epilogue2:出立

「どうもこんにち……ノワールじゃないか。もう、出るのか?」

「ええ、早いほうがいいですから」


 宿で自分の荷物を引き払った俺は、それらを買った鞄に詰めて最後の手続きをしていた。

 その相手が、まさかのロウェさん。役場の仕事もしていたとは、驚きだ。

 その優しげな顔がもうしばらく見られなくなるのは、少し寂しい話だが。


 というのも、俺は憲兵団を出てからも何度かロウェさんの元を訪れていた。異世界での文化や交流というものを知りたかったのもある。

 が、なんとか記憶を取り戻そうとしたり、筋トレをしたりしている俺の姿を見て気に入ったロウェが、一度家に誘ってくれたのが始まりだったのだ。

 記憶喪失という裏事情あっての評価だから騙しているようで……というか騙しているのだが。騙しているから、少しばかり申し訳なく思ったりしている。


 ……ちなみに彼の妻はすごい美人で、身長が高い。モデルさんみたいな人だ。

 夫婦仲も良いカンジで、羨ましい限りというやつだ。

 街を出る事や、その目的諸々を話したら、難しい顔をしながらも手続きを手伝ってくれたのだ。


「どうも、厳しいことを言わせておくれ」


 そう、前置きしてロウェは俺の顔をじっと見つめた。

 俺はそれに一瞬しり込むが、気を取り直して返事する。


「……はい」

「ノワール。君ははっきり言って、強くない。弱い、と言ってもいい。基礎体力や筋力は出会った頃からだいぶついてきているが、それでもには足りない事だ。特に、ジキルハド大森林。あそこには君が、手も足も出ないような魔獣が無数に潜んでいる。近くにいるだけで正気を失う蛙。超高精度な擬態をする蛇、そして地竜ちりゅうの巣。この全て、いやこれ以上が、君を。ノワールという存在を喰らいにくる。実際に奥に行ってと接触した後に帰ってきたというやつは50年以上一度も現れていない」


 ジキルハド大森林の賢者テリアマイオ=カステロ。200年前以上の伝説。しかし未だ実在しているともっぱら噂の超常の存在。

 曰く、全てを知る知識の主人。いずれかの主神そのものか、相当高位の神。万物の知見者。

 

 王都の近くにある森で、コンパスや地図などが頼れない樹海のような森に住んでいると言われている。

 その実態は殆ど知らされておらず、存在自体が眉唾物の賢者。噂が一人歩きしてるって可能性も十分にあるぐらいって話だ。


 では何故、俺はそんなところを目指すのか。

 そこに、フェルを治す方法があるかもしれない……と、そう睨んだからだ。

 事実、賢者関連にそのような書籍は多い。不治の病を治す方法を教えて貰ったとか、両手を失った人にまた新しく手を使わせる薬を貰ったとか。

 ならば目を治す事も出来るのでは。と、そう考えるのもおかしい話ではないと思う。


 怪しい限りだが、それに頼るしか俺には彼女を助ける方法が思いつかない。

 目を直すような薬についても調べてみたが、医者に聞いても知らないの一点張りだ。隠す意味もないだろうし、多分本当にないんだろう。

 魔法で直すのも厳しいという話だし、そもそも発展した現代医療でだって失明を元に戻せるなんてことができるかといえば、多分できない。

 薬や手術に頼る事はできそうにもないのだ。


「いるか分からないものを追い求めようとするのは人間の性だ。と、俺の愛読する本の著者は言っている。君が単にその欲求に取り憑かれただけだというなら、俺は君に強く忠告しなくちゃならない。やめろ、と。そう言わなくてはいけないんだ。君に、あいつのようになって欲しくないんだ」

「……」


 真剣な眼差しで、俺のことを見るロウェ。

 あいつ。っていうのは一体誰のことなんだろうか。


「何か……あったんですか」

「……い、いやごめんな。余計なことを言った」

「教えてください、これから俺はそこに行くんですから」


 情報はいくらあっても足りない。

 それがロウェの傷をえぐることになってしまっても、聞いておくべきだ……と思う。


「大した話じゃない。昔、と言っても数年前に俺の友人とその隊が壊滅したんだよ。王都の一部に領地を持つ貴族の命令で、あの森に挑戦して。俺が大変な目に遭う事になかったが、ものの数時間で魔法によって主隊から撤退命令が伝えられた。最終的に仲間と逸れて、一人で森を出たときに生き残っていたのは俺だけ。俺の友人もまだ、帰ってきていない」

「え……」

「運が良かった。なんせ、俺自体は何もされないままに森を抜けれたんだからな。魔物一匹見つからなかったよ。ただ、帰ってきて震えた。それで、ラピスに逃げてきたんだ。上司に頼んでな」


 どういう事だ?王都に領地を持っているのならば、相当高位の貴族のはずだ。兵士だって練度が低いわけがない。

 そんな人間たちが群をなして攻略に挑んでも辿り着けないって……そんなところ、俺に攻略できるのか?


 そんな、情けなく現実的な不安が頭をもたげる。実際、攻略はリスポーンの能力だのみになりそうなわけだが……それにも増して森の魔獣や、環境が厳しいものならば。

 確かにこの能力は便利で強い。使いようによれば最強にも近いだろう。チート能力の名に恥じぬ強さだ。

 だが、それの所有者はあくまで俺だ。身体能力も平均的、いやこの世界では平均以下だ。

 魔法も使えない、生活力もあるとは言えない。そもそも餓死したときに復活できるか?などの疑問も残っている。


「だから攻略の手助けになるような事は何もない。どれだけ恐ろしいかって事以外はな。だから、ノワールが運が良くなけりゃ、攻略なんて不可能だと思っている。」


 俺はロウェの言葉に押し黙った。

 確かに、その通りだ。しかし、つまりそれは。


「俺がいかなきゃ、フェルは一生……」


 と、いうことになる。

 フェルが魔狩として生きられるうちに目を元どおりに治す方法が開発される可能性はほとんどゼロと言っても差し支えないだろう。


 文明レベルと街の外観。その他様々な要素が、地球生まれ地球育ちの俺からしたら破茶滅茶なこの世界だ。

 食料生産体制、化学の発展,エトセトラ,etc......


 実はできるかもしれない、が。より高い確率の方を選びたい。

 命が複数あるだけに、そういう思いは強くなる。危機感がないとも言えるが、逆にそれは俺の能力にあっているのかもしれない。

 猪突猛進、無謀、蛮勇。しかし俺のこの能力は、それを前提としたような能力ですらあるかもしれない。


「ありがとうございます。参考になりました」

「やっぱり行くのか……わかった。だけどな、絶対に生きて帰ってこいとは言わないが」


 ロウェはそこで言葉を切った。言い澱むような、そんな風に顔を渋らせて頭に手をおいた。

 数秒、そうしていたロウェが、やっと覚悟が決まったのか次の言葉を放った。


「後悔すんなよ!ノワール」

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