第29話:爆炎の魔人
「何が起こった……?」
「ん?なぜ死なん!?」
お互いがお互い、何が起こったのか分からずに硬直する。
おかしい、だってあの魔剣は、刀自体から炎を出す物の筈だ。
にも関わらず、あの刀から炎が吹きでるところも、俺が燃え死ぬまでも、全てが知覚外の事実だった。
俺はとりあえず常にフーブを警戒しつつ、2歩3歩と距離をとった。
フーブもそれを追うことはしない。
おそらく1度反撃をくらったからだろう、無警戒で、安易に俺の後退を追うことを良しとしなかったと思われる。
はっきり言って完全に主導権を握られているこの状況に思うところが無いでは無いが、癪に思っても仕方があるまい。
俺は息をつき、呼吸を鎮めながら1歩、また1歩と距離を離していく。
いつの間にか森に入り、キャンプ地から離れた位置にまで来てしまった。
いや、正確にはそういう風に追い込まれた訳だが。
落ち着け、まずは現状を整理しろ。頭の回転は多分だが、フーブよりも早い。
さて、俺にとってもまだ未開の領域である俺の能力だが、しかしフーブもフーブで、まさか『死んでリスポーンする』能力だとは思わないだろう。
対してブーブの能力は、発動条件や効果範囲は一切不明だが、少なくとも相手を燃やす物とは分かる。
試験の結果から、彼は頭がいいとは言えなさそうだし、魔術言語なども習得しているとは思えない。
あと、なにより詠唱をしていない。
考えうる可能性は、あの魔剣で何かをしてるってことただ1つと絞っていいだろう。
ここまで相手の情報が割れていれば、能力に関する優位性は俺の方が高いと考えても問題はないだろう。
しかし根本的な身体能力の差は歴然だ。
絶望的と言ってもいいだろう。まことに残念で情けの無いことに。
しかし、相手が警戒している状況であの場所から、何度もリスポーンするのは得策じゃない。能力の特定につながる。
相手が勘違いして集中を切らしてくれれば最高だが、そういう相手かどうかは、見れば分かる。
頭が悪くても戦闘のカンが冴えてたりってのは漫画でも現実でもよくあるパターンだしな、油断は禁物というか、論外だろう。
なら、攪乱だ。
能力の特定を遅らせ、あらゆる所でリスポーンする。
そうすることによってスポーン位置を特定させず、注意も逸らせる。
一石二鳥だ。これでいこう。
「リスポーン」
俺は小声でそう呟くと、雄叫びを上げながらフーブに向かって行った。
中段の、隙のない構えを崩さずに、突撃する。
フーブは下段に構えて防御の構え。やはり刀は、怖い。
人殺しのための武器は、その存在そのものが人に恐怖を抱かせる。
オオカミ野郎の牙然り、コチラに向けられた銃然り。
銃に関しては経験したことないけどな。
「フン!」
「あ……うぐぅぅう!ああぁいってぇぇぇ!」
下段正面にあったハズの剣はいつの間にか俺の脛と、その奥の骨ごとイッており、その先から血が大量に溢れ出す。
俺は最期の力を振り絞って剣を奴に突き立てようとした。
両手で上から、力任せに。
そんな攻撃が届くはずもなく、俺の剣は見事なまでに空を切り、地面に突き刺さった。
宙に浮いた俺の体を、刀の柄がさらに打ちのめす。
思い切り背中に叩き込まれた打撃は、俺の体内を蹂躙し、意識を途絶させるのに十分な一撃だった。
「う……ゴハッ!」
口から体内の血が溢れ出す。大量の出血が意識を奪い去ろうとし、体機能は殆どが自分の意に反して地面に、無惨に落ちようとする。
が、俺は剣を放すまいという一心で剣を掴み続け、遂に首を斬られた時に、俺は
「これでもダメか!実態のある幻影か!面白い!詠唱はなぜ無いのだ!わからん!分からんぞ!!はっはっは!」
「人にあんだけしといて随分だなフーブ」
やはり俺の手には依然、俺の剣が握られていた。
多分、リスポーンに関するひとつの特徴が、分かった気がする。
リスポーン時に持っている、持っていられるものは、死んだその時、明確に手に持っていたり、身につけているもの。
ガンドラ・レディリア、つまり例のクソ狼な訳だが、やつとの戦闘の時に胃液の中で拾った剣。
その時にはあまり気にしていなかったが、あれは俺がリスポーンする直前に落としていた、手放していたから一緒にリスポーンしなかった。
しかし今は、剣が一緒にリスポーンしてる。
この事からわかる事実。それが、さっきの『手放したら一緒にリスポーンできないよ法則』である。
ならば、リスポーンした時に無かった場所に、物があったら?
