第31話:人任せ

「ん……?」


 目が覚め、まだ半分以上眠った頭で何が起こったかを思い出す。

 なぜ、俺は馬の上で眠っていたのか。

 そしてなぜ、こんなにも意識が朦朧としているのか。


 数分、森を駆ける馬に揺られながら考える。

 確か、フーブと野営に来ていたはずなんだ。

 それで……。


「まあ、わかんない事は一旦わからんままにしておこう」


 寂しさを紛らわせるために独り言を言って、とにかく現状打破を目指すことに決定。

 俺は馬の上で身を捩って自分に付けられたロープから抜けると、自分の服装を確認する。


「腰の剣は俺と一緒に馬に括り付けてあるな。服は……なんだこれ!?燃えてボロボロじゃないか……。せっかく買ったのに勿体無い」


 「はぁ」を溜息を一つき、特に理由もないが馬の背中を撫でる。

 服運ねえよなぁ、俺。

 異世界にきちゃあ一張羅が溶け、魔狩に行きゃあ新しい服が焼け。


 そんな緊張感のないことを考えつつ、どうするべきかななんて考える。

 まあ、戻るべきだよなぁ……フーブもなんでこんなことしたんだろ。

 まさか、盗賊とか?


「おい、戻ってくれよ。つっても、分かんないよなぁ。はぁ、俺馬なんて昔体験で乗っただけだよ……」


 また、溜息。


 俺がどうしようもなくなって馬の背中を撫でていると、腰に差し直した剣からふと、紙擦れする音が聞こえてくる。

 誰かが剣にメモを仕込んだんだろうか?

 もしかしてフーブ?だなんて考えるも、そもそもフーブは文字の読み書きができないと思い至った。


「”街に帰って助けを呼んで。私も余裕があれば逃げるから”」


 一人称は女性のものだった。

 なら、これを書いたのは……?


 急速に記憶が蘇る。

 さっきまでの呑気な自分を恨みたくなる。


「フェルさんッ!なんで……」


 馬は依然走り続け、段々と森の奥から離れているのがわかった。

 おそらくフーブとフェルの戦いの余波から逃れようとしているのだろう。

 来た時よりも速度は速く、時々俺の顔に木の枝や棘がものすごい勢いで刺さってくる。


「あの人は俺のの能力を知らないから……ッ!クソ!こんなことなら全部明かしておけばよかった。なんで俺は、いつもこう言う時に自分のことばっかり……!」


 後悔と自責が頭をぐるぐると駆け巡る。

 同時に、フーブへの憎悪も。


「おい、戻ってくれよ!頼むよ!後生だから!」


 俺は馬の腹を蹴り付け、なんとか止めようと画策する。

 が、俺が必死に馬を止めようとしても、止まるどころか加速するばかりで効果はない。

 急かしてると思われているんだろう。


 こう言う時に役に立ちそうな言語チートは、微塵も役に立つ気配がないし、俺のリスポーンの能力も役立たずだ。

 どうしてこう、肝心な時に使えないんだよ俺は。


「助けを呼んでって……。なんで人のためにそこまで命張れるんだよ!おかしいだろ!ふざけんなよ!」

「ブルルル……」

「おい、慰めようってのかよ。なら戻ってくれよ!俺の能力を明かせば、きっと一緒に戦ってくれるはずなんだよ!お前のことだって守るから!なんだったら手前で下ろすだけだって……そうだ!リスポーン位置は更新されてないはずで……あ!」


 俺はそこで思い至った。

 なんで言っちまうんだよ!そう言う重要なワードを、今、この状況で!

 俺は自分の『おしゃべり癖』と不注意を恨んだ。

 どうしたってこんなどうしようもないことになってんだよ……!

 俺が何したって言うんだよ!


