第30話:フェル

 青色のローブに白のインナー。大きな木製の魔女の杖。先端についている緑色の石は、いわゆる魔石か何かだろうか。

 女性にしては筋肉質で、服の隙間から見える腹にはしっかりと筋肉がついていた。

 そんな、大きな魔女帽がよく似合う、天才魔術師フェル。


「ってか、向こうの方が重症だよね、明らかに……。え!?もしかして援護する方間違えた!?」

「間違ってないですよ!魔狩に誘っといて、殺されかけたんだから」

「そうなの……?」

「ああ!その通りだ!」


 言い訳もせずに、自らの罪を認めるフーブ。はっきり言って馬鹿なのだが、今はその馬鹿さ加減に救われている。

 奴に殺しを依頼する奴も、随分奇特な輩なんだろうなぁ……。


 が、思わぬフェルとの邂逅は、状況をこの上なく好転させている

 正直に言って、これ以上の援軍はないってくらいに頼もしい。


「けど……何でここに?」

「たまたまだよ、本当にたまたま。出てきたはいいけど、パーティのみんなもいないし、どうしようかな」

「え!?なにか勝算があって飛び出して来たんじゃ!?」


 俺がそう聞くと、フェルはバツが悪そうに頬を掻いた。


「はっきり言って、あそこまで卓越した前衛を相手にできるほど個人の戦闘能力があるかと言われば……ない、と思うよ。でも、ほら。後輩が困ってるわけだから助けないわけにはいかないでしょ」

「でも、自己責任って……」

「はは、もう。意地が悪いなぁ……。確かにそうは言ったけど、目の前で、助けられるかもしれない後輩を前に、助けないのは後味が悪いのよ?何よりほら、ラードに嫌われちゃうかも」


 こんな状況で、あまり緊張感のないことを口走るフェル。

 慌てて訂正しているが、あれでラードに対する好意を隠せていると思っている方が驚きだ。


 気を取り直そう。俺は、さっきから動きのないフーブを見やる。

 フーブは俺とフェルの会話をおとなしく聞いていて、攻撃してくる気配もない。


 しかし、その顔までは頭がぼやけてなぜか見えずらい。

 ああ、だめだ。と直感する。

 意識と、思考が加速して、頭が痛みで麻痺したのだ、と思った。


 が、そうもいっていられないのだ。

 フェルを死なせるわけにはいかない。何度も死にはしたが、ヤツに2撃も重い一撃をくらわしたんだ。

 今からでだって同じ要領でやればいい。

 フェルが来た分いくらか状況も良好になっている。


「こうなったら、共闘です。それ以外にありません。けど、気を付けてください。あいつ、胸に風穴開けても、腹に剣を入れても死ななかったんです。それに……謎の炎で攻撃してきます。出所不明で、何度死ん……死にかけたか」

「なるほどね。それで、君は命からがら逃げてきて、そこに私が入ったってことだね」


 状況理解の早いことだ。

 だが、今はその強さや、離れした態度が俺を落ち着かせ、冷静さを取り戻させた。


「というかなんでそんだけ追い詰めて、逃げ出してきたの?傷の具合は明らかにあっちの方が酷いし」

「全部ラッキーパンチなんですよ。向こうの頭が良ければ、とっくに死んでる」


 妙に納得した顔でこちらを見つめるフェル。


「ほかに……話さなきゃいけないことは?」

「ないです」

「そう、なら……」


 ふと、首筋に違和感。

 麻痺していてよくわからないが、これは痛み?

 視界がブラックアウトして、視覚情報が遮断される。

 なぜか、目も聞こえず、言葉も出ない。

 耳だけでしか状況把握が出来なくなる。


「いたかったらごめん」


 土臭いにおいが鼻を刺激する。

 やがて俺の意識は遠のき、優しく、優しく気絶へと誘われた。



 *


 フーブはフェルを、心底不思議そうな顔で見ていた。

 行為に、言動に、疑問は尽きないが、強いていうのならば、2つ。

 1つは、何故ノワールの意識を削ぎいだのか。

 味方ではなかったのか、何故共闘しなかったのか。


 2つめは、なぜ敵であるはずの自分にまで頼み込んで、彼を助けようとしたのか。


 ノワールの意識を落とした後のフェルの行動は、傍目に見ても明らかにおかしい。

 ノワールを気絶させ、フーブに借りたロープを馬に括り付け、フーブに彼を見逃すように言い、かわりに自分が相手になる……と言ったフェルの姿は、まるで何かに突き動かされているかのように迷いがなかったのだ。まるで愛する人を守るかのように、自らの使命を確信したかのように。