そして俺とその、物の位置が被っていたら?
俺が優先されるのか、ものが優先されるのか。
はっきり言って未知数だし、思いつきだ。
だがしかし、今この状況なら、試してみる価値が有るだろう。
「もうやめだ」
え?
「もっと楽しみたいが、もうやめにしなければならんのだ。本当に残念なんだ!が、しかし、ノワールのことは忘れない!はっはっは!」
「どういう事だよ……は!?」
新たな作戦を実行する間も無く、フーブとの距離が一瞬で近づく。
直後、熱と痛みと苦しみが体を襲う。
焼かれた、そう認識した時には、既に意識は消えかけている。
手放すな、剣を手放すな!
手放す……
リスポーンの感覚。
希望の感覚。
状況打開の予兆。
そのハズだったのに、待っていたのは苦痛だった。
リスポーン位置を把握された!
おそらくその能力も!
ダメだ、熱で思考が回らない!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……
刹那。
意識が飛び、リスポーンと、生きている、その境目すらも不明瞭になり、そんな時。
痛みが一瞬消え、フーブが白目を剥き、俺の炎上も止まった。
俺はその瞬間に、するべき事を理解した。
俺は右手に持っていた剣をフーブの胸部に突き立てると、走り、逃げ出した。
走れ!
走れ!
右足は森を抜ける方角に、左足、右足と、必死に足を動かす。
ふと後ろを向くと、フーブもう意識を取り戻し、こちらを探している。
なんで胸に剣を刺されて生きてんだよ!おかしいだろ!
胸にさしたはずの剣は奴の足元に転がっている。
戦闘手段はもう、ない。
見つかるのはすぐだ、逃げないと!
だが、逃げられるのか?
体力も違う、身体能力も桁が違う。
謎の攻撃手段も未解明。
逃げられる訳が無い!
クソ、なんで魔狩に行ったってだけでこんな事になってんだよ!
俺はまともに仕事すら出来ねぇのかよ!
絶望的な現状は、多大な自己嫌悪と現実逃避に変換されていく。
だが、足は動かす。
足が動いてる限り、絶望する事も出来ねぇんだよ!!
「リスポーン、リスポーンリスポーンリスポーンリスポーンリスポーン!」
俺は小声で小さく言い続けながら走る。
キャンプ地が目の前に、そこを通り過ぎようとした直後の事だった。
俺は数十秒ぶりにあの痛みを思い出す。
体が爆ぜるような激痛。
熱を認識させられる苦痛。
「あ……がぁ!」
焼け焦げ、死ぬ直前、俺を包む炎が止み、憎たらしいヤツの声が耳に入る。
「はっはっは!何が起こったのかわからなかったが、とにかくなんとかノワールを捕まえたことは理解したぞ!」
「クソ……野郎が……」
俺が手を前に出すと、その手をフーブは踏みにじった。
痛い、全身が、いたい。
「はっはっは!とりあえず、一旦殺すか!死んでも死なないしな!」
再び痛み蘇る。
痛みが再開し、リスポーンの感覚。
「なんとなく、わかってきたような気がするぞ!」
復活した俺を目の前に、殺すでもなく諦めるでもなく、フレンドリーに俺に話しかけてきたフーブに、恐怖感を覚える。
コイツの胸には今も、剣の太さと同じだけの穴が開いて、横っ腹には深い傷があるはずなのに、なぜ生きていられる!?
なぜ、普通の顔で、殺そうとして、殺されかけた相手にここまでフレンドリーに接することができるんだ!?
「まあとにかく、俺に出来る事は、脳みそを殺してコイツを殺すことだな!ひたすらに!」
「そこまでだよ!」
俺が一瞬熱を感じ、これからまた、さっきのような拷問じみた時間が始まるのだと。そう思った瞬間だった。
フーブの手と、足と、剣が凍りつき、後ろから声が聞こえる。
聞き慣れた声だった。
そして、恩人の声だった。
俺を救ってくれた人、俺の心を立ち直らせ、激励してくれた人。
ロザンを教えてくれたこと、魔狩になる理由をくれた人。
「フェル……さん?」
「何があったかは知らないけど、私はあなたの味方で……。そして、殺人犯の敵なんだよ!絶対ね!」
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