「なんで俺なんか殺すためにあんな奴が派遣されてんだよ!なんで俺なんかの為にあんなにいい女性ひとが死ななきゃならないんだよ!ラードさんだって、マヤさんだって、協会のみんなだって!みんな悲しむはずだ、なのになんでこんな事になってんだよ!誰を恨めばいいんだよ!」


 自白のような、愚痴のような、そんな感情の吐露だけが、俺の唯一できる事。

 もう、それしかできない。

 それ以外何も思いつかない。


「なんで俺をここに呼んだ!?そのせいで色んな人が不幸になってるんだ!支部長って人だって、その秘書さんだって、そう言う人たちを慕ってたみんな、ガレルさんも、俺が絡んでみんな不幸に陥ってる!これじゃまるで疫病神じゃないか!俺はこんなこと望んじゃいない!これじゃあ地球の時と同じ、それ以下じゃないか!人を死に追いやって、精神的に追い詰めて、不用意な発言で人を傷つけて、勝手に絡んで、優しさに甘えて!何が成長しただ、何が感謝を糧にして生きるだ!これで満足かよクソ神様!人も、人生も、俺を使ってめちゃくちゃにして!これで満足なのかよぉ……ッッ!!」

『うるさいぞ』

「は?」


 寝起きのような緩慢さでいて、帝王のような威圧感がある、そんな声だった。

 告げられたのはその一言だけ。

 だが、それは有無を言わさぬ強制力があった。


 一気に、目が覚めたようになる。

 頭に上っていたはずの血や、朦朧とした意識が戻って視界が開ける。

 思考も冷静になり、


「うるさいって……どっから話しかけてやがるんだ。どこで聞いてやがるんだ!」


 返事はない。

 何が起こっているのかもわからない。


「なんなんだ?戦闘中にフーブを失神させたことといい、リスポーンのことといい、言語のことと言い、わからないことが多すぎる……!」


 が、思考は段々と落ち着いてきた。

 やらなきゃいけないことも。


「おい馬公、あんまり蹴って悪かったな。もう蹴らない。だから代わりにもっとスピード出してもらうぞ」

「バフン……」

「大丈夫、任せとけ」


 俺は深呼吸をし、手綱を握る。

 大丈夫だ、乗馬体験の時も上手いって言われた。俺にやって、できないことはないんだ。そう信じるほかねえ!

 手綱を握る拳に力が入り、厚く荒い皮が手にチクチクと刺激を与える。

 馬の背中は広く、そしてそのスピードは異常なまでに速い。


 車やバイクなんかよりも、多分速い。

 ゆっくりと目を閉じ、開く。目の前は嫌になる程の森林だが、しかし視界の左に川が見えていた。

 道の半分は越えたんじゃなかろうか。

 ゆっくりしている暇はない。


「いっけええええええええ!」


 パシン!と、音が鳴って馬がさらに加速する。体に当たる木の枝は尋常じゃないスピードで迫ってくるし、当たると張り手を食らったように痛い。

 顔はおそらくアザだらけだろうし、全身通して無事とも言い難い。

 が、しかし。そんなことを気にしていられる余裕もない。

 まこと情けないことではあるが、俺の一番の得意技だ。


「助けを求めて、人任せ。この場合は馬にも任せてるわけだが……」


 俺は自信を持って言い切る。


「人を頼らせたら俺の右に出るものはそういない。なら、せいぜいプライドもクソもない俺のアホな火事場の馬鹿力も、ちょっとは役に立ってくれよ!」


 発言さえも自分任せ。

 でも今は、頼って欲しいと頼られたんだ。

 俺が行ったって状況が変わらないって思うのも逃げかもしれない。

 乗馬の真似事で馬を急がせるのも俺の実力じゃないかもしれないし、ラードを呼んで助けてもらうのなんて人頼みそのものだ。

 だが、今やるべきことがそれなら。

 俺にそれができるなら。


 やらなきゃ。


「だからフェルさん。絶対死なないでくださいね!」


 この戦いが終わったなら、彼女が死なないでいてくれたなら。

 俺は多分、あの人に惚れてしまうだろう。

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