 しかし同時にノワールと、そこまでの関係であるようには感じられなかった。

 それにいくらなんでもロープを敵に借りようとすることなど、本来はあり得ない。

 それで貸してしまうフーブもフーブで考え無しではあるのだが、それでもフェルの行動は、彼を戦闘から離脱させる方向に焦りすぎていたようだった。

 魔狩として、先輩として、間違ってはいない。が、あまりにも過保護が過ぎる、ということだ。

 そう、まるでノワールが今にも死にそうであると気づいたかのような。


 何より、フェルから見たらノワールはフーブに大きな傷を与えた張本人だ。

 共闘という選択肢を取らないのは、非合理的だとすら言えるだろう。

 ならば何故?

 フーブの頭にぐるぐると思考が巡り、しかし答えは一向に出そうになかった。

 ならば、と。

 フーブは口を開き、フェルに問いかける。


「何故、ノワールを戦線から離脱させたのだ!?あいつは俺に重傷2発を叩きこんだ張本人だぞ!それとも一対一の戦いを望む、騎士道系の魔法使いなのか!?はっはっは!」

「その、気色悪い笑い声やめてほしい。あと、そういうんじゃないから」

「ん?」

「あれ以上やったら、彼はたぶん死ぬ。そう感じたから撤退させたの。それだけ」


 それを聞いてフーブはやっと「やはり」、と納得がいった。

 確かに先ほどまで顔色が悪かった気がする、とも思った。


「魔力の使いすぎか、動きすぎか。確かに死にそうだったな!というかまあ、実際瀕死だったけどな!はっはっは!……ん?」

「その気色悪い笑い声やめろって私言ったよね」


 

 いつの間にか、フーブの口元が氷で覆われていた。

 口の中が冷気で満たされ、呼吸困難に陥る。

 天性の勘と状況把握能力でそれを察知したフーブは、自らの口についた氷を器用に、そして高速に、炎で解凍する。


「無詠唱?いや、魔道具もなくそんなことができるはずがないぞ!どういう事だ!ははは!」

「教えるわけないジャン、馬鹿なの?」

「正論だ!だが、意味がない!」


 戦闘はそんな会話から始まった。

 その緩やかな始まりとは異なり、戦闘の風景は劇的で、そして美しかった。

 フェルがフーブの周りを凍らせ、氷の矢を放ち、風を、水を、炎を生み出し、操る。その天才的な魔法の制御能力によってフーブの激しい炎と刀の攻撃に対応していく。

 攻撃は最大の防御と言わんばかりのその姿勢にフーブは攻めあぐね、その刀は激しい温度の入れ替わりに、明確な刃こぼれや、ゆがみを起こし始めた。


 対してフーブはそんなことを気にする様子もなく、戦いを楽しんでいた。

 自らの魔剣を最大限利用し、フェルに炎で、剣での一撃で、向かっていく。

 しかしそのすべてをフェルにいなされ、手も足も出なくとも、フーブは楽しげに笑いながら、剣をふるう。

 その姿はまさに鬼。

 狂気的な目と、笑い声がだんだんとフェルの感覚を狂わせているのを、フーブは自分でも気が付かない。


「ははは!楽しいぞ!」

「もう!」


 が、フェルは気付ける。

 自らの精神が狂気のそれに犯され始めている事実を、認めざるを得ないということに。


 フェルの精神力は、強くない。

 魔法の才能、言語の才能、天から与えられたものも多ければ、与えられなかったものも多くある。

 スラムで生きるうちにそのたった一つの大切な資本を失わずに済む方法を覚えても、魔法使いとして一流であると、強いと、そう認められても、やはり彼女の中にあるのは脆く儚い精神力。

 言葉による暴力は彼女の心をひどく傷つけ、精神異常には人一倍かかりやすかった。


 ああ、だが……


「うっさいんだよ!なにもかも!」


 フェルの後ろには巨大な氷の塊が生成され、それが大量の氷の礫に変貌する。

 

「これは……綺麗だな!」

「うるっさい!」


 縦横無尽に森を飛び回り、フーブのほうへと向かう氷塊を、しかしフーブは防御しない。

 その氷の礫たちに、先程のような脅威になる威力は、込められていなかったからだ。

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