時間経過をみれば結果が出るとのことなので、成功か失敗かはその時初めて分かる……というのが正確なところだが、まあそこの正確性は今どうでもいいことだ。


 つまり重要なのは、10、俺が一度眠り、ガルムは業務の為にもう戻った。

 しかし、それだけの時間が経っていながら。いまだ起きだして来ない彼女が今、どういう状態であるかということ。

 顔の火傷は薄かったらしく、経過30分ほどでほとんど完治していた。しかし目だけは一向に覚まさない。まるで、ずっと夢の中かのように。


 もしかしたら疲労がたまってまだ寝ているだけかもしれないし、傷がひどいから時間がかかっているだけかもしれない。

 そういう風な楽観的な思考で何とか心臓に対する負荷を軽くしようと試みるが、一切効果はないどころか、逆効果ですらあったかもしれない。


 命精霊に働きかける回復魔法と、時精霊を利用して処置を行う回復魔法。種類やメカニズムは違うが、結果は同じ。正直精霊ってものも怪しいが、精霊の名前から若干想像はできる。

 時を戻して傷を治すのと、内側から代謝を上げるタイプの直し方ということだ。

 まあ要するに、それぞれ用途に分けて使い分けられるのだ。そして今回は命精霊に働きかけるタイプ。その魔法が発動している限り、彼女が死んでいることはあり得ない。とはジニエの言葉。


 しかしこれだけ遅いとなると、どうしてもそろそろ心配に……


「ラー、ド?」


 いつも明るく頼もしく聞こえていた彼女の声が、小さくすぼむ風船のような、儚く切ないものに聞こえたのは、俺の錯覚なのだろうか。

 俺はフェルに対する複雑な心境を抑え込みつつ、ラードの後ろからフェルの様子を見守った。


 時刻は丁度昼過ぎ当たり。

 太陽が上に、部屋が丁度暗くなってきているころだ。


「くらい、よ」


 小さく、そうつぶやいた言葉にラードはびくりと肩を震わせた。


「す、すまない。気が利かなかったかな。ちょっと待ってくれ。ランタンを取って……」

「ラード、違うよ」


 その、小さく控えめな否定がマヤの口から飛び出し、同時に手を震わせてラードの肩をつかむ。

 唇が震え、うまく発声できていない。そのことをマヤは自分でもわかったのか、ラードにもう一度同じことを繰り返した。


「違うよ」


 立ちすくむしかできなかった。

 部屋の全員が、無言で、目を見開き、唇を震わせ、自らに現実を言い聞かせる事しか出来なかった。


 そういう経験をしたことが無いわけではない。

 過去にクラスメイトがいじめで片耳を壊された事があった。所詮他人事だったのだ、あの時は。

 そう、ただ彼女が。こんな俺に、何度も希望を与えてくれた彼女が。

 自然と口から出たのは、何の解決にもならない無為な言葉。


「こんなことって……」


 そんな俺たちに、追い打ちをかけるようにフェルが口を開いた。


「今は夜なの?部屋が暗くて、なんにも見えない。月明りも、みんなも」


 そう、彼女は。



 失明していた。